ただ、そばにいさせて。

こすもす

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52 しあわせにする勇気がない

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 不幸中の幸いというべきか、十二月に入るとやることはどんどん増えていった。
 クリスマスへ向けての売り場作り、福袋の予約受けつけ、プロパー商品の値下げ、そして年末から始まる本格的なセールに向けての準備など。
 乃蒼さんや他のスタッフと一緒に出る暇がないくらいに、忙しかった。

 いやたぶん、無理矢理忙しくしていた。
 八代くんも、僕がそういえば彼の店に行かなくなったのに気付いたみたいで、たまに気遣うように声を掛けてきた。

「店長、森下さんと最近会ってないんですか?」
「ん? ちょっと、忙しくてね」
「もしかして、喧嘩でもしました? 俺昨日、森下さんの店行って店長の名前何気なく出したら、はぐらかされた感があって」

 営業終了後のパソコンの前で社販処理作業をしている八代くんの背中を、僕はじっと見つめる。

「何か言ってた?」
「いや、特には。店長、最近ここに来てないみたいですねって言ったら、頷いてすぐに下がっていったから。いつもだったら何か一言あったのになぁって」

 僕も「そう」とだけ言って、日誌を書いて机の中にしまった。
 言葉を続けなかったから、八代くんもちょっと空気を読んだみたいに、それ以上は話題に出さなかった。

 森下くんとはなるべく鉢合わせにならないように気をつけていたけど、実はあの後一度、ばったり出くわしてしまった。
 コンビニで昼ごはんを購入して休憩室に入ろうとした瞬間、喫煙所から彼が出てきたのだ。
 タイミングを合わせてという感じではなく、本当に偶然だったみたいで、あっちも僕を見つけて目を丸くしていた。

『お疲れ様です』

 そのまま通りすぎるのも変だと思い、いつも従業員に挨拶しているみたいに僕から言った。
 それがよそよそしく見えたのかは分からないが、森下くんもすぐに視線を外して『お疲れ様です』と呟いて行ってしまった。

 胸がきゅっと痛くなったが、僕は声を掛けたい気持ちを我慢した。
 引き止める権利はないし、引き止めたところで何を話せばいいのか分からなかった。
 
 乃蒼さんとはその後、進展があったのかは聞いていない。
 彼女は彼の店に通っているみたいだけど、あえてそれには触れていない。

 乃蒼さんたちがうまく行ったらいいなと、本気で思っている。

 頭ではそう思うのに、体は彼を思い出して辛かった。
 夜寝る前、どうしてもあの旅先での出来事や、森下くんの部屋でされていた秘めごとを思い出し、体の芯がジンと痺れた。
 そうなった時は目を閉じ、そこから意識を飛ばす。
 そして浮かんでくるのは、二人の母親の顔。
 
 彼の母親はどんな人かは知らないが想像し、僕は互いの母親に責められている妄想を繰り返した。

 僕ではきっと、彼を幸せにできない。
 普通の恋愛をしてこなかったお前は、彼の隣にいるべきではない。
 そうすると幾分か、冷静になれるのだった。

 年末に向かうにつれ、疲れはどんどん蓄積されていき、一度風邪を引くとなかなか治らなくなってしまった。
 そして12月25日。
 今日はクリスマスなので、家族連れやカップルが浮き足立ってSC内を闊歩している。
 そんな煌めいた人たちを見ながら穏やかにはなれなかった。僕の体調は、今までにないくらいに悪化していたのだ。

(まずい……頭がぼーっとする……)

 服を畳みながら、目の前がぐらぐらと揺れているのを認識する。
 朝は少しダルいくらいで済んでいたので、薬を飲み出勤し、日中はそれなりに動けたはずなのに。
 時計を見ると、まだ夜の七時。仕事が終わるまでにあと二時間半ある。

 こんな時に限って、レジの締め作業ができる八代くんはお休みだし、乃蒼さんも早番だったので上がらせてしまった。
 今更早退するわけにも行かない。
 ここは気をしっかり持って、どうにか乗り越えるしかない。

 少しでもマシになればと、バックヤードで水を飲もうと自分のバッグを開けると、入れていたペットボトルの中身は空だった。
 あぁそういえば、喉が乾いてしまってさっき一気飲みしてしまったのだった。

 仕方なしにアルバイトさんの一人に声をかけ、15分だけ休んできてもいいかと尋ねた。
 アルバイトさんは心配そうに僕を見つめた。

「15分といわず、ちゃんと休んできてください。今から乃蒼さんに戻ってきてもらうのは難しいですか?」
「いや、そこまでじゃないから。ごめん、ちょっとだけ抜けるね」

 今更戻ってきてもらうのも申し訳ないので、僕は気合いで乗り切ることにした。
 休憩室に入るなり、自販機で急いでミネラルウォーターのペッドボトルを買い、風邪薬を口に放りなげて飲み込んで、空いていた席に座るなり机の上に突っ伏した。

 体の中から毒素が抜けていく妄想をする。
 はぁっと息を吐き出すと、自分の熱い息が顔にかかる。
 もしかしたら、熱もあるのかもしれない。
 でもどうにか、この15分でマシなところまで持っていくんだ。

 その時、僕の背後に誰かが立っている気配があった。
 だが僕は起き上がる気力もなく、そのまま突っ伏していた。

 その後、僕の肘に何かがあたった感覚。
 ごと、と机が鈍い音を立てたので、何かが置かれたんだろうと予測を立てた。
 
 もしかして、隣に誰かが座って荷物を置いたのかもしれない。
 こんなふうに突っ伏していて、邪魔だろうか。
 けれど今は気遣いをできるような状態ではなかった。
 相手から何か言われたら退けばいい。

 そんなふうにぐるぐるとしている間にどうやら眠っていたらしく、スマホのアラームで目が覚めた。
 きっかり15分。
 顔を上げて首を回してみる。
 うん、気の持ちようかもしれないが、ここに来る前よりも随分と楽になった気がする。

 ふと視線を横にずらすと、キャップの空いていない、ペットボトルのアイスティーが置いてあるのに気がついた。
 それを手に取って辺りを見渡してみるが、僕の近くに座っている従業員は誰もいない。

 誰かの忘れ物ではなく、故意に置かれたものだと気付くのに時間がかかってしまった。
 そしてこれを置いた人物が、誰なのかも。

 喫煙所を覗いてみたが、誰もいなかった。
 
 胸がぎゅっとなって、気付いたら滲んでいた涙を、メガネを持ち上げてゴシゴシ拭いた。
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