ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~

月見里清流

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第6章 人知れず未来を願う

18-6 LUCIFERO(天使と悪魔)――旧参謀本部跡

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 ――災い?
 ルシフェルは星も無き空を見上げた。


『……全ては人の子の業よ。悪魔が憎む天使も、天使が憎む悪魔も、異能も無知も全ては人の業の上で成り立っておる』
 眉を顰める私を悟ったのか、サリエルが声色穏やかに間に入った。
『舞台の演者とはいえ「装置」を理解している者は、その維持に務めなければならない。軍隊だろうと結社だろうと――、よく分からないがカイシャカンパニーでもそうだろう? 自分のいる組織を自ら壊す奴はいない。天使は天使を、悪魔は悪魔を、怪異は怪異を、人は人を守り維持するものだ』


 ――出征前のサラリーマンの時分。
 本の卸しで東奔西走、あくせくと額に汗して働いていたばかりで、組織の云々など微塵も考えたことなど無かった。出世の花道を歩く前に、戦争が強引に道を塞いできたのだ。だが、確かになのだろう。


 ――クソみたいな軍隊生活。
 陸では名目上存在しないはずの「鉄拳制裁」が飛び、海じゃ精神注入棒とか言うらしいしばき棒でケツを叩かれる。常態化したイジメを告発できる者は誰もいない。のだ。欧州では高ぶる革命の声など起こる訳もなく、良きにつけ悪しきにつけて『組織』は自己を保存し続ける作用がある。博士と滝夜叉姫を見ると、――組織の違いはあるだろうが、僅かに頷いている。


『だからさぁ――、意味が分かるかい? 我々がここにいる意味が』
 ……あと少し。
 首を僅かに傾げていると、ミリアムが人差し指を艶やかに自分の口元へ当てているのが見えた。


『難しい話ではありませんわ。光なくして影は無く、影が無ければ形が分かりませんもの。お互いの演者の領分を壊さないようにしつつ、舞台を守るには……ね?』


 そうして、艶やかな視線でぐるりと見渡す。
 ライト片手に真っ暗な暗天を仰ぐ博士の視線が、私への答え合わせ。


『あぁ、そうだ。怪異は人が生きている限りどうしても発生する。それを全て統制することは誰にも出来ない。人間が作ったからこそ、全世界に多種多様な怪異と異能がしている。だから、分かっている者が出来る範囲で調整しなければならないんだ。壊さぬよう、壊されぬよう』


 ――30点の由。


『この世の釣り合いバランス……ですか』
『そうじゃ。一見対立しているように見える正と邪も、言わば「陰陽」のようなものよ。整えられた舞台で釣り合いを保たねば、この世が大きく乱れる。悪魔が蔓延ることも、天使が蔓延ることも良いことでは無かろう』


 いや――、に沿えば違うはずだ。
 天使も悪魔も、黄帝も蚩尤しゅうも――神話も時代も変われど、ただ妖怪や精霊達を除けば、目指すべきは覇権ヘゲモニーの獲得であったはずだが、現実はそう甘くない。怪異同士相食みながら、結果的に釣り合いが取れているに過ぎないはず。


 ――が、実際はそうでない。
 少なくとも目の前の現実が叫んでいる。
 ここにいる怪異と異能達は、私も含めを知ってしまっている。人間と怪異の意図的調整の果てが、今私達が安穏と暮らしている『この世』だというのか。


『ところが――、ねぇ』
 サリエルが口笛を吹きながら両手を後頭部に回した。
『最近、おかしな奴が現れた』


『――そう。米国が中心ですけれど、今までに無い怪異現象が頻繁に起き始めたのですわ』
『天使や悪魔とも異なる、我らが眷属たり得ない、凡そ底の知れぬよ』
 悪魔王が気味悪がるほどの影。私が今まで相対した怪異に比肩できない程の脅威である、このルシフェルの言いに背筋が寒くなった。


 いったいどんな奴か。
 だが薄々分かってはいた。


 ――だ。
 悪魔王の問うた、


『深淵、……ですね』
『そうだ、人の子よ。貴様は既におる』
 我が意を得たり――か、悪魔王が歯を剥き出しに笑っている。
『……サリエルから話は聞いている。ウラベ、映画館では例の「声」の主に話しかけられたそうだな』


 全ては筒抜け。
 隠し事は出来ない。
 いや、する意味も無いか。


『すみませんでした。隠していて……』
『大丈夫だ、気にしていない。彼らのこともある』
 サムズアップした博士の親指が無為にサリエル達を指す。
『君はその声に誘われ、様々な怪異と巡り会い、その邪眼を強力なものにしていった。きっと今後、邪眼を越えた何かを顕現する可能性もある。君がそうなることを狙っているんだろう』
 博士が腕組みに深い溜息をついた。


『どうして私が……』
 そこまで言葉を念じて、すぐに自答出来た。
 言うまでも無い。


『太歳の因子――ですか』
『そうですわ、Mr.ウラベ』


 ミリアムがライトに照らされながら、ふわりと身体を宙に浮かせた。……実体はきっと英国本部にいるのだろう。風無き風に乗るようにするりと私の目の前、悪魔王との間に舞い降りた。髪が香りを纏い鼻腔が動き、姿なき姿に心が漫ろに揺蕩う。


『貴方は見て触れてしまった。タイサイ太歳、……わたくし達は古ノルドの神話にちなんでヨルムンJörmunガンドgandrと呼んでおりますわ。世界を取り巻く広大な怪異の河を、通常なら触れて死すべき運命となってしまう所を、貴方は生き延びる事が出来たのですわ』


 ――死に損ねた。
 ――自分だけ生き残って申し訳ない。
 流れるように加藤のクソ憎たらしい顔が脳裏に浮かび、僅かに胸糞が悪くなった。


『千年前より続く異能の因果か、誰かの願いか、お主は太歳に触れながら異能を顕現させつつ生き存えておる。――じゃが、それ故にお主は其奴から狙われることになった』


 滝夜叉姫の髑髏が真っ暗な眼窩を向け、じっとこちらを見つめている。博士もサリエルも、ミリアムも悪魔王も皆、私を一様に見つめている。その視線の先に見越すのは私ではなく、黒き御方か――。
『黒き御方とは一体……』




『『『『――ナイNYアラルトARLATHOテップTEP』』』』




 皆一斉に、同じ言葉が四重奏となって私の脳幹を揺らした。

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