思いつき犯罪の極み

つっちーfrom千葉

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思いつき犯罪の極み 第七話(完結)

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 もはや、どうするべきか分からず、軽い失望さえ覚えて頭を抱え再び居間へと戻った。ここに住む老夫婦が、もし今も生存しているとすれば、その歳は七十代後半か八十代程度のはずである。いつ、どちらかが大事な暗証番号を忘れてしまわないとも限らない。痴呆症や健忘症が、ある日突然重症化する恐れもある。ある夜、お風呂場で突然倒れて、そのまま意識が戻らないかも……。それを加味して考えると、この邸宅の金庫の暗証番号については非常に単純なものである可能性が高い。思い出せなくなったら、元も子もないからである。一般的には生年月日、電話番号、結婚記念日、初めてデートをした日、阪神タイガースが優勝を決めた日、黒河ダムが完成した日、タイガーマスクが引退した日、あるいは、夫婦のどちらかが天国に召された日……、というのもあるかもしれない。幸い、居間のテーブルの側にあった、大きな食器入れの戸棚の中から、保険証や古い免許証などが出てきた。これにより、夫婦それぞれの生年月日や電話番号などが判明したのでそれに沿って、金庫のダイヤルを右へ左へと回してみた。しかし、残念ながら、扉が開く気配はなかった。誕生日と電話番号を巧妙に足してみたり、引いてみたり、あえて逆に回してみたり、夫婦の年齢だけで動かしてみたりしたが、それもすべて徒労だった。そもそも、結婚式からの年月と年齢は毎年変わっていくものである。いつ、痴呆に陥るかも分からないおふたりが、金庫の暗証番号を毎年変更していたとは考えにくい。この老夫婦に共通する忘れがたい番号とはいったい何だろう? ここは他人の家の中である。金庫を引っ張り出している以上、もはや、「家の外から眺めて不審に思いましたので、住民の安否の確認に来ました」などという言い訳は通用しない。万が一、警察が乗り込んで来たなら、私の未来の方がお陀仏である。

 先ほども述べたが、老夫婦にとってもっとも恐れるべきは、暗証番号を失念することである。七十をとうに超えた夫婦ならふたりとも番号を忘れてしまう、または、番号をメモした紙を失くしてしまうことは十分にあり得る。ことの性質上、あちこちのメモ用紙にこの番号を書き取ることもできない。銀行と取引していないとしたら、和室の金庫にはこの家の貯蓄のすべてが収められている可能性が高い。今思えば、誕生日や結婚記念日など単純な発想で番号を決めるはずはない。私はそこで夫婦以外の第三者が絡んでいる可能性を考えた。息子か娘がいるとしたらどうだろう? 金庫のお金は日々使用されるものだから、遠くに住んでいる子供さんだけが、それを記憶しておくことはあり得ないが、子息の存在が何らかのヒントになっている可能性はある。しばらく、ぶらぶらと広い居間を歩き回ってみた。子どもの誕生日、孫が生まれた日など、容易に判明しやすい番号はあり得ないだろうが、例えば、定年後に親子そろって初めての海外旅行に出かけた日とか……。それならば、ふたつの家族にとって共通の暗号となり得る……。そのとき、居間の奥の冷蔵庫のすぐ脇にある大きな食器棚に視線が移った。そのガラス戸の内部には、およそ、五人分の食器が保管されているようだ。その多くは今では埃をかぶっている。おそらく、息子たちはすでに独立していて、今ではほとんど使われていないのだろう。右側の使用感のない方の棚の手前には、いくつかの写真立てが並べられていた。これまでは先に侵入した敵の存在を警戒していたために気にも留めなかった。そこには全部で四枚の写真があった。すべて親子三人が正面から写されたもので構図もほとんど同じである。どの写真も食事どきのもので、皆楽しそうに笑っている。私はそのうちのひとつを取り上げてみた。思っていた通り、老夫婦の年齢は七十代半ば、息子さんの歳は四十代に見えた。写真立てに収められた記念写真はどれも自宅での食事会の様子であった。この食器棚の位置は金庫が保管されている和室からみて、それほどの距離ではない。ここへ写真を確認しに来ようと思えば、老年の夫婦にでも、すぐに歩いて来れるはずだ。これならば、暗証番号のギミックになるかもしれない。写真の内側に何かヒントになるものはないかと目を凝らした。私はそのうちに写真の日付に目を付けた。一枚目が二千五年の六月十二日、二枚目が二千八年の六月十二日、三枚目が二千十一年の六月十二日、四枚目が二千十六年の六月十二日……、ということは、この親子は例年同じ日に、この家で再会していることになる。この日が息子さんの大切な記念日なのか、それとも、三人が唯一顔を揃えられる日なのかは、自分には分からないが、何らかの重い意味を持つことは間違いない。もしや、この日付けが暗証番号を示しているのでは……。

 私はそれから十数分にもわたって、この写真立ての最初の日付け、すなわち、二千五年(2005年)の六月十二日をもじって、左に回したり、右に回したり、泡を食ってダイヤルを動かしていた。人はある局面の重大事項に気がついたと『思い込んだ』とき、不必要なほど、それに集中してしまい、本当に必要な発想には気づかないときがある。最初に手に入れたものを、これがもっとも重要だと、思い込む心理である。しかし、そういうときこそ、往々にして些細な勘違いやミスに気づかないものである。私は不意に思い当たった。六月十二日に家族三人がこの家で出会っているのは事実だが、西暦は毎年変わっていく。実際に金庫を開け閉めする夫婦の年齢から考えても、年が経つごとに暗証番号を変更するはずはない。西暦は不要なのだ。危なかった。これ以上、ここで余計な時間を費やしていたら、暗殺集団に、あるいは、ついに乗り込んできた警官たちに背後から右脳の動脈を撃ち抜かれていたかもしれない。今は、たった数秒が生と死を分けるときなのだ。一度殺された気になって、再度、気持ちを落ち着けた。今度は、6と1と2だけを組み合わせてダイヤルを左右に何度か動かしてみた。それから三度目の挑戦において、ついに金庫の重い扉は開かれた。それを開く手はさすがに震えたが、分厚い鉄壁に囲まれて、中には数億円の札束が積まれているのが見えた。持参した青い革の鞄の中には何かの用に使うために、大きめの麻の袋が入っていた。私は音を立てずにその袋に札束の一つひとつをゆっくりと移した。屋敷内のどこかで床の軋みが聞こえるたびに、どこかの組織から派遣されてきた暗殺者が、この瞬間を狙って近づいて来ているのだと、そう思わずにはいられなかった。これはあり得ない想像のひとつだが、本当の善なるものがこの世に在るとするなら、その者は誰にも付け狙われたりはしないはずである。必要以上の欲望を発揮しなければ、生物に敵は生まれないからだ。私を狙ってくる人間が、この区間のあちらこちらに存在するという事実は、そのまま、私自身の悪徳を証明している。ただ、これは許されるべき悪徳だ。私以上にこの金庫の中身を欲して狙い続けてきた人間は他にはいないのだから……。

 祖父の頭部を気づかれぬようにうまく撃ち抜いた後、あらかじめ森林に掘っておいた穴に埋める際、自分を嫌っていた叔母を崖から慎重な手つきで突き落とす際、誰にも気づかれずに入手したヒ素を嫌悪する取引き相手が食べるであろう、フランスパンの中に仕込む際、そして、予定通りに開かれた金庫の中から札束を手元のリュックに移す際、こういうときこそ、人生でもっとも心を落ち着けなければならないときだ。多くの犯罪者がその重要度を事前に理解していながら、実行においては失敗する事例が非常に多い。九割九分うまく進んでいる犯罪を、あと一歩のところで台無しにしてはならない。敷地の外へ出たとき、背後から誰かに見られても、不自然でないくらいの大きさにまで荷物をまとめなければならなかった。私はそのことをより重く考えて、目も眩む札束の大半を諦め、自分が取れる分だけを一束ずつ用意してきた袋に詰めていった。集中を切らすことも手が震えるといったこともなかった。背後の暗がりから、誰かが迫って来る気配は今のところ感じられなかった。これは予想していた通りだが、自分に悪意はないと信ずれば、どんな大胆な行為の後にも、それほどの動揺は見られないものだ。犯罪において重要なのは拳銃やナイフを上手く扱えることよりも、もっとも大事な局面で落ち着いた精神状態を保てることである。

 私は多くの札束の入った袋を慎重にカバンにしまい込むと、足音を立てないように廊下へ出た。相変わらず、自分以外の人間の気配は感じられない。しかし、私がこの家に入り込んだそもそもの動機は、住民を狙った犯罪集団が一足先に侵入しているから、である。「自分は盗賊団を通報するためにこの家に侵入した」という証言にどれほどの信憑性を持たせられるだろうか? 自分以外の悪意ある者たちは今どこにいるのだろう? いったい、どこまで逃げ延びたのだろうか? 私は今後とも常にそう念じながら生きなければならない。再びの苦境とチャンスが必ずや訪れるからだ。自分以外の悪人たちの犯罪の痕跡を何とか捜し出してやろうと、しばらくの間、右往左往した。壁に掛けられたタペストリーは何かを隠すためのものかもしれないので、一度めくってみた。藁で編まれた飾り気のない屑籠を覗いてみた。私は非常に臆病だと他人からいわれることがある。トイレの中に誰かの残した犯罪の匂いが、老夫婦を刺し殺した証拠が残されていないかを、もう一度だけ確認した。これだけ調べて何も確認されないということは、もしかすると、自分以外の侵入者はなかったのかもしれないし、私が思う以上に巧妙にやり遂げた者がいたのかもしれない。

 さて、やり残したことはないかと数分考えてから、私は玄関の扉を静かに開ける。今度は外側から合鍵を使って鍵を閉める。こういうとき、手が震えたことは一度もない。慣れではなく、特異な場面で集中できることも特技のひとつである。外に人影のないことを確認してから庭先の門扉を出ると、後ろ姿を誰かに見られる前に、足早にこの場を立ち去らねばならなかった。常に善意でものを考え、他人の幸せのために行動している自分が、万が一にも、犯罪者の汚名を着せられては叶わないからだ。

 それにしても、まさか自分が、このような凶悪犯罪に巻き込まれるとは思いもしなかった。なるべく、目立たぬように、そして、周囲のどさくさに巻き込まれぬように生きてきたつもりだったが、今後はさらに慎重に生きるべきかもしれない。長い人生の中では、避けようのない不運も当然のように起こり得る。自分だけは被害者にならぬと思い込んではいけない。都心に降り注ぐ無数の雨粒のうち、最初の一粒が自分の額(ひたい)に的中することもある。雨が降ってもいない日に、何十万分の一の確率で雷(イカズチ)に当てられて即死する人もいる。それを考慮に入れながら、今日の出来事をふり返ると身も凍る思いだ。サイコロの出目次第では、この自分まで事件の被害者に、あるいは、加害者にされてしまったかもしれない。マイナスかけるマイナスはプラスになるといわれるが、多くの人に知られていないだけで、複数の罪悪が重なれば、より大きなマイナスになることもあり得るのだ。信じがたいことだが、私がこれまでに散々述べてきた道徳の多くが、実際には、ただの偽善であったと結論付けることは果たしてできるだろうか。私だけが得をしたように見える結果になったようだが、一から振り返ってみれば多くの分岐点があった。外国人窃盗団が住民を切り裂いている現場に、あるいは、すぐ直後に警官隊が乗り込んで来て、運悪く、私だけが取り押さえられる局面も十分に考えられた。無数に色別れした未来から、ほんのひとつを掬い取ってみたに過ぎない。もちろん、結末がどちらに転がっていくか、まだ、判断はできない。祝杯をあげるのは、あと十日ほど経過してからでもいいだろう。

 私は散歩のためと称して歩んで来た道を、今度は自宅に向けて戻る。今さら人に見られても疑われることはあり得ず、おそらく、白バイとすれ違っても、そっぽを向いていれば平気だろう。捜査にあたる彼らにとって、本当に憎むべき犯罪とは、自分の想像がまったく及ばないそれであり「ひどい事件ですが、いったい、何が起こったと思われますか?」と記者団に尋ねられることに、一番むかっ腹が立つはずだ。捜査方針すら立てられぬような奇怪な事件と無力感は、普段交番にこもって書類を書いているだけの若い警官たちにはやりきれない体験のはずだ。今回のようにひょんなことから起こる一般人の心変わりは、誰の胸にも秘められている。それでも、大多数の人は善人である、という主張には心から同意するが、善人の方が巧妙な犯罪を思いつくものである。外見は容易に変えられるが、内面の変化を普段の行動から感じ取ることは難しい。人の心の奥の奥に眠る悪意は、目の前に吊られた欲望に引きずられる形でようやく表に出てくる。心理学者は万能だが、自分ひとりに割り当てられた数万人にも及ぶ善人を、常にどこかで疑いつつ見張っているわけにはいかない。「自分の願望に手が届く位置まで来ない限り、その人の本質が見えないなんて恐ろしいことだ」と震えていらっしゃる貴方の手にも、鋭いナイフは握られているかもしれない。

 私が特に不思議に思うのは、目の前に予期せぬ大金(チャンス)をぶら下げられていて、それに飛びつかない人間が果しているのかということ。その人はこの先の未来においても、大きな幸せを得られる権利のすべてを放棄して生きていくつもりなのだろうか? 数年後、人生の崖っぷちにまで追い込まれたとき、あのとき『自分の気持ちを上手くごまかして、他人の家に侵入すること』をやらなかったことを、いたく後悔するくらいの事例になり得るのではないだろうか。
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