ただ、そばにいさせて。

こすもす

文字の大きさ
50 / 65

48 乃蒼さん

しおりを挟む
 それから僕は何かと飲みやご飯に誘われて、その後は家にお邪魔して、体を触られ、時には触りあうようになってしまった。

 僕は一応嫌がる振りをして体裁をとるけれど、結局は流されて、全てを終えた後に自己嫌悪に陥る。そうなるのは毎回分かっているのに、意思が弱くて辟易する。

 誘われた時点でキッパリと断ればいいのに、断る理由が見つけられずに蟻地獄へ嵌っていった。
 断る理由なんて本当はいらないのに。
 今まで『求められる』ことをされてこなかった体と心は子供みたいに喜んでいた。


 三番手の鈴木 乃蒼さんがようやく店に慣れ始めたのは、僕らがそんな曖昧な関係を続けて二ヶ月ほど経った頃だった。
 初めて彼女を見た時の印象は、人当たりがよく可愛らしい子で、店の服がよく似合っているなということ。笑顔を絶やさない姿を見て、きっと店にすぐに馴染んでくれるだろうと思っていた。
 
 だが彼女は、この広い店舗とこの環境に慣れるまでに時間がかかった。
 店に大きく影響はしなくとも、ささいなミスを度々繰り返してしまう。しかも本人は、一生懸命やっているのにも関わらずだ。
 そして悪い癖は、誰かと自分の実力を比べてしまうこと。それがいい方向にいけばいいのだが、彼女の場合は余計に落ち込んで、這い上がるのに時間がかかってしまう。

 僕も心の中では常に誰かと自分を比べて卑下したりするのでよく分かるが、彼女は僕よりも重症で生真面目だった。
 ニットやコートの入荷が多くなってきた頃、彼女はようやくスランプを抜けられたなと感じた。店に立つ彼女の表情が凛としていたのだ。

 目に見えて成長した乃蒼さんを僕は褒めたたえた。

「乃蒼さん、生き生きしていますね」
「えー、そうですか? でも最近、すごく楽しいなって心から思えてます。失敗することも減ってきたし」

 落ち込む姿を見る度やるせなかったのだが、照れたように笑う乃蒼さんを見てホッとした。
 本日二度目の休憩室に到着して、互いに自販機で飲み物を買って席に着く。

「失敗なんて誰にでもあるから。僕の方がずっと酷かったですよ。倉庫に送らなくちゃいけないパッキンを、貼る伝票を間違えて本社に送っちゃって、電話でマネージャに散々怒られたり」
「えっ! そうなんですか」
「あと、かざり棚を折った事もあったな。元々劣化していたせいもあるけど、昼から出勤してくる店長になんて言い訳しようかって、頭真っ白になって」
「ええ、店長ってそつなくこなすタイプだと思ってたので、そんな事があったなんて意外です」

 よく言われるけれど、全く器用ではない。
 今考えればどうしてあんなにミスをしていたのだろうと疑問だけど、あの頃はあの頃で必死だったのだ。
 ミスをすればするほど落ち込んだけど、次は気をつけようと心構えができるのだから良しとすることにしたんだっけ。

 仕事は成長できたと感じるのに、恋愛の方は全く成長できていない僕って……

 彼の顔が勝手に思い浮かんで、ため息を吐く。
 そういえば彼は忙しいみたいで誘いはなく、最近会えていない。僕が彼の店に行くのを控えているせいもあるのだが。

 ここに来ると無意識に喫煙所を覗く癖ができてしまい、今この瞬間もチラッとそっちの様子を伺う。
 どうやらそれらしき青年はいない。

「良かったら今度、一緒にお昼出ませんか? 店長のそういう話、もっと聞きたいです」

 まるで森下くんのことを考えていたのを見透かしたように、乃蒼さんは言った。

「そういう話って、僕の失敗話ってこと?」
「それだけじゃないですけど、店長のこと、色々と知って仲良くなりたいので」

 そういえば乃蒼さんとはタイミングがいつも合わなくて、一緒に休憩に出たことはほとんど無かったことに気付いた。
 向こうから誘われるなんて初めてで、気を許してくれたのかなと思うと嬉しくなる。

「うん、いいよ。いつにする?」

 彼の店に久々に行ってみようかと思ったのがきっかけでこの先の運命が変わっていくことを、僕は知る由もなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

隊長さんとボク

ばたかっぷ
BL
ボクの名前はエナ。 エドリアーリアナ国の守護神獣だけど、斑色の毛並みのボクはいつもひとりぼっち。 そんなボクの前に現れたのは優しい隊長さんだった――。 王候騎士団隊長さんが大好きな小動物が頑張る、なんちゃってファンタジーです。 きゅ~きゅ~鳴くもふもふな小動物とそのもふもふを愛でる隊長さんで構成されています。 えろ皆無らぶ成分も極小ですσ(^◇^;)本格ファンタジーをお求めの方は回れ右でお願いします~m(_ _)m

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。 かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。 後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。 群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って…… 冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。 表紙は友人絵師kouma.作です♪

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。

鷲井戸リミカ
BL
メルヴィンは夫レスターと結婚し幸せの絶頂にいた。しかしレスターが勇者に選ばれ、魔王討伐の旅に出る。やがて勇者レスターが魔王を討ち取ったものの、メルヴィンは夫が自分と離婚し、聖女との再婚を望んでいると知らされる。 死を望まれたメルヴィンだったが、不思議な魔石の力により脱出に成功する。国境を越え、小さな町で暮らし始めたメルヴィン。ある日、ならず者に絡まれたメルヴィンを助けてくれたのは、元夫だった。なんと彼は記憶を失くしているらしい。 君を幸せにしたいと求婚され、メルヴィンの心は揺れる。しかし、メルヴィンは元夫がとある目的のために自分に近づいたのだと知り、慌てて逃げ出そうとするが……。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...