トワイライト・クライシス

幸田 績

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Phase:02 ガール・ミーツ・ストライカー

Side C - Part 5 最推しの軌跡

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Side C "Kimitaka"
* * * * * *


「私たちは今、たい焼き男を捜している。町内にいるのは確実だが、あてもなく捜し回るのは効率が悪い。そこでお前に協力を仰ごうと思い至った」

「たい焼き男って……本人の前では間違ってもそんなこと言うなよ」

「サッカーという共通項があれば、いずれお前と接触する可能性が高い。奴と会う機会を得たり、街で見かけたりしたら私と澪に知らせてくれ」

「……だから、なんで?」

「会って話がしたい。いや、話をしなければならないんだ」


 りょーちんに会いたい? 寝言は寝て言えよ。今の今まであの人にまったく興味なかったお前が、わざわざ会って話すことなんか何もないだろ。
 オレだって、会えるなら今すぐにでも会いたいよ。移籍直後の大事な時期にこういう無神経な部外者の接触で心を乱されでもしたら大変だ。
 我が事のように推しを想い、時には遠くからそっと見守る。川岸はともかく、思いやりのかけらもない水原にそんな繊細な行動ができるとは思えない。


「あの人が何したってんだよ。〈五葉紋〉を二つ持ってるから? それとも、人類史上初めて〈モートレス〉を倒したかもしれないからか?」

「何だと?」


 今から一年前、この町で起きた大規模サイバーテロ事件の中継映像は、午後五時のカウントダウン後に白い光と花吹雪が吹き荒れたところで切れた。そのあとの話は動画も音声も残ってないから、正直言ってマジかどうかは疑わしい。
 だけど、あの日大幅に遅れてこの町にたどり着いた応援の警察と自衛隊、仙南せんなん二市六町と仙台から来た消防の救助隊は、みんな同じような証言を残してるんだ。

 どす黒い太陽が昇る真っ赤な空、叩きつけるような土砂降りの雨。見渡す限り一面に広がる、ガソリンと血が混ざり合った死の臭いを漂わせる海。
 その中にただ一人、血染めのユニフォーム姿で両手を広げたりょーちんが、天を仰いで立っていた。あの人の定番ゴールパフォーマンス〝雨乞いのポーズレインメーカー〟をするかのように――。


「今、何と言った? お前は何を知っている」

「みず、はら?」

「お前は、あの男の何を知っているんだ。洗いざらい話せ、小林!」


 水原はオレの襟首えりくびをつかみ、手近な壁に押しつけた。川岸が「やめて、鈴歌!」と止めに入ってくれたが、相手にはまったく聞こえてない。
 ただ、りょーちんのいちファンとして、二人の求めには応じられない――。いつしかオレは、奇妙な使命感のようなものに駆られていた。


「事件のあと、その証言がネットに流れてから一気に憶測が広まったんだ。りょーちんが〈モートレス〉を倒したんじゃないか、ってな」

「あの日、私は奴と同じ場所にいた。が、そんな光景は記憶にない」

「気を悪くしたらごめん、小林くん。ファンによる作り話の可能性は?」

「あり得るな。サッカー選手にとってユニフォームは神聖なもの。正当な理由なく脱ぎ着することは冒涜ぼうとくに値するし、汚すなんてもってのほかだ」

「確かに。お前が知ってることを、プロのたい焼き男が知らないはずはないからな」

「この件については後日、クラブとJリーグ事務局が『ユニをけがした』って理由で本人に話を聞いたらしいけど、裏付ける証拠がなくて厳重注意で済んだんだ」


 にもかかわらず、地元に戻った最推しは猶予期間の最終日――逢桜あさくらへ移り住む日に記者会見を開き、無期限の謹慎とチーム活動からの離脱を表明してこの町にやってきた。
 あんな目に遭ったら、サッカーなんてやってらんないよな。それほどひどい精神状態なんだって思って、オレは自分事のようにりょーちんを案じた。


(だけど――あの人はどうして「休養」じゃなく「謹慎」って言ったんだろう)


 確かに、りょーちんは人間だったモノをころしたかもしれない。でも、証拠は何も残ってない。証言する人だっていない。
 それにさ、敵の目をうまく自分にきつけて、ほかの人に危害が及ばないようにしてたじゃん。サイドから味方を攻め上がらせて、敵陣ガラ空きゴールをアシストする時みたいにさ。

 わからない。わからないよ、りょーちん。
 


「そっちこそ何も知らないのか? お前とりょーちんのそばにいた、サムライ男とスーツのお姉さんは? はるみんはどうなったんだ」

「知らん。分からん。覚えていない。何度かれても答えは同じだ。皆で何か叫んで、白い光に視界をさえぎられて意識を失い、次に目覚めたら病院にいた」

「まったく記憶にござらない? 全然? 一切?」

「しつこいぞ大林、事実だと言っているだろう。私はあの日から半年間眠り続け、覚醒した翌日に退院させられたんだぞ。ほかに語れることはない」


 満足する答えを得る前にオレから別の問いを投げかけられ、水原は不機嫌になった。偉そうに腕組みをし、ふんぞり返ってオレをにらみつける。
 オレの視線に気づいて、意図を察した川岸が慌てて顔を伏せた。残念だけどもうおせぇぞ。


「んじゃ、りょーちんファンクラブ会員代表の小林から川岸に質問です。りょーちん推しとなった動機をお聞かせください」

「えっと、その……そう! 逢桜に来るって聞いたから、一度実物に会ってみたいなと思って。あたし、人に影響されやすいところあるからさ、はは……」


 オレが小学生の頃、J1にいたりょーちんは仙台アウェーに来てくれたことがある。その時は大人も子どもも凄まじい倍率の抽選に挑んで、観戦チケットを手に入れようと躍起になったもんだ。
 試合は東海ステラの圧勝。いつ出るか、どう得点に絡むのか――りょーちん次第で勝敗が決まる、とは事前にどっちのクラブも予想してた。

 でもさ、いくら何でも開幕六秒(Jリーグ史上最速記録)でゴールぶち抜くか普通? ハーフタイムに引っ込むまで三得点に絡む大暴れしちゃってまあ、普通なら試合後の相手陣営は大荒れものよ。


『コンコルドに引きずり回されました。悔しいっす』

『今日は一つだけ言い訳させてください。佐々木が強い、強すぎる』

『りょーちんならしょーがねえ、今回は不可抗力だっちゃ。次は! 絶対! 俺らが勝ァァァァつ!』


 りょーちんならしょうがない――。異口同音にそう言わしめるほどの圧倒的な実力。ピッチに出したが最後、止まらないし止められない。
 疑いようもないサッカーの天才、すべてにおいて規格外アルティメット。その輝かしい姿が太陽みたいに熱を持って、オレの心をダイレクトシュートで撃ち抜いた。

 それが、それこそが小林公望きみたかという選手の原点。あの人の背中に憧れて、いつか同じ場所に立とうと決めた瞬間だった。
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