庶民の俺が金持ちグループに入ったら、完璧な御曹司になぜか異常に懐かれた【目線の先には。一織×千尋編】

綾波絢斗

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40 引越し

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「準備できた?」
「うん。」

一織は俺の手を取って玄関に向かった。

俺は振り返って、部屋をもう一度見る。
一織と同じ部屋になって数か月。
まさか、卒業する前にこの寮を出るなんて思ってもみなかった。
そして、一織と一緒に住むなんて……。

「ここ出るの、寂しい?」
「ん? ちょっと。でも一織がいるから。」

そう伝えると、一織がやわらかい笑顔を返してくれた。
これから一織の部屋での暮らしを楽しみにしながら、引っ越しを終えた。

――って……。

一織の部屋……。
なんだ……これ。

「どうかな?」
って、照れながら聞いてくる一織。

いや、ちょっと褒められ待ちじゃんか。

「この前まで、そんなに物なかったよね……。」

「うん。でも、千尋が好きなものあったほうが落ち着くかなって。」

だからって……。

リビングの本棚には、俺が好きな本や、今ハマってるマンガ。
ソファには、俺が抱きしめるであろうクッションと、寝転んだときに使うであろうブランケット。
俺が最近よく食べてるお菓子。
お揃いのマグカップ。

「……俺が来る前から、俺の居場所があったみたい。」

「冷蔵庫には、千尋がよく飲むジュースも入ってるよ。」

「あれ? でも、この間、俺の部屋作るって言ってなかった?」
「ん? そうなんだけどさ。千尋、拗ねると部屋に籠りそうだからやめた。俺とずっと一緒。」

……さらっと言ってるけど。相当重めな発言って自覚あるのか?

「ダメだった?寮でも一緒だったから…。」
シュンとする一織。

いや…一織。
外の印象は冷静沈着で人を寄せ付けない、って感じだろ。
「ずっと一緒」って……。
少し呆れて一織を見ると、そこには褒められ待ちの大型犬。

「俺のために、ありがとう。」
俺は一織の頭を撫でた。
ここまで、俺のことを思ってくれるのが嬉しかった。

「うん。」
そう言って、一織は抱きしめ返してくれた。

こうして、一織との生活が始まった。

基本的に、一織が学校に来られるときは一緒に登校。
会社があるときは、俺を学校まで送ってから、そのまま会社に向かう。

学校帰りにバイトがある日は、
バイトが終わるタイミングで迎えに来てくれるようになって……。

ひとりになる時間が……ない。

ん?
今までそんなこと、なかったのに……。

もしかして――
一織、俺をひとりにしないつもりか?

その日の夜、ベッドに並んで横になりながら、俺は天井を見つめていた。

「…なあ、一織」
「ん?」

すぐ返事が返ってくる。
距離、近い。

「俺のために、仕事の時間、調整してるだろ?」
「え…? 邪魔、だった?」
「そうじゃなくて。そんなことしなくていいよ。俺、ひとりでも大丈夫だし」

少し間があって、一織が息を吸う気配がした。

「俺が…千尋といたくて」
「バカだな」
思ったより優しい声が出て、自分で少し驚く。そんなことしなくても逃げないのに。

「…千尋?」
「ん?」
「来年、俺の会社でインターン申し込みしないかって話、してただろ。でも、自信ないって言ってた」
「うん」

「だったらさ。バイトって形で、インターン前に俺の会社で少し勉強しない?」
「…え?」
一織の声には、期待が混じっているのがわかった。

「そしたら、ずっと一緒に――」

「バイトするにしても、インターンするにしてもさ」
俺は一織の言葉を遮った。
「一織との仲の良さは、ちゃんと隠すよ?」

「…は?」

「そうしないと、一織の知り合いだからって、みんな俺に気を使うに決まってるじゃん」

暗闇の中で、一織が黙り込むのがわかる。

「それじゃないと、俺…」
少しだけ言葉を選んで、続けた。
「インターンも別のところ行くし、アルバイトもしない」

しばらく沈黙が続いたあと、一織がゆっくりと俺の手を握った。

「…わかった」
「え?」

「千尋のやり方でいい」
その声は、優しかった。

そして、そばにいれると思った一織の思いとは裏腹に俺と一織のすれ違いが始まることになる。
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