魔石交換手はひそかに忙しい

押野桜

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イズールの小さな部屋

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「サリラ様、ごきげんよう。今日も良い天気ですね。まあ、お庭のボッケの花が咲いたのですか。ピンクがきれいでしょうね。それではアーエ様におつなぎいたしますわ」

地味な茶色の髪に灰色の目、制服はちょっとだぼついている。
メーユ王国、王都メーユの王宮の文官棟の片隅にある、広い魔石交換室の一番奥の小さな部屋が2級文官イズールの仕事場だ。
魔石交換室とは音声通信魔石や探知魔石を担当する部署で、花形の職場ではない。
しかし、音声通信の魔術具も探知の魔術具も、自分たちがいなければ作動せず、パニックになるだろう。
地味だけれど、大事な仕事だとイズールは思っている。

狭い部屋の壁一面に、色とりどりの魔石が並んでいる。
どの色が誰につながっているのかを把握するのは最低条件だ。
そのまま魔石をつなげたり、魔石の発信者から話を聞き、素早く情報をまとめて相手に伝える。
若手の多い部署でも特に新米の自分がこの部屋を任されているのは、小さな誇りでもある。
多くの若い女性の甘く高い声は年配の方々には聞き取りにくく、イズールのアルトよりちょっと低めの落ち着いた声が好まれて、政治・経済の大御所たちの魔石交換に抜擢された。
年配だが無駄な時間がない彼らは、だからこそゆったりしたペースで会話をして、的確な交換をするイズールを評価し、余裕がある時には他愛ない話を挟み込んで気晴らしをしている。
老人専門、などと陰で言う人もいるし、地方から出てきた自分はこれからも親しい同僚もできずに過ごすんだなと思うこともあるが、なんだかんだとこの仕事が気に入っているのだ。

と、考えている間にまたピカピカと紫の魔石が光った。
これは宰相から国王への緊急の連絡。
慣れた手つきでそのまま金色の魔石につなぐ。

(この時間、そろそろ……)

紺の魔石がピカピカと輝くのを見て心が弾んだ。
しんと静かに過ぎていた、イズールの日々を彩るこの声があらわれたのは最近だ。

「こんにちは、セネ軍曹に定期連絡をお願いできるかい?」
「アドル様、ごきげんよう。今日もいい天気ですね。お話うかがいます」
「王都は晴れているんだね」
「ボッケの花が咲いたそうですよ」
「ボッケか……こっちはまだ雪なんだ。寒くてたまらないよ」
「暖かくなさってくださいね」
「ああ、ありがとう。それでは……」

ゆっくりと話す声は穏やかで聞き取りやすい。
要点をまとめて確認する。

「ありがとう、助かるよ。またよろしくね」

騎士団第4団団長、竜使いの騎士アドル。
辺境警備での定期連絡を始めてかなりの時間が過ぎ、だんだんうちとけた話をするようになった。
紺の魔石が光を止めても、しばらく見つめてしまう。
いけない、定期連絡は急ぎではないけれど、遅れてもいけない。
イズールはセネ軍曹の茶色の魔石を押した。
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