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第50話 離れる時
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部屋に戻る。誰もいない、静まり返った部屋。
つい先日まではレイと一緒にいた部屋なのに。
高階さんに向けられていたレイの柔らかな笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
あの笑顔は、もう自分には向けられない。
レイはきっと、僕のことが好きではなくなったんだ。
そう思った。
この部屋には、もういられない。
僕はカバンを取り出し、自分の荷物をまとめ始めた。
ほとんどの物はレイが準備してくれたものばかりで、僕自身のものは驚くほど少ない。それが余計に胸を締め付ける。
「レイ……。レイ……」
呼んでも、返事はない。僕の声だけが虚しく響く。
諦めきれない想いを胸に、レイのTシャツを一枚だけカバンに入れた。
手首につけていた黒いバングルを外し、リビングのテーブルに置く。
もう、僕には必要ないものだから。
そして、部屋を後にした。
「これから、どこに行こうかな。今日はホテルでもいいかな」
報酬はそれなりに受け取ってきた。
カナメとリョクが番になってからは、リョクからもう大丈夫と言われ、支援の必要がなくなっていた。
生活費や衣類はすべてレイが整えてくれていた。
そのおかげで困らないくらいの金額が手元にある。
思えばそれも、「不要になったときの補償」だったのかもしれない——と妙に納得してしまう自分が、苦しかった。
重い足取りで宿泊先を探しながら歩いていると、一台の車が目の前に停まった。
窓が開き、視線がぶつかる。
「……神宮寺さん」
「今日はひとりなんですね。珍しい」
彼は穏やかな笑みを浮かべていた。だが、その瞳の奥はどこまでも冷たい。
「僕、予定があるんで」
「私のところに来ませんか?」
「え……?」
「困っているならと思いまして」
「い、いえ……困ってないです」
逃げるように足を速めたとき、別の黒い車が道を塞ぐように停まった。
複数の黒いスーツを着た人たちが降り立ち、無言で僕を取り囲む。
「大丈夫ですよ。何もしませんから」
その声は優しい響きを装っていたが、背筋に冷たいものが走った。
「……大丈夫です。放してください」
その中のひとりに腕を掴まれる。
強い力で引き寄せられ、抵抗できない。
胸の奥で恐怖が膨れ上がっていく。
(ど、どうしよう)
その瞬間。
ふっと風がざわめき、空気が一変した。
光を跳ね返すような銀の気配が、黒服たちの間にすっと滑り込む。
「っ……!」
黒服たちが思わず後退する。
「シエル!」
名を呼ぶと、彼はふわりとアオの傍に座った。
それは恐怖を溶かすような、静かで確かな優しさを帯びていた。
「アオくん、大丈夫?」
「タクミさん。ダイチくん」
周りにいた人たちは気圧されるように後ずさり、神宮寺の車も静かに動き出した。
つい先日まではレイと一緒にいた部屋なのに。
高階さんに向けられていたレイの柔らかな笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
あの笑顔は、もう自分には向けられない。
レイはきっと、僕のことが好きではなくなったんだ。
そう思った。
この部屋には、もういられない。
僕はカバンを取り出し、自分の荷物をまとめ始めた。
ほとんどの物はレイが準備してくれたものばかりで、僕自身のものは驚くほど少ない。それが余計に胸を締め付ける。
「レイ……。レイ……」
呼んでも、返事はない。僕の声だけが虚しく響く。
諦めきれない想いを胸に、レイのTシャツを一枚だけカバンに入れた。
手首につけていた黒いバングルを外し、リビングのテーブルに置く。
もう、僕には必要ないものだから。
そして、部屋を後にした。
「これから、どこに行こうかな。今日はホテルでもいいかな」
報酬はそれなりに受け取ってきた。
カナメとリョクが番になってからは、リョクからもう大丈夫と言われ、支援の必要がなくなっていた。
生活費や衣類はすべてレイが整えてくれていた。
そのおかげで困らないくらいの金額が手元にある。
思えばそれも、「不要になったときの補償」だったのかもしれない——と妙に納得してしまう自分が、苦しかった。
重い足取りで宿泊先を探しながら歩いていると、一台の車が目の前に停まった。
窓が開き、視線がぶつかる。
「……神宮寺さん」
「今日はひとりなんですね。珍しい」
彼は穏やかな笑みを浮かべていた。だが、その瞳の奥はどこまでも冷たい。
「僕、予定があるんで」
「私のところに来ませんか?」
「え……?」
「困っているならと思いまして」
「い、いえ……困ってないです」
逃げるように足を速めたとき、別の黒い車が道を塞ぐように停まった。
複数の黒いスーツを着た人たちが降り立ち、無言で僕を取り囲む。
「大丈夫ですよ。何もしませんから」
その声は優しい響きを装っていたが、背筋に冷たいものが走った。
「……大丈夫です。放してください」
その中のひとりに腕を掴まれる。
強い力で引き寄せられ、抵抗できない。
胸の奥で恐怖が膨れ上がっていく。
(ど、どうしよう)
その瞬間。
ふっと風がざわめき、空気が一変した。
光を跳ね返すような銀の気配が、黒服たちの間にすっと滑り込む。
「っ……!」
黒服たちが思わず後退する。
「シエル!」
名を呼ぶと、彼はふわりとアオの傍に座った。
それは恐怖を溶かすような、静かで確かな優しさを帯びていた。
「アオくん、大丈夫?」
「タクミさん。ダイチくん」
周りにいた人たちは気圧されるように後ずさり、神宮寺の車も静かに動き出した。
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