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第1章 精霊姫 編
第27話 【攻略対象 辺境伯令息】ドリアーデ辺境伯の庇護下へ
しおりを挟む前世から想いを寄せ続けているリュザスを脳裏に描き、レーナは虹色の蝶の髪飾りの有る場所に手を伸ばす。
相変わらず感触はないけれど、確かに推しからの賜り物がここに有るのだ。じんと、心が暖まる気がして、知らず頬を緩ませるレーナに、エドヴィンが小さく息を飲んで頬を染める。それをチラリと横目で見た辺境伯が、円卓に組んだ両手を置き、前のめりになりつつ口を開いた。
「ならば余計に、我が庇護下に入ると良い。最高神に逢うなどという、途方もない望みを叶えるのなら、ただの村娘であるよりも都合が良いであろう」
確かに、以前辺境伯からはそんな提案を受けていた。聖女候補を抱え込みたい理由からの申し出に、レーナは拒否したのだ。けれど、聖女は別にいることを告げて尚、庇護を申し出てくれるとはどんな裏があるのか? 考えてみてもレーナに思い当たるところは無い。
「何を企んでいるんです?」
「企んでいるなど、とんでもない。我は息子のためにこの申し出をしている――というのでは理由にならんか?」
言いながら、笑みを浮かべた辺境伯の視線を追ってエドヴィンに顔を向ければ、薔薇色に頬を染めた可憐な美少年顔が目に入った。
(うわー……さすが攻略対象。恥じらう美少年、スチルにありそうね)
とは思うが、無感動にゲーム画面を眺める感覚のレーナだ。
「ち……父上っ!! なんてことを仰るんですか!」
ガタリと音を立ててエドヴィンが立ち上がるが、無関心な様子のレーナを見て取った辺境伯は「お前は、まだまだだな」などと言って、息子を落ち込ませている。
(エドのためって云うのは意味が分からないけれど。確かにちょっと成長したところで身分も何にもない平民娘がひとりで旅に出るのは、心もとないわ)
うむむと考えるレーナは、綺麗な笑みを湛えたまま決断を待つ辺境伯を上目遣いで窺う。
彼が何を考えているのかは全く分からない。けれど、世界中の何処に居るのかわからないリュザスを探すには、ただの平民娘では入れない場所もある。ゲームに出て来た王宮はもちろん、大魔導士の居所だってそうなのだ。ならば、辺境伯の庇護は願ってもないことだった。
そこまで言うなら、ありがたく肩書きだけ頂戴しようと口に出そうとしたところで、ドリアーデ辺境伯が「ただし」と付け加える。
「礼儀も学もないただの村娘に、我が辺境伯家の庇護を無条件に与えたとあってはドリアルド家の名折れとなる。よってお前には暫しの間、教師をつけて勉強させてやる」
なるほど、ただ美味しい話でもないらしい。けれど、プペ村では教育を受ける機会など皆無だったから、これから世界を巡ろうというレーナには役立つ話だ。
「分かりました。ちゃんとお勉強はしますよ。けど旅に出るのは邪魔しないでくださいね」
リュザスのためならば、キラキラしい人種過多で目の痛い、多少の居心地の悪さは我慢するか……と決意したのだった。
保護者抜きで進められた話ではあったけれど、そもそも平民が辺境伯からの話に、否やを述べられるはずもない。父母は了承するしかなかった。
けれど辺境伯の計らいで、一家は領主館近くの空き家を与えられ、揃ってシュルベルツに移住することができた。更には仕事の斡旋も受けて、母は領主館での下働きに入り、父は領兵見習いとなってこの地に根差した生活を送れるようになった。なんと、父はすぐに見習いが取れて、正規採用の領兵に昇格していたからセンスがあったのかもしれない。とにかく、両親揃って今まで以上の収入を得ることになり、暮らし向きもずっと楽になったのだった。
そして移住から1年――。
周囲に流れる不穏な噂を、聞くようになった。
噂の出所は、薬草採りを生業とする薬師や、狩猟を行う猟師、それに野外訓練を行った兵士達だった。年齢も職業も、魔力量もまちまちな彼らが、揃って同じ場所で、同じ怪現象に見舞われたのだ。
「精霊姫の樹海に入ると、美しい女の声が聞こえたら、恐ろしい出来事の前触れだ。そのままそこに留まれば、森を出るまで執拗に、耳をつんざく奇声に付き纏われる」
噂の内容はどれもが共通していて、信憑性の高さを窺えるものだった。
いや、そうではない。
事実なのだ。第一報は1年前、既に2人の人物によって、ドリアーデ辺境伯にもたらされていた。そのうちの一人、エドヴィンが、眉間に顰め面しい皺を寄せてレーナに詰め寄る。
「父上が、どう始末をつけてくれると笑っていた」
いつも通り、レーナが朝から領主館に設けられた受講室を訪れたところを、廊下で捕まえられての一言だ。素早く歩み寄って来たエドヴィンから、逃がすまいとの気迫が感じられて、咄嗟に方向転換をしようとしたが間に合わなかった。
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