夜くらいゆっくり眠らせろ

空夜 喜雨

文字の大きさ
12 / 19
1人目 眠るまでは今日である

夢も理想も置いていこう

しおりを挟む
結局眠れずに、僕はふらりと散歩に行った。

これが、僕の転機だったのかもしれない。

駅までの道のりに公園があった。ジャングルジムとすべりだいのある小さな公園。あそこまでいって帰ろう。じんわりと汗をまたかいていた。

ゆっくりと歩く。賑やかな声が遠くから聞こえてきた。飲み会帰りの学生だろうか。今は会いたくないな。誰だとしても。学生には会いたくないのだ。
諦める以前に、たちきられてしまった未来を思い出すから。
あんな目標をたてておいて、未練がましい。
いや、大学を除籍になってほんの少し前じゃないか。1ヶ月も経っていない。下手したら3週間も経ってないだろう。

近づいてくる、楽しそうな声に嫌気を感じ辺りを見回す。
時雨心地の看板だった。
真っ暗な道に、穏やかな光がシェードから溢れている。開いているのだろう。

チューハイを買い足すような金はないと思っていたくせに、いまの気持ちを落ち着かせたくて店へと入る。安いものを頼んで、すぐ帰ろう。

「いらっしゃいませ。あ、夕方ぶりだ。」

お客さんがいない店内であの男はのんびりと本を読んでいたようだ。顔を上げて、いつもの笑顔を向けてくれた。

「こんばんは。」

「うん、こんばんは。テーブルでもカウンターでも好きなところにどうぞ。」

そう言われて、ドアから遠いテーブルに座る。
置いてあるメニュー表を恐る恐るみると、価格は良心的だった。安心して顔を上げると、オレンジ色を帯びた柔らかい灯りに包まれた店内が広がった。
カウンター側をみると、コーヒーを淹れる機械や綺麗な食器が並んでいるのが見えた。レジスターの側には、ハンドメイドだろうかピアスのようなものと小さなぬいぐるみが売ってあるのがみえた。

「アイスココアでお願いします。」

「かしこまりました。」

コーヒーは飲めない。
りんごジュースを頼むよりは恥ずかしくないココアを頼む。

涼しい店内で、ゆっくりと一息つく。
灯りの優しさは、あの人のようだった。

「お水でも飲んで待っててね。」

氷の入った水を持ってきた男をみると、名札が目にはいる。雨音あまねというらしい。

頭を下げて、ソファに沈むように座り直す。
穏やかな光と、穏やかなBGM。
雨音さんの、低く優しい鼻歌が聞こえてくる。

不思議な店だ。
行ったこともないのに、懐かしく感じた。
どこよりも心を落ち着かせることができる。

父親の声も、電話越しに聞こえる母親の不安そうな声も。残高や、弟の謝罪も。
全部が嫌でたまらなかった、あの瞬間を。
今は、ここに置いていけるような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。  ─── からの~数年後 ──── 俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。  ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。 「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」  そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か? まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。  この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。  多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。  普通は……。 異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話。ここに開幕! ● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。 ● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...