巨象に刃向かう者たち

つっちーfrom千葉

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巨象に刃向かう者たち 第四話

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 私の解釈を聴くと、金髪の女は突如老人の腕に顔を押しつけ、声を押し殺すようにして再び笑い出した。こちらの愚かさを十全に示すことで、自分たちの優位性をさらに高めたいようだった。裕福にみえるが、どこかこずるい奴だ。今はドレスを纏う彼女だって、つい最近、どこかで拾われてきた野良猫なのかもしれない。だが、女性には一生のどこかで、パッと花の開く瞬間がある。そのとき、彼女の地位は一気に向上していく。

「多分ね、貴方はただ、自分を賢くみせたいだけなんでしょう? だって、さっきから、そんなふうな喋り方ばかりしていない?」

 信じ難いことに、これが彼女から私に向けられた最初の挨拶だった。「Hallo」や「How are you?」や「What time should I go tomorrow?」ではないのだ。今どき、こんな性悪な相手が自分の取り引き相手となることを思うと、背筋が寒くなる気がした。外見はほぼ完璧なのに、こんな軽薄な挨拶をさらっとされてしまうと、頭が軽そうで、えらく安っぽい女にみえてくる。高級ガールズバーのスタッフにはとてもみえない。よほど、安い店から連れてきたのだろう。

「さあね、私はこんなに落ちぶれてしまっても、自分の気持ちを裏切りたくないだけですよ」

「Oh! まるで、映画のような台詞ね。そこは素敵(Cool)よ!」

「なぜって、ひとりで映画を見るのは大好きなもんでね。暇だけはいつも持て余している。そっちもそうなんだろ?」

「いい、あらゆる面で優位なのはこちら側なのよ。こちらが許可を出すまで依頼主への質問は控えなさい」

「わかったよ、そうする……」悔しかったが、彼女の主人はどうやら富豪だ。従うほかはなかった。

「聞くところでは、君は説得屋という商売に手をつけたらしいね」

 老人は部屋に踏み込むなり、帽子や上着も脱がずに無遠慮にそう尋ねてきた。

「ええ、その通りです。欧米ではそれほど珍しい職ではないようでして、大都市圏にはけっこう店舗がありますし、それなりに知名度もあります。精神科なんかよりは、よっぽどポピュラーだといわれています。手っ取り早く説明すれば、落ち込んでいる人を見つけて褒めまくって自信を取り戻させる。あのコーチングとよく似ていますが、こちらが意思決定に強く関与するところが違います。コーチングはただ話を聴くだけですので……」

「本当にどんな業突張りでも説得して意見を変えさせられるのかね? ライオンより強情な奴だっているし、独房の死刑囚より深く落ち込んでいる奴だっているのだろうが……。どんなに厳しい依頼でも引き受けると、ここで誓えるのかね? 君に少しの自信もないのなら、一ドルも支払うわけにはいかん」

「何を依頼されようと、こなしてやる自信はありますね。ただ、あなた方の素性について、いくつかの疑問点はありますがね。要件を聴くのは、それを解決してからです」

「では……、まあ、とにかく、その職業の狙いと勝算を聞こうじゃないか。ひとつの業務として成功する見込みはあるのかね?」

 老人は落ち着いた口調でそう述べると、部屋の中央の長椅子に腰をかけた。女の方はそのまま入り口近くに突っ立っていた。老人より前に出たくないというよりは、どうも、私の傍に来たくはないらしい。まだ、出会っていくらもないのに、えらく嫌われたものだ。

「貴方が連れてるような、イケてる女にモテるくらいには稼ぎたいですね。真っ赤な外車が必要でしょうが」

 これを聴くと、奥の方に佇んでいた美女はまたくっくっくっと笑い始めた。「そういう単純な発想しかできないから、いい女が寄り付かないんじゃないの?」とでも言いたげな仕草だった。老人は私の無礼な発言を聞いても憤ったりはせず、長椅子の背もたれにその細い身体を預けるようにして、ゆったりと構えていた。少しは動揺させてやろうという、こちらの目論見は見事に外れたわけだ。

「なんですって、何かハッキリとした反応がもらえないと分かりにくいな。どういうことです? 私の敗北と屈辱と破滅を見たいんですか? それなら、そうと言って頂きたい」

 ここでも、老人の隣に佇んでいた美女がまたくっくっくと笑い始めた。これ以上のことを答えにくい空気になったことには違いない。「そういう発想しかできないから、いい女が寄り付かないんじゃないの?」とでも言いたいのだろうか? そんなふたりのやり取りを老人は長椅子の背もたれに身体を預けるようにして、ゆったりとした構えで眺めていた。

「あなた方がここに来られたのは、何も、私を嘲り笑うためではないんでしょう? そろそろ、本題をお聞きしたい……」

「まあ、そういきり立つな。お前は急いてばかりいるから、いつもことを仕損じておる。今後とも仕事に真剣に取り組むつもりがあるのなら、こちらからひとつ、簡単な依頼をくれてやってもいいんだぞ?」

「本当ですか。天上の神から、初めてその手を差し伸べられたような気分ですね。何しろ、これが初めて受けた仕事になるんですからね」

「先ほど挙がっていたような厳しい任務じゃないぞ。ごくごく小さな仕事だからね。ただ、上手にこなしてくれれば、今の境遇から、浮上のきっかけになるかもしれんぞ」

 老人はそこで一度うちの汚れた天井を見上げた。薄々感づいていたことに、ある程度の確信を深めたようだった。

「先ほど、ペンが壊れたくだりで、誰かに見られている旨を語っていたが、最近になって、誰かに見られているような気配を感じないかね? それを気のせいにしてしまうと、我々がここに現れたことに、やたらと、リアリティーが出てくるだろう?」

「確かに何をやるにしても感じる、少しの不安感。そして、自分が自分でなくなるような、違和感を感じることがあります。その感覚の中では、自分という存在がやることなすことは、まるで、誰かの想像の中の出来事なのです」

「まあ、確たるものを持たない弱きもの、貧しい者はたちは、常にそういったことを考えながら常軌と狂気の狭間を彷徨いながら生きているのかもしれん。わしとしては、雲の向こうの世界にも、命令を下したいと思っておるがね」

「それはすでに分かっています。立場が弱いのは常にこちらです。ただ、ご依頼が本当に在るのなら、早いところ、提示して欲しいですね。ここは説教部屋ではありませんので……」

「なに、実に簡単な依頼だよ。この街の郊外に一件のボロアパートがある。そこから、住民を残らず追い払って欲しいわけだ」

「それで、住民は全部で何名です?」

「実はな、ひとりなんだが……」

 老人がその言葉を語った瞬間、後ろにいた彼女がこらえきれずに、またくくっと笑った。こちらのびくびくとした様子を伺っているようにさえ、みえた。私にどのような返答を期待しているのだろうか?

「ご依頼の詳細をお尋ねする前に、皆さんのご身分はどういった辺りでしょう。どこかの企業の幹部さんでしょうかね? そのでかい態度のままで、後になって、『実は何処(どこ)そこの地方の老人ホームから痴呆の治療に参りました』では困りますのでね。場合によっては、持病の有無とかかりつけのお医者さんの連絡先も伺いたいですね」

 間髪入れず、美女がその瞳を輝かせ、「ビヨンド・ラッツ!」と青鷺のように鋭い声で叫んだ。私はその声に震え上がり、すぐに頭を深く下げて謝罪をした。

「そこまで言うつもりはありませんでした。ただ今は、お互いに相手の素性を疑っている時間なのだと思っていただきたい」

 その瞬間、金髪美女の顔がまたパッと明るくなった。『まあまあ、自分は泥の舟を漕いでいるくせに、こちらの身分を知りたいってわけ? ずいぶん大胆な問いかけをするじゃない』とでも思っているのが見え見えだった。誰に仕込まれたのか、ずいぶん小賢しい娘という印象を受けた。こういう高飛車な女にひと泡吹かせてみたいが、何の泡立て器も持ち合わせていない境遇がずいぶんと惨めに感じられた。できれば、街中の高慢な女を自分に従わせるために、早いところ、確固とした資産と権威が欲しい。

「そのボロアパート住民を追い出せという指令については理解しています。ただ、せっかく解決したところで、それが無駄足になってはかまいませんので、お互いの素性をもう少しだけハッキリとさせておきたいんです」

「おいおい、その辺りはかなりプライベートな問題にならないか? 悪に手を染めたことはない善人だと自己紹介したいところだが、こちらにだって知られたくない情報は色々とある。豊かな森林の奥の水車小屋に住む心の清い猟師だって、子鹿の首を絞めることくらいはするんだろ? 私の具体的な立ち位置については、あまり踏み込まないように頼むよ。ただ、こちらの素性を調べずに、すんなりと依頼をこなした暁には、さらなる追加料金を支払う準備がこちらにはある。つまり、こちらを十分に満足させてくれれば、そのくらいの融通は効くと思っていいんだぞ」

「もしかすると、ジェームズ・ボンドばりの仕事ですかね?」

「そこまで押しつけると、かえって、そちらの足が竦んでしまうだろう。とにかく、こちらの身分の詳細は明かしづらい」

『俺は君のことを十分に調査してあるが、君は俺たちのことをまるで知らない。そして、知る必要すらも、まるでない』そう口に出さないだけでも、この老紳士は並の上流階層よりも、ずいぶんと立派な態度である。その辺の吹き溜まりで虚勢を張ることしか知らずにたむろしているチンピラどもとは訳が違う。
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