5 / 237
序章
第5話 【ゲームのはじまり】モブ娘☆レーナ誕生
しおりを挟む・
・
・
・
「ほぎゃぁ ほぎゃぁ」
玲緒奈は困惑していた。
「ほゃ ぁうぁ ほぎゃぁ」
口を開いても出るのは意味を成さない音ばかりなのだ。しかも、これは赤ん坊の泣き声で――それが自分の口から出ているなんて恐怖でしかない。
しかも、周囲の景色がやけにぼやけて見える上に、拘束されているわけでもないのに身体が思うように動かせない。だから、自分が置かれている状況を把握することもままならず、玲於奈の不安は増していくばかりだ。
怖いと思っていると、その気持ちに呼応して泣き声が大きくなる。自分がどうなっているのか全く分からず、周りの状況も捉えられないなど、気がおかしくなりそうだった。
「□□□ □□□□□□ □□□□□」
恐怖に囚われ、見も世もなく泣きじゃくっていると軽やかな音が、玲於奈の頭上から響いて来た。言葉、なのかもしれない。けれど全く分からない内容に、玲於奈がキョトンと目を見開いてみれば、至近距離に優しい笑顔を浮かべた女性の顔があった。
「□□□□□ □□□□□□□□□□」
再び女性の口が動いて、意味の分からない音の羅列が発せられると、それが聞いたことのない言葉だと云うことが――玲於奈にも、なんとなく伝わった。じっと彼女を覗き込んで来る女性の表情はひたすら優し気で、微塵の害意も感じられない。だから玲於奈もようやく涙を引っ込めて、女性に自分の境遇をなんとか分かってもらうため、じっと瞳を見詰めた。そして気付いた。
女性の紫色の双眸に映る黒髪黒目の『赤ん坊』が、じっと自分を見詰めていることに。
いや違う。その赤ん坊こそが自分の姿なのだと。
「ほぎゃぁあぁあぁ ふんぎゃぁっ ふぎゃぁぁぁ」
上げた悲鳴は虚しくも、赤ん坊らしい泣き声に変換されてしまう。玲於奈は多大なるショックを受けつつも、この現実を受け入れるしかないのだった。
平民の朝は早い。
母親は日が昇る前に貴族の家の下働きに出掛け、父親は早朝や深夜の勤務もある交代制の警邏の仕事をしている。両親ともに多忙な家庭環境では、子供といえど一人前に家事をこなさなければ、生活が成り立たない。だから12歳になったレーナは、今日も朝早くから家事に取り掛かった。
玲於奈は新しい両親にレーナと名付けられたのだ。そして、成長して行くとともに、この世界の言葉を段々と理解出来るようになっていった。それはいわゆるチート能力などと云うものでもなく、単なる学習の成果だった。だから言葉の分かるようになったレーナは、隣の大声が聞き取れていないわけではない。
「なーなー、おまえ ほんとうに おばさんのうちの子なの?」
18歳の羽角《はずみ》 玲緒奈の記憶があるお陰で、村の同世代の子供たちよりもずっとしっかりしているレーナは、親からの信頼も厚い。特別な教育をされた訳でもなく、ただの平民の子供として育ったにしては、行動も言葉遣いも落ち着きも、周囲の子供とは一線を画す存在なのだろう。彼女の周囲にはいつも村の子供が、好奇心も顕わな大型犬の如くまとわり付いてくる。
村外れの沢へ洗濯物を修めた背負い籠と水桶を持って足早に歩を進める今も、まだ日が昇ったばかりの早朝だというのに1人の少年がくっ付いて来た。
「なーったらなー。 おまえって なんかへんだよな。 ほんとうに おばさんと、おじさんの子なの?」
「アルルク、朝から本当に元気よね。それだけ力が余ってるなら、あなたのご両親のお手伝いの一つもやればいいのに。わたしに無意味にくっついて来るより、ずーっと喜ばれるわよ」
アルルクは隣に住む織物を営む夫婦の5人兄弟の末っ子で、レーナの2つ年下の10歳だ。この世界では一般的な髪色である濁りのある地味な色の中でもちょっとだけ華やかな蘇芳色の髪をしていて、肩につくほど伸びたものを無理矢理ひっ詰めている。瞳は黒く見えてはいるが、光の加減でルビーの様な深い赤に彩られることもある。
「このあいだもレーナがそういった って、なにか手伝おうとはしたよー。けどさ、なにもしないのが一番のお手伝いだよって ほめられてさ。だからやるわけにはいかないのさ。くじゅうのけつだん ってやつだな」
「はぁ、ソウデスカ」
どうやら、口ばかり達者で不器用なアルルクを、体よく押し付けられたらしい。
アルルクは、同世代の子供たちと比べると一際がっちりとした骨格をしている。手指も肉厚で太く、繊細な作業と言うより力仕事向きだと思われる。このまま成長すれば警邏の仕事をするレーナの父親よりも、ずっと逞しくなるかもしれない。けれど彼の生家は織物を生業としているから、彼の逞しさは不要の長物だし、喧しさは集中力を阻害するモノにしかならない。実に残念な境遇の子だ。
「なーなー! レーナってばよぉ! レーナって!!!」
レーナが考えに耽っていると、アルルクの切羽詰まった叫び声が響き、次いでとんでもない馬鹿力で背後から襟首をひっつかまれた。そのまま馬鹿力で、ひょいと投げ飛ばされたのか、レーナの身体は空を切る感覚に包まれ、凄い勢いで周囲の景色が流れる。そして気付けば、彼女は尻餅をついてアルルクの背中を見上げていた。
「ちょ……―――」
子供のやることとは言え、さすがに乱暴すぎると声を上げようとしたレーナだったが、息を吸い込んだまま絶句する。
ぐるるるる……
濃い紫の靄を身にまとった異形が、彼女の居た場所に尖った尻尾を突き刺して、獲物を逃した悔しさもあらわに唸っていたのだ。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─
石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」
貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。
「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」
かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。
ときどき舞い込んでくるトラブル。
慌ててミーナを探しているルカ。
果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。
甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。
*サイトより転載になります。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
人見知りと悪役令嬢がフェードアウトしたら
渡里あずま
恋愛
転生先は、乙女ゲーの「悪役」ポジション!?
このまま、謀殺とか絶対に嫌なので、絶望中のルームメイト(魂)連れて、修道院へ遁走!!
前世(現代)の智慧で、快適生活目指します♡
「この娘は、私が幸せにしなくちゃ!!」
※※※
現代の知識を持つ主人公と、異世界の幼女がルームシェア状態で生きていく話です。ざまぁなし。
今年、ダウンロード販売を考えているのでタイトル変更しました!(旧題:人見知りな私が、悪役令嬢? しかも気づかずフェードアウトしたら、今度は聖女と呼ばれています!)そして、第三章開始しました!
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる