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海の上の孤児院
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王宮は王都の一番北にある。
王宮に近いほど力と金のある人が住んでいて、北門と南門の間に市と職人街がある。
南門からだんだんと街並みが汚くなってゆく。港だけは立派だが、その横には貧しい掘っ立て小屋が立ち並ぶ。
さらに隅っこの潮風がきつく高波が危険な海べりに貧民街があるのだ。
その貧民街の一番南、半分は陸、半分は海の上に孤児院はあった。
「色気のないデートだなぁ」
「そもそも俺たちが邪魔だろう」
「だって危ないじゃないか」
言い合うリーリシャリムとグノンに、子どもたちが駆け寄った。
「お姉ちゃん、きれい!」
「残念!お兄ちゃんだよ~!」
「お兄ちゃん、抱っこして!」
「よし、登ってこい!」
二人は子どもたちと遊ぶことにしたようだ。
ネリーがイズールとアドルに施設を見せてくれる。
孤児院育ちの成人が子どもたちの面倒を見ているらしい。
薄い壁と細い柱は嵐が来ればすぐに壊れてしまうが、そのたびに作り直すとのこと。
壁には穴が雑に開けられていて、それが窓だそうだ。
古い布っきれが毛布。
寒い季節は短い王都だからいいが、それでも毎年冬には何人か死ぬであろう。
武術の先生は通ってくる。
美しい女の子だけが楽器や踊りを習わせてもらえる。
楽器は盗まれるといけないので先生の家に通うそうだ。
当然風呂はない。
「狭い庭にこのボッケ!目障りで仕方がないわ!」
「えっ、お腹がすいているのではないの?」
「ボッケが食べられるとでもいうの?!」
「ボッケは美味しいけれど?」
えっ、と、みんなが固まる。
かまわずイズールは土を探った。
庭師は良い仕事をしたようだ。このボッケは潮風に耐えるだろう。
「香ばしい秋の実がもうすぐ実るわ。高いからはしごを使って、鳥が好むから早く採るのよ。そのまま食べても干してもいい。落ちた春の花は腐りやすいけれど、あぶれば甘くとろけて美味しいわ」
王都の人はこの花を見るだけなのが、勿体ないと前から思っていたのだ。
「来るまでの道に生えている草にも食べられるものがたくさんあったわ。なんで食べないの?」
「草を食べるの?」
いやそうな顔をしたネリーに子供を数人乗せたグノンが言う。
「草だけじゃなくて、実を取ったり根を掘ったりすれば美味いものもそのままだった。俺が採って帰ろうかなと思っていたんだ」
そうだそうだ、と女の子たちの頭をなでながらリーリシャリムもうなずく。
「……文官様や騎士様って、そんなことも知っているの?」
「俺たちは地方出身だからな」
グノンはともかく、美貌のリーリシャリムが根を掘って食べる姿は誰にも想像できないようだ。
イズールに視線が向けられる。
「うちは田舎だったし、ちょっと普通の家庭ではなくて」
アドルの前で言いにくいが、さらっと言ってしまう。
「父がなかなか帰って来なくて、母と二人が多かったから何でも食べたし売って稼いだのよ」
微妙な表情のみんなを尻目にイズールは海側に向かった。
水は澄んでいる。
ゆらゆらと揺らめくものが見えた。
ネリーが「気持ち悪い」という顔をしている。
「魚は釣る?」
「いるけれど、小さくてお腹いっぱいにはならないわね」
柱の付け根が見える。
ここは浅瀬のようだ。
イズールは迷いなく靴と靴下を脱ぐとスカートをたくし上げ、バシャッと海の中に入った。
みんなびっくりしているが、イズールはかまわない。
足にまとわりつく感触にやった!と思う。
「誰か切る物を貸して」
というとアドルが短剣を渡してくれた。
ざくざくと足元を切って行く自分を、いつの間にかみんなが集まって見ていた。
ザバッと海藻を持ち上げる。
立派な大きさだ。
「それはかたくて不味いわ……」
苦い顔でつぶやくセイランに違う、とイズールは言う。
「簡単に言うと……大きく広げて、晴れた日にかごに乗せて、屋根に敷いてさらすのよ。カラカラに乾いたら、小さく切って水に浸して出汁を出すの」
さらす?出汁?とみんなが首をかしげる。
かまわずイズールは続けた。
「ハポン国ではスープを作るのに使う高級食材だわ。柔らかくなった残りも食べられるのよ」
「ああ、昆布か。確かにこの国では使わないな」
美味しいのにね、と女の子を抱きかかえたリーリシャリムが言う。
「何度も試して美味しく作って相談すれば、あなたたちが通う食事処で高く買ってもらえるかもしれないわよ?」
この王都の端は意外と自然が豊かで、まだまだ調べれば作って売れるものもあるだろう。
自分だけではこれくらいしか分からないが、故郷の母に聞いてもいいかもしれない。
そうすればご飯やお金の問題はちょっとずつ良くなるのではないか。
文字や数字を教えるのも大事なことだろう。
それこそ自分の本領発揮だ。
話を聞いていた世話役の大人たちやネリーとセイランの顔が輝くのを見て、子どもたちもわあっと喜ぶ。
イズールは良い気分である。
「イズール」
「ああ、短剣をありがとう」
「そうじゃなくて」
アドルは赤い顔をしている。
「早く足を隠して……!」
田舎では日常の光景である。
グノンは平然としている。
「アドルは街っ子だからなぁ」
リーリシャリムがニヤニヤしているのを見ながら、慌ててイズールは海から上がるのだった。
王宮に近いほど力と金のある人が住んでいて、北門と南門の間に市と職人街がある。
南門からだんだんと街並みが汚くなってゆく。港だけは立派だが、その横には貧しい掘っ立て小屋が立ち並ぶ。
さらに隅っこの潮風がきつく高波が危険な海べりに貧民街があるのだ。
その貧民街の一番南、半分は陸、半分は海の上に孤児院はあった。
「色気のないデートだなぁ」
「そもそも俺たちが邪魔だろう」
「だって危ないじゃないか」
言い合うリーリシャリムとグノンに、子どもたちが駆け寄った。
「お姉ちゃん、きれい!」
「残念!お兄ちゃんだよ~!」
「お兄ちゃん、抱っこして!」
「よし、登ってこい!」
二人は子どもたちと遊ぶことにしたようだ。
ネリーがイズールとアドルに施設を見せてくれる。
孤児院育ちの成人が子どもたちの面倒を見ているらしい。
薄い壁と細い柱は嵐が来ればすぐに壊れてしまうが、そのたびに作り直すとのこと。
壁には穴が雑に開けられていて、それが窓だそうだ。
古い布っきれが毛布。
寒い季節は短い王都だからいいが、それでも毎年冬には何人か死ぬであろう。
武術の先生は通ってくる。
美しい女の子だけが楽器や踊りを習わせてもらえる。
楽器は盗まれるといけないので先生の家に通うそうだ。
当然風呂はない。
「狭い庭にこのボッケ!目障りで仕方がないわ!」
「えっ、お腹がすいているのではないの?」
「ボッケが食べられるとでもいうの?!」
「ボッケは美味しいけれど?」
えっ、と、みんなが固まる。
かまわずイズールは土を探った。
庭師は良い仕事をしたようだ。このボッケは潮風に耐えるだろう。
「香ばしい秋の実がもうすぐ実るわ。高いからはしごを使って、鳥が好むから早く採るのよ。そのまま食べても干してもいい。落ちた春の花は腐りやすいけれど、あぶれば甘くとろけて美味しいわ」
王都の人はこの花を見るだけなのが、勿体ないと前から思っていたのだ。
「来るまでの道に生えている草にも食べられるものがたくさんあったわ。なんで食べないの?」
「草を食べるの?」
いやそうな顔をしたネリーに子供を数人乗せたグノンが言う。
「草だけじゃなくて、実を取ったり根を掘ったりすれば美味いものもそのままだった。俺が採って帰ろうかなと思っていたんだ」
そうだそうだ、と女の子たちの頭をなでながらリーリシャリムもうなずく。
「……文官様や騎士様って、そんなことも知っているの?」
「俺たちは地方出身だからな」
グノンはともかく、美貌のリーリシャリムが根を掘って食べる姿は誰にも想像できないようだ。
イズールに視線が向けられる。
「うちは田舎だったし、ちょっと普通の家庭ではなくて」
アドルの前で言いにくいが、さらっと言ってしまう。
「父がなかなか帰って来なくて、母と二人が多かったから何でも食べたし売って稼いだのよ」
微妙な表情のみんなを尻目にイズールは海側に向かった。
水は澄んでいる。
ゆらゆらと揺らめくものが見えた。
ネリーが「気持ち悪い」という顔をしている。
「魚は釣る?」
「いるけれど、小さくてお腹いっぱいにはならないわね」
柱の付け根が見える。
ここは浅瀬のようだ。
イズールは迷いなく靴と靴下を脱ぐとスカートをたくし上げ、バシャッと海の中に入った。
みんなびっくりしているが、イズールはかまわない。
足にまとわりつく感触にやった!と思う。
「誰か切る物を貸して」
というとアドルが短剣を渡してくれた。
ざくざくと足元を切って行く自分を、いつの間にかみんなが集まって見ていた。
ザバッと海藻を持ち上げる。
立派な大きさだ。
「それはかたくて不味いわ……」
苦い顔でつぶやくセイランに違う、とイズールは言う。
「簡単に言うと……大きく広げて、晴れた日にかごに乗せて、屋根に敷いてさらすのよ。カラカラに乾いたら、小さく切って水に浸して出汁を出すの」
さらす?出汁?とみんなが首をかしげる。
かまわずイズールは続けた。
「ハポン国ではスープを作るのに使う高級食材だわ。柔らかくなった残りも食べられるのよ」
「ああ、昆布か。確かにこの国では使わないな」
美味しいのにね、と女の子を抱きかかえたリーリシャリムが言う。
「何度も試して美味しく作って相談すれば、あなたたちが通う食事処で高く買ってもらえるかもしれないわよ?」
この王都の端は意外と自然が豊かで、まだまだ調べれば作って売れるものもあるだろう。
自分だけではこれくらいしか分からないが、故郷の母に聞いてもいいかもしれない。
そうすればご飯やお金の問題はちょっとずつ良くなるのではないか。
文字や数字を教えるのも大事なことだろう。
それこそ自分の本領発揮だ。
話を聞いていた世話役の大人たちやネリーとセイランの顔が輝くのを見て、子どもたちもわあっと喜ぶ。
イズールは良い気分である。
「イズール」
「ああ、短剣をありがとう」
「そうじゃなくて」
アドルは赤い顔をしている。
「早く足を隠して……!」
田舎では日常の光景である。
グノンは平然としている。
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リーリシャリムがニヤニヤしているのを見ながら、慌ててイズールは海から上がるのだった。
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