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 5章 魔性の契約

 花嫁と言う名の生贄

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 「今宵満月。 会わない方が良い……」
 今迄と違う冷たい声。

 何処かおかしい。 怪訝に尋ねる麗子。
 「秀康さん……?」

 秀康は冷ややかに笑うと耳を疑う信じられない言葉を放った。
 「理由を知りたいか。 本当に女は面倒な生き物だ……。 お前など狩りの対象に過ぎない。 解ったら二度と私に近付くな。 目障りなだけだ」

 思わずスマホを置いた麗子は放心状態になり、 部屋で力抜け、 そこに座ってしまった。


 秀康、 自室で目を閉じ、 赤ワインで乾いた喉と血の 『飢え』 を凌いだ。
 「麗子……、 私に会ったばかりに……。 自信が無い。 何もしないと言えない。 こうするしか、 お前を守れない。 許せ……。 満月よ……、 私達魔物の眷族の本能を、 なぜ、 こんなに……苦しめる程惑わせる……同じ罪を重ねろと言うのか……血を求める本能は……、 お前を失う結果になった……。 出会ったばかりだと言うのに……今少し、 お前と束の間夢を見たかった……」


 一方で麗子は、 秀康の冷たい言葉だけ耳に反芻した。
 『狩りの対象に過ぎない』
 『目障りなだけだ』

 秀康の感情の無い声だけ、 脳裏に繰り返された。

 午後6時、 麗子、 ぼんやりフラフラと街を彷徨う。 数時間彷徨っただろうか。

 いつの間にか、 この間、 秀康に連れられた美しい湖畔に居た。 
 道も知らない筈の湖。
 「私……、 どうして……此処へ?」

 絶望の底に居た麗子は、 心の迷路に立ち、 知らず知らず、 魔性の者により別名・解放の湖と呼ばれる、 この湖に居た。
 「又……、 振られちゃった。 男運無いのね……。 ずっと一人だから……。 今更孤独なんて何とも思わない……」

 湖に誘われる様に、 麗子、 湖の中へ足を運ぶ。 

 首迄浸かった時、 誰かに腕を掴まれた。

 秀康だった。
 「麗子……、 お前、 何を考えた? この湖に沈むと二度と生きて出られないぞ、 馬鹿!」

 必死に救い出そうとする秀康から感じられるのは、 『人』の心に有る自然な条件反射の感情だけだった。
 『この思いお前に届かないところが憎い』
 満月の力と葛藤しながら、 結界に麗子の姿を察知、 慌てて湖畔に移動し、 湖から出した。

 強い力で腕を掴まれて居た麗子、 悲鳴に似た声で言う。
 「痛いっ……!! 秀康さん、 離して」

 「うるさい。 来い!」
 強引に腕を掴んだ状態で一瞬の間に消えると秀康の部屋の前へワープした。 

 部屋の中でソファに麗子とバスタオルを放り投げる。
 「ずぶ濡れだ。 これで体を拭け。 着替えに行くが。 良いか、 今夜満月だ、 ヴァンパイアしか居ない屋敷で、 この部屋から今一人で出たら命の保証をしない」

 バタンと両開きドアを閉じられた。 

 着替えと言われたクラシカルなオフホワイトドレスは、 コルセットのあるドレスで着方さえ解らない。

 秀康は麗子の居る部屋に帰ると、 唖然とした。
 「なっ、 ……、 まだ、 着替えてなかったのか?」
 「着方が……全然解らない……」

 バスタオルを慌てて巻いた麗子のあられもない姿を前に、 後ろを向いた。
 「まぁ……、 いいだろう……」
 いきなり振り向いて、 瞬時に麗子をベッドに押し倒した。

 「秀康さん?! 今日どうしたんですか? 御願いだから止めて!」
 「今更何を。 止めて、 だと? 警告をした筈だ……、 私に近寄るなとな。 あれで去れば……、 お前を逃がすつもりで居たが、 こう迄されたら、 逃がす訳にいかないな!」

 バスタオルを剥ぎ取られた麗子、 荒っぽい扱いに悲鳴を出した。
 「手間掛けさせた罰だ。 お前の望み、 聞いてやろう……」
 「え……?」

 秀康の一変した恐怖と不安で声の震える麗子の耳元で、
 「抱いてやる。 私に抱かれたいんだろ?  何、 痛みなど感じない。 ヴァンパイアが獲物に与えるのは……性の愛欲と快楽と堕落」

 秀康の甘い息遣いと口付けが耳から自然に首筋に降り、 鋭い牙が麗子の首筋に刺さる。
 今迄経験の無い心も体も麻痺させる様な強烈な快楽に全身の力が抜ける麗子。

 赤い眼を更に赤い色で揺らめかせ、 暫く吸血をした後。
 「おっと……、 これ以上吸ったら危険だ……」
 
 秀康は麗子と体を重ねながら耳元で囁いた。
 「お前を、 抱きたかった……。 さぁ、 恥など捨てろ、 麗子」
 秀康の優しい愛撫で鈍い痛みは、 やがて全身の悦びと変わる。 水面に居る水を得た魚の様に絡み合う二人。
 息が続かない程激しく、 本能のまま重ねる唇と動きで麻痺する体に、 何度も麗子の口から悩ましい迄に悶える声と二人の息遣いが、 天蓋に薄いカーテンの付いた豪華なベッドで繰り広げられ、 静かな部屋で妖艶に満ちた。

 満月の力で、 運命は廻り始めた。

 ベットで優しく麗子を抱きしめて髪を撫でて居る秀康は、 裏腹に冷めた態度に映る。 あれ程互いを激しく貪る様に求め合った後なのに。 まだ甘い余韻を体に残す麗子。 男と女。 色事と言うモノはこう言うものだ。
 「血を吸われた数時間、 麻痺して動けない。 今夜ベッドで居ろ……」

 「これで、 お前は私の妻だ。 過去の男の話迄何も言わないが……これから先、 浮気をしたら……お前を殺す。 いいな?」
 静かに頷いた麗子。
 「解り……ました……」

 鋭い言葉と裏腹に思いやり溢れる優しい扱いに、 戸惑うしかない。 

 「変なもんだな……。 嫁など要らぬと、 決めて居たが……お前を抱いたら……気も変わった……。 体の相性も最高だ……」

 その夜、 何度も体を重ねた二人。

 午前3時

 扉外から聞こえるモーリスの声
 「秀康様、 御食事の時間でございます……」

 「解った。 麗子、 ドレスを」
 コルセットの無いドレスを着た麗子は、 情事の後でまだ足をフラつかせながら、 首筋に数か所ある牙の跡に絆創膏を貼ろうとした。 止める秀康。
 「隠すな……、 見せてやれ」

 「恥ずかしいわ……私」
 「肝心なところだ。 見せてやったら……トマスとローザも二度とお前を襲わない」

 フラついた麗子の手を握り抱き寄せると、 征服感を満たしたのか、 満足な顔をして、 
 「お前をこんな風にしたのは……私だ」
 
 広いダイニングで黙って食事をする秀康、 麗子、 トマス、 ローザ。

 トマス、 チラリと麗子の首筋を見た。 プッと笑うと
 「あ~あ……、 お二人さん、とうとうヤッたな」

 モーリス、 トマスを制す
 「トマス様、 いけませんよ、 その様な、 下品な言葉遣いは許しません」

 ローザも何処か今迄と違い、 獲物を狙う殺気さえも感じない程で醒めた口調になった。
 「モーリス……、 この人間用、 何か口に合わない……部屋で薔薇を食べるわ」

 にゃ~……。 気まずい雰囲気の中に間の抜けた声と共に何処からともなく黒猫シェリー現れた。
 「ああ、 麗子、 この黒い猫……、 一般の黒ネコだから心配ない」

 「可愛いわ……」
 顔を撫でると嬉しそうに目を細めグルグルと喉を鳴らし、 麗子に甘えるとても人懐こいシェリー。

 ここで麗子はある疑問を感じた。
 『もし、 本当にヴァンパイアと言う存在が残忍だけの魔物だとしたら……生存競争に敏感な犬や猫が懐くと思えないわ……人の部分を残して居るなら、 それは、 慈しむ心……心、 なのかも知れない』

 完全白けた口調で話すトマス。
 「地下でドブ鼠食ってる猫が普通? この屋敷に普通なんかある筈ないだろ。 そう言えば、 黒猫横切れば不吉だとジプシーが言っていたな。 まぁ……俺ら自体、 人間からすれば魔物だからな」

 食事を済ませ、 部屋に帰る。

 「麗子……、 我々は、 以前も言った様に太陽に弱いから昼間眠る。 この屋敷で住むといい。 私の妻になった訳だ……仕事も辞めなさい。 眠ろう……」
腕枕を麗子にし、 二人、 眠る。

 ローザが秀康を 『怖い』 と言った理由解った様に思えた。

 本当に怖い。 底知れぬ怖さを覚える。 と同時に心から愛した実感。
 秀康の父と似ていると……。 父はどういう人物なんだろうか。

 午後1時。 早めに目を覚ます麗子。 寝室を出ると広いリビングへ。
 とりあえず会社に退職届けも出す必要有ったが、 あまりにも急な退職で会社に渋られた。
 マンションの解約、 必要な物は全て屋敷にあるからと、 パソコンと服のみ屋敷に運ぶ様に手配した。

 今全員まだ寝ている。
 この屋敷を出たら、 今逃げられる。 だが、 逃げても帰りたい場所など無い。

 乱暴な扱い、 怖い思いをしても。 それ以上に慈しむ優しさと愛情伝わった。
 何処かに堕落に対する望み、 あったせいなのかも知れない。

 リビング二階で、 ベランダに出ると一階の広い庭に薔薇が優雅に咲いていて、 夜と又違う綺麗な景色。

 好きに使えばいいと言われて居たので、 テラスに座り、 紅茶を飲む麗子。
 柔らかい高級なカーテン揺れる。

 トマス言う様にこの屋敷は、 普通の世界などと言い難い屋敷。 屋敷内には蝋燭の光とシャンデリアの光だけで暗い。 
 身内だと言うのに……皆、 敵同士で住んでいる様な殺伐さしかない。

 にゃ……。 シェリーが現れる。
 「おいで……、 シェリー……」
 膝の上にシェリーを抱いて柔らかい毛並を撫でる。
 「ふふふ、 シェリー、 重い。 でも可愛い」

 「随分早いお目覚めですね? 麗子様」
 執事モーリスだった。

 「今何時でしょうか……? 此処で居たら時間を忘れました」
 「ずっとテラスで? 今、 夕方5時。 まだ、 何とも無い様ですね。 とりあえず、 麗子様、 おめでとうございます。 一族の繁栄の為、 ジャックス様も私も喜ばしい結果になりました。 御子の誕生、 今から待ちわび楽しみに思います。 是非に男児を」

 真顔で言うモーリス。
 恥ずかしい麗子、 下を向いた。 話を逸らす為
 「ジャックス様はどういうお方ですか……?」

 「秀康様御父上であり……、 魔族に恐れられ……、 現在のヴァンパイア一族で最高の権力と地位を握るお方です。 いずれ、 ……お会いになる日も近いかと」

 「あの……、 モーリスさん、 一つ質問してもいいですか?」
 「ええ。 なんなりと」

 「ヴァンパイア……、 伝説のドラキュラの話さえもあまり知らなくて」

 「ドラキュラ公を知る遠い縁戚の方も居たと伺っています……」
 「え?! ……本当に居たんですか?」

 「ルーマニアのトランシルバニア……、 カルパチア山脈。 ヴァンパイアのメッカでもある……。 現在でもドラキュラ公の城ございます。 今のブラン城だと。 そもそも……、 Dracula= ルーマニア語で 『竜の息子』……、 吸血鬼=ドラキュラと言われたりする傾向にありますが、 あくまで語源から言えば、 本来、 吸血鬼に必ずしも該当しない」

 「……」
 串刺し公と言われた話に残忍さから、 ドラキュラがあったと思い出す。 無知だった自分に恥ずかしささえ覚えた。
 さすがに執事と言うだけ、 知的だと思った。

 となれば……、 秀康の本来の実年齢一体……? 何歳なんだろうか?  
 無言で固まる麗子にモーリス続けた。
 「麗子様? 大丈夫でございますか? この屋敷に棲む私達全員、 日本語、 ラテン語、 ルーマニア語、 英語など話ます。 まだドイツ語、 スペイン語、 フランス語など。 地域にもより、 全世界に纏わる語学迄勉強します。 皆、 小さい頃から。 麗子様もトマス様達と語学勉強を御願いします。 フォアード家の嫁でございますから。 私が教えます。 後日、 お勉強日取りなどを、 お知らせします」

 「語学?! ……、 私が?」
 麗子、 思わず口に出た。

 「言葉など本来どうでも良い。 我々ヴァンパイアには、 ヴァンパイアハンターに狙われる他に一族同士、又、 異なる魔族と殺し合いをしますから、 一族の血を継ぐ者を大勢に必要なのです。 ……強いヴァンパイアをね」

 「殺し合いを……?」
 「麗子様、 今一度お尋ねしますが、 お体に変化ございませんか?」

 「変化、 ですか? ……いいえ、 今迄と変化ありません」
 「それなら結構。 ……今から色々ありますから、 何か必要な物など、 ございましたら御呼び下さい。 ご用意します。 失礼」

 丁寧な立ち居振る舞いで会釈をしたモーリスは、 リビングを出た。
 体調の変化をモーリスがやたらと気にしている。 何だ?

 上品で丁寧な雰囲気をするモーリス。 ただ、 内に恐ろしい力を秘めて居る様に思えた。

 ダークレッドのネクタイをしながら、 秀康現れた。
 「麗子……、 おはよう」
 軽い口づけをした。

 「おはようございます。 秀康さん、 何処かにお出掛けですか?」
 秀康、 麗子の髪を優しく撫で、
 「麗子……、 夫に 『さん』 など、 そろそろ要らないだろ?」
 「ごめんさい……癖で……」

 「謝るな。 それに……固いから敬語も」
 「ごめんなさい……」

 微笑んで抱きしめる
 「敬語要らない。 まぁ……、 お前らしいと言えば……お前らしいな。 今夜、 又、 集会あるから出掛ける。 父上に会うから、 お前の存在を話す。 そのうち、 父上に会わせるから、 今日大人しく屋敷で待っていなさい……」

 「わかったわ……あなた」
 「いい子だ」

 モーリスの用意した黒マントを羽織る秀康の妖しげな姿を初めてみた麗子は絶句する。
 「今夜必要でな。 調度良い麗子、 地下に案内する。 おいで」
 「地下?!」

 暗い階段を降りる秀康、 モーリス、 麗子。
 「ここは……?」
 「地下牢。 今使わないがな。 昔。 何だ怖いか?」
 「ええ」
 「そのうち慣れる。 大丈夫、 何も無かったら投獄しない」

 暫くすると朽ちた扉。
 「ここトマスがたまに使う棺桶だ。 何やら此処で熟睡するらしい」

 奥に古い鉄の扉を開ける。 それは、 以前にも秀康が唱えた文言と同じだった。
 左手を中にある開かない扉に充て、 秀康は静かでありながら地面を揺るがす低い声で文言を唱えた。
 「貪欲な者に、 限りなし、 誰も死ぬ迄安らかでなし、 運命は願う者を導き、 欲しない者を捨てる、 青ざめた肉体は既に死体、 罪と罰あるとすれば永遠の命」 

 ゴォォ……鈍い音で扉開かれた。

 不吉で何処か不気味な聞いたこともない文言に呆然とする麗子。
 モーリスは小声で麗子に教えた。
 「この扉を開く為に唱えるものでございます。 又、 我々一族の掟。 秀康さまの父上フォワード様が家督を譲る証として秀康様に継承したのです。 この扉を開けられるのは、 フォワードさまと秀康様のみ」
 
 魔界に通じる道になった。
 黒い馬と馬車。 ロダン現れた。
 「秀康様」
 「じぃ、 何だか近頃魔界で騒がしい様だな?」
 「はい」
 「じぃ、 これは麗子、 私の妻だ」
 「秀康様……おめでとうございます。 これで御父上も安心なさいます。 じぃも本当に嬉しい良かった……良かった……」
 「大袈裟だな、じぃ」
 「何を言われますか。 秀康様がなかなか嫁を娶らないから、 じぃも心配しましたぞ!」
 「解った。 じゃぁ、 行こう……。 モーリス、 麗子を」

 「いっていらっしゃいませ」
 闇の森に馬車消え、 蹄音だけ響いた

 「麗子様」
 モーリス、 地上へ促す様に歩いた。

 「足元にお気を付け下さい。 まだ暗闇に目も慣れていませんから。 麗子様には、 御世継を生んで頂かないといけない大切な体ですから」
 モーリス、 ダイニングに案内をし、 会釈して去る。
 メイド・ダニエラから、 食事を用意された。
 海鮮パスタに、 食べやすい大きさのサイコロステーキ、 サラダ。
 「麗子様、 どうぞ」

 「ありがとうございます……ダニエラさん」

 「メイドに敬語などいけません、 麗子様……」
 ダニエラ、 少し困惑をする。

 「じゃぁ、 ダニエラ……、 此処で長いの?」
 「はい。 時を忘れる程前に」
 一見、 ダニエラは年下に見える程、 何処か幼い感じをした顏をしている。

 一方・闇の地下帝国魔界フォアード洋宮殿、 ジャックス豪華リビング
 「父上、 ……先日、 妻を娶りました」
 「そうか! ……やっと安心をした。 どんな女だ?」
 「人間の女です……」
 「正式に皆に発表せんと示しつかないな。 早速執事に日取りを合わせさせる。 早い方が良い」
 「はい」
 「秀康、 嫁も娶った決心着いたか?」
 「え?」
 「後継者にだ」
 「いいえ」
 「お前なら……できる力備えているんだ」
 「父上、 私を試さないで下さい。 貴方ほどに非情で残忍なヴァンパイアも少ない。 私になれない。 貴方程、 残忍になどなりたいと思わない。 また些細な理由で魔族潰されたばかりだ。 御戯れを程々に。 失礼」

 ジャックスの豪華ソファから離れ、 部屋から出る秀康。

 やれやれと言う顔をしたジャックス。
 「まだ……アレに無理か。 最強の息子で良いのだがなぁ。 人間の心を残して居る……行動で示し父として教えた筈だが。 伝わらんな。 ふっ……、 残忍か、 私が残忍でも、 子は皆可愛い」
 葉巻を消すと、 ジャックスも部屋から出る。

 一方、 フォアード邸
 秀康の帰りをリビングで待つ麗子に異変。
 「うぅ……、 体が……、 体が」

 「麗子様? どうなさいました?」
 モーリス、 麗子から酷い熱を感じた。

 「始まったか……。 ダニエラ、 薬を秀康様の部屋まで」
 麗子を抱いて、 部屋へ連れ、 ベッドに眠らせる。 2時間程経った時、 秀康は部屋に帰ると眠る麗子を見て、 扉に近い所に立つモーリスに尋ねる。
 「どうした?」
 「始まった様でございます」
 「そうか……。 心配ない。 ヴァンパイアにはならない」

 「と言いますと……、 秀康様、 やはり」
 「……ああ。 そうかもな」

 ヴァンパイアに吸血された人間は、 ヴァンパイアになる。
 ただ、 吸血されてもヴァンパイアに愛された者は、 不老不死になる。 ヴァンパイアにはならない。 不老不死の体で、 愛されたヴァンパイアの血となり性の生贄となる。

 麗子にある異変は、 不老不死に変わる過程で起きる体内の変化だった。
 眠り続けた3日後の夜、 麗子が目を覚ました。
 「私……? どうしたの?」
 「麗子、 ……不老不死になっただけだ。 心配ない。 人間の命には限りがあるが。 不老不死となったお前は永遠に私と共に生き続けるのだ」

 その夜、 体を重ね合う二人。

 「麗子……。 私と共に生きよう。 父上は好色な方だから妻が何人もいるが。 私にはお前さえ居ればいい……子は5人以上は欲しいな。 お前一人で私を相手にする方が大変かもしれない」
 「やだぁ……エッチ」
 「ああエッチだ。 毎晩でもな。 麗子……お前を、 愛している……」
 「あなた」

 「ああ麗子、 式の日取だが、 明日魔界へ案内する」
 「あなた……血を吸わないで大丈夫? あれから何日か経ってるわ……」
 「気にするな……。 今要らない。 欲しい時にな。 今はお前の体を、 まず安定させたい……」

 どんな世界であれ、 互いに幸せなら、 それが一番かと筆者はおもえる

 翌日午後6時。 黒いドレスとヴェールを被った麗子が鏡の前に立って居ると、 タキシードに黒マントを纏う秀康に後ろから抱きしめられる。
 「綺麗だ……、 麗子」
 「……」
 「ああ、 ……ヴァンパイアは、 鏡に映らない。 さぁ、 行こう」

 何気ない言葉。 鏡に映らない……秀康の孤独を感じた様に思えた。 鏡とは、 この世に存在する物を映す為にある。

 地下に降りると、 開かない鉄の扉前でトマス、 ローザ、 モーリス、 ダニエラ。
 トマスも普段と違う燕タキシード姿、 ローザも一段と煌びやかに舞踏会に出る様なドレスだった。

 モーリス、 ダニエラも普段と違う正装をしていた
 めんどクサイ。 秀康を睨んで、 不機嫌なトマス。
 「いつまでこんな扉前で待たせるんだ、 遅い! さっさと開けろ」

 ローザも嫌な顔で言う。
 「舞踏会と久々に口に合うディナー。 これしかメリット無いわ」
 
 秀康、 又文言を唱えた。
 「貪欲な者に、 限りなし、 誰も死ぬ迄安らかでなし、 運命は願う者を導き、 欲しない者を捨てる、 青ざめた肉体は既に死体、 罪と罰あるとすれば永遠の命」 

 ゴォォ……鈍い音で扉開かれた。
 
 「相変わらず、 やんちゃでございますな、 トマス様」
 「じぃ……、 久しぶりだ、 元気か???」

 ロダンに馬車へ誘導され、 秀康、 麗子、 トマス、 ローザ馬車に乗る。
 後ろに居たモーリスとダニエラは、 フッと上に跳躍するとコウモリになり、 馬車後ろを飛ぶ。
 モーリスとダニエラはコウモリ系のヴァンパイアだった。

 「闇の森を見るな麗子……。 人の心を深い闇へ迷わされる。 ヴァンパイアなら大丈夫だがな」

 トマス、 ローザも退屈に頬杖を付いて左右に広がる景色を眺めて居た。

 闇の地下帝国魔界・ジャックス豪華洋宮殿

 「こちらへ」
 秀康の父ジャックスの執事、 アンドレ・ロディに案内され、 ジャックスの居る控室に案内される秀康、 麗子、 トマス、 ローザ。
 アンドレに両開き扉開かれ、 控室の奥で豪華なフランス製の椅子に座るジャックス。
 「父上、 お待たせをしました」
 左手を脇腹に頭を下げる秀康。 椅子のヴェールでジャックスの顏立まで解らない。
 「実に素晴らしい日だ」
 ジャックス、 悠然と近寄る。
 
 長身で黒マントを纏い、 ブロンドヘアー、 秀康、 トマスと同じ赤い瞳。

 漂う妖しい雰囲気……
 「そなたが、 息子の妻となった女か?」
 「お初にお目に掛かります、 お義父様……麗子と言います」
 「緊張するな。 うん……、 腰周りも立派、 子を、 どんどん産んでくれそうだな。 楽しみだ。 コレも好きモノでな、 私と似て。 気にせず毎晩励んでくれ」

 咳払いをする秀康。
 「父上」
 「ふふふ。 トマス、 相変わらずやんちゃな様だな? 息災か?」
 「はい。 父上、 お変わりない様で安心しました」
 「ローザ……久しぶりだ。 日本で慣れたか?」
 「はい、 叔父様……」
 ドレス裾をフワリ両手で広げ、 会釈するローザ。

 様々な顔ぶれにジャックスは満足した様に答えた。
 「良いもんだ。 モーリス、 ダニエラ……管理大変だと思うが、 頼むぞ」
 「お任せを」

 言い忘れた様にジャックスは麗子に伝えた。
 「ああ、 麗子、 私を 『父様』 と呼ぶと良い……」

 怪訝な表情をした秀康。

 「本人から聞け。 女房なんだろう」
 挨拶を済ませ、 豪華な客席用大会場に案内され、トマス、 ローザ、 モーリス、 ダニエラ前列に座る。
客として招かれたヴァンパイア達、 それぞれ後ろに座り、 新郎新婦登場迄食事をしながら待って居る。

 祭壇にジャックス現れた。
 「我が息子、 秀康ヴァン・フォアードの祝席へ皆ありがとう。 人間の女を娶り、 晴れて一人前と認める為これから厳粛に儀式を行う」

 豪華扉開かれ、 秀康と黒いヴェールを頭から肩に纏う麗子。
 花嫁に付き添うメイドが、 麗子の肩からベールを靜に下した。
 「愛している……、 麗子」
 「永遠 (とわ) の愛を誓います。 『この魂を、あなたに預けます』」

 全員靜かに見守る中、 秀康は麗子の両腕を優しく掴み
 首筋に優しいキスをし、 鋭い牙を立てた。
 「うぅ……あぁぁ……」
 
 全身を巡る激しい快楽に思わず声を出す麗子。 魔界に居る為、 吸血されても麻痺はなかった。

 秀康の眼は、 まるで赤ワインを思わせる様にめらめら光る。

 満足な顔を浮かべ、 ジャックスは杯を天井に向け
 「さぁ、 皆、 祝杯を!」
 血の杯を飲み干す参列者。

 人間を娶る時と、 ヴァンパイアや魔族を娶る場合、 当然ながら行う儀式は違う。
 血塗られた黒い花嫁。 現実にあってならないタブーとされる闇と行為こそ、 ヴァンパイアの世界ではないだろうか……?
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