魔石交換手はひそかに忙しい

押野桜

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大活躍するのは知っている

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公演当日。
朝から休暇を取ったイズールは、サリラ家でもみくちゃにされていた。
いや、正確に言うと、風呂で全身を洗った後に香油で全身を揉まれ、頭に長い金色のかつらをかぶり、美しい衣装を着せられて丁寧に化粧を施された。
かつらの上には白いレース刺繍のベールをかけてある。
顔が見えない工夫だ。
ここまでですでにへとへとだが、これからが本番だ。
今日披露する予定の曲をひととおり歌ってみる。
特訓の成果で声が通るようになって音域も広がり、楽に歌えるようになっていた。

「がんばります!」

公演会場で新しい小鳥の魔術具のお披露目をして売るらしい。

「期待しているわ!」

サリラの目がギラギラしている。
現役を引退などしていないではないか、とイズールはひそかにおかしくなった。

「魔石交換でお馴染みの方々がいるわ。あなたを一目見たいという若い人も多いの。ちょっと規模が大きくなってしまったけれど、ごめんなさいね?」

ちょっと、の規模が違う、と、会場に着いたイズールは目をむいた。
国一番の歌劇場で歌うことになっていたのだ。

「音響が良い方がいい、と王族がおっしゃって……」

ホクホク顔のサリラにイズールは何も言えなかった。
もう、何も考えず歌うのみである。


◇◇◇

舞台の上から観客席は案外見えるものなのだな、と、イズールは思った。
しずしずと舞台中央まで歩いて、ぎこちなく礼をする。
本番前に歌って確認すると、歌劇場は音を程よく響かせて、自分の歌を2割増しほど上手にしてくれた。
恥はかきたくない。

「コトリは実在していたんだな」

などという声が聞こえてくる。
自分はコトリと呼ばれているのか。
芸名みたいでちょっと楽しい。
楽士もなく、自分一人にみんなの目が集まっている。
二階の桟敷席にいるのは王族だと教えられた。
体を向けて改めて礼をする。
そして、正面を向き歌い始めた。
沈黙の中を声が広がり、すべって広がってゆく。
ただただ歌が楽しい。
数曲歌い終わるとまた一礼して下がって行った。
しばらくの沈黙の後、会場がどよめいた。
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