【完結】女神が『かぐや姫』なんて! ~ 愛され令嬢は実利主義!理想の婿を追い求めたら、王国の救世主になりました~

弥生ちえ

文字の大きさ
66 / 385
第一章 婚約破棄編

一体、彼女の『想い』とは何だろう?

しおりを挟む
 突然話し掛けて来たこのご令嬢ニスィアン伯爵令嬢の声を面と向かって聞くのはこれが初めてではないだろうかと、記憶を手繰らなければならない程の関係の希薄さだったはずだ。代わりに鉄砲玉扱いのストゥレス子爵令嬢と、ミュノー男爵令嬢のキンキン甲高い声は嫌というほどよく聞くけれど。

「ごきげんよう、ニスィアン伯爵令嬢。内容によっては、わたしも心に傷を負った身ですから、冷静にお伺いすることは出来ないかもしれませんが――どんなお話でしょうか?」

 いや、もう完璧に立ち直っている。色々ありすぎて構っていられなかったと言った方が正しいかもしれないけれど。取り敢えず、彼女の背後で何か口出ししたくてうずうずしている様子の取り巻き達を牽制するつもりで、眉を下げて心の傷を訴えてみる。ただ、夜会後に元気暴走気味な様子を見られたメルセンツに対し、全く姿を見ることが出来ていないラシン伯爵令嬢アイリーシャの事が気掛かりだったことも確かだ。

「私、今日は学園の講義を終えた後、神殿の治癒院へ行きますの。彼女とは隣の領地の間柄ですから知らない仲でもありませんもの。」

 強い瞳でわたしを見詰めるけれど、それは敵意と言うには少し違う真摯な光が宿る。

「力を借りたいとは露ほども思っていません。けれど、着火剤くらいにはなるのではなくて?」

 力を貸せと言えばいいのに、命令するには優しすぎるし、頼むには高位貴族のプライドが邪魔をする不器用な令嬢だった様だ。まぁ、同行はむしろ渡りに船だった訳なんだけれど。と言うのも、わたしがアイリーシャを尋ねたところで会えないのは、これまでのラシン家への打診への返答で分かり切っている。だからこその双子可愛いコーデでの侵入だったのだ。それならば彼女が望みを言いやすいように――。

「わたしは商人ですから、ただでは動きませんよ?」

 柔らかく笑みを浮かべて返すと、背後の令嬢たちが色めき立つ。しかし、伝えたい相手にはちゃんと伝わったようで、ニスィアン伯爵令嬢は同じように笑みを浮かべると「では、今日の講義が終わりましたら我が家の馬車で共にまいりましょう。商談もそこで。」とさらりと告げて去って行った。
 あっけにとられながらも後に従う取り巻きたちを引き連れて、教室の最後列へと戻る後ろ姿を見送っていると、それまで黙っていたスバルがにこりと笑う。

「商談なんてなくても、受ける気だったんでしょ。」
「どうかしら?わたしは商会令嬢ですもの。取れる商談なら取りたいし。見返りがあったから受けただけよ。」
「そこは善意を強調して相手に貸しを作るのも手じゃないかな?そうすればなんちゃって貴族達への牽制材料にもなったかもしれないのに。」

 そんな頭脳労働はわたし向きじゃないわ。とため息交じりに答えると「セレネも大概不器用なんだから。」と笑われてしまった。そんなつもりはないんだけどなぁと、ぷくっと頬を膨らませると「セレネにはそんな武器もあるし、まぁこのくらいが可愛くていいのかもね。」と更にカラカラ笑われた。
 何この人、男前なんですけど。



 講義時間はあっという間に終わりとなり、ニスィアン伯爵令嬢の取り巻きの刺々とげとげしい視線と、スバルの「セレネならやれる!」との根拠のない力強い応援を受けたわたしは今、ニスィアン伯爵家の馬車でバネッタ・ニスィアンと向き合って座り、アイリーシャが療養する治癒院へ向かっている。
 内装や大きさは、さすが伯爵家のものとあって豪奢ではあるけれど、車体の揺れや、座面の柔らかさなど居住性の良さは我が家の物も全く引けを取っていないと再認識したわたしは少々上機嫌だ。
 あくまでもだ。それは何もこの馬車や、我が家の馬車を比較しての事ではない。両肩にかかる物理的圧が大きいのだ。

「狭いわ‥‥。」

 思わず口から零れ落ちた言葉に、バネッタは僅かに目を見張る。

「驚いたわ。好きでそうしているものとばかり思っていたわ。」
「そんなわけないでしょー!」
「僕達はただの護衛なんで、空気だと思ってお気遣いなくー。」

 すし詰めな状況に似つかわしくない上品な笑顔を浮かべたハディスがしれっと会話に加わる。そう、わたしの両脇には、何故か登園風景の再現とばかりにハディスとオルフェンズが座り、再び渓谷が形成されている。どうして、人様の馬車内でこんな羞恥プレイの暴挙に出た?!と恨めしげな視線を左右に送る。

「貴方も――今回の事で随分と、肩身の狭い思いをしているのね。」

 ポツリと呟くバネッタに「文字通りね。」と云う言葉は辛うじて飲み込んだ。

「アイリーシャ様は今、王都中央神殿の治癒院にいらっしゃいます。大神殿主だいしんでんぬしみずから治療に当たられ、問題の魔力は全て取り除いたとのお言葉を賜りましたのに、一向に回復の兆しを見出すことが出来ないのです。」

 急に深刻な話題を振られて、慌てて表情を引き締める。
 その症状は覚えがある。王都中央神殿でのムルキャンとの戦いの後、魔力の影響を受けた王都警邏隊員から黄色い魔力を取り除いたにもかかわらず、即座に回復出来ない者が複数人存在したのだ。あの時は、ハディスの助言もあって隊員たちを鼓舞した事により、回復させることが出来た。アイリーシャも、きっかけを作った魔力を取り除いたにも拘らず自分の作り出した『想い』に縛られたままだと云うことだ。一体、彼女の『想い』とは何だろう?暗殺者を送り込んだほどだから、標的ターゲットのわたしを見て本当に爆発しなければ良いんだけど。

「本当に着火剤になっちゃうかもなぁー。」

 窓の外を眺めてぽつりと呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

処理中です...