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第7話 沙耶
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謹慎四日目。謹慎せず。
あんな出来事があったのに、それでも俺はあの女の後を付いて回っていた。
(何してんだ俺は)
沙耶がいなくなって以来、理不尽に人を怒鳴り散らす以外で声を上げたのは初めてだった。
驚いたり感動したり、温かい食事が嬉しかったり。
そんな感情を自分に向ける事ができたのはいつぶりだろう。
この女のする事は常軌を逸した事も多いけど、それでも仕事を与えてくれて寝る場所も与えてくれて。
俺は人生で一番生きてる気がしていた。
それが仕事が荷物持ちだったとしても。
「さあ次はあっちだあ!」
「は!?まだ買うんですか!?」
何でも新しい着物やら帯やらを買うとかで、昼寝するなら荷物持ちくらい給料内だろうと言われてしまった。
魂を扱う金魚屋は駅前の巨大ショッピングモールで買い物をするのだ。
しかもその額が異常だ。三十万円する帯を二本も三本も購入し、進められるがままに百数十万円の着物に羽織に帯締め帯留め髪飾りまで買う。たしか下駄を買うだけだとか言っていたのにどういう事なのか。
この羽振りの良さからするに、アルバイト分給五万円も冗談じゃなかったのだろうか。
しかしそれが全て金魚(たましい)を扱う事による収入なのだと思うと何となく使いにくいものがある。
「けどこれ、さすがに買いすぎですよ。回数分けたらどうです」
「おや!君はそんなに僕とデートしたいのかい!?」
「いえ、重いんです」
給料内の荷物持ちと名言していたのにデートなわけあるか。
「うむむ。僕の誘いを嫌がるとは良い度胸だ。夕飯無しにしちゃうよ」
「デートしたいです」
「よしよし。さすが男の子だ」
金魚(たましい)を扱う事による収入であっても金は金だ。
これがデートかはさておき、荷物持ちが終わって夜は一人三万円もするコースのしゃぶしゃぶを食べさせてくれるというのでホイホイと付いてきた。
そんな高級料理にありつけるのなら、どんな重い荷物だろうが大量だろうが手も足も頭も肩も使えるところは全て使って荷物持ちをこなしてやる。
「うおおおおおおお!」
「おうおう元気だこと」
そして夜になると、約束通りしゃぶしゃぶ店に連れて来てくれた。
そこには肉のみでなくふぐの刺身なんかも出て来た。しゃぶしゃぶ屋は魚も出るのか。
見た事もない肉の山。この肉はどこどこ産のなんとかいう肉で……と説明をされたがそんな説明はどうでもいい。しゃぶしゃぶ界のトップ争いをする肉がまずいわけが無い。
女は一人で騒ぐ俺を見てあははと笑うと、僕のおごりだから好きなだけお代りをするが良いと言われたので俺は遠慮なく食べた。
食べすぎては悪いだろうかと思いつつも止められないので食べていると、し女はきょとんとした顔で首を傾げた。
「おやあ?ええ?君は随分とみみっちい食べ方をするねえ」
「そう、ですか?結構食べてますけど」
「みみっちいみみっちい。おーい、店員さんや。お肉をもう五十皿おくれ」
「ご、五十、ですか」
「うん。わんこそば形式でいいよ。食べ終わったら後ろからぱっぱっぱっと出しておくれよ」
「畏まりました……」
おそらく店員の疑問はその額を払えるかどうかだろう。
それを察知したのか、女はその場で財布を開けて札束で店員の頭を叩いた。
本当に叩いた。
実在するのかこういう光景。
「そこの大食漢がお腹いっぱいになるまで食べるんだから早く持ってくるんだよ。しゃぶしゃぶ屋なら肉を出しなさい」
「し、失礼いたしました!すぐにお持ちします!」
「うんうん。世の中弱肉強食金と権力富と名声だ」
「えげつない事言わないで下さいよ……」
ここまで見た目と中身が不一致な人間を見た事が無い。
おそらくさっきの店員もそうだろう。
だがあんな札束を出されては店としては断る理由がないだろう。
あっという間にわんこ蕎麦ならぬわんこ肉が用意され、さらには俺達専任の店員が付いた。
彼らがどんどん肉と野菜を鍋に入れ、出来上がった端から俺達の皿に入れてくれる。
こんな贅沢があるだろうか。
俺は人生初めての事態に困惑しながらも、遠慮なく箸を伸ばした。
だがその調子で頑張れたのは五皿が限界だった。
「あの、さすがに五十皿は無理なんですけど」
「五十皿追加っ」
「は!?」
ちらりと見ると、なんと五十皿が全て無くなっていた。
何だこれは。まさか俺が味わってじっくり食べている間に食べたのか。どんなスピードだそれは。
俺が驚いてる間にも女は食べた。
俺よりも食べる。しかも早い。噛んでないだろ。
ぺろりぺろりと飲むように食べていき、しかも女は締めはうどんと雑炊だと言ってまた大量の皿が登場した。
「うどんはどれくらい食べるんだい?」
「うどん!?も、もう、俺ちょっと」
「よし、五人前だね。やあやあ、この子はたったの五人前でいいそうだ。僕はその三倍ほどおくれ」
「は!?あんたどんだけ食うんですか!!」
「雑炊もくるよ」
「無理ですよ!もう食えませんて!」
「そうかい。でも僕は食べるよ。店員さんや。この子はもう食べられないそうだから持ち帰れるようにしておくれ」
「畏まりました。デザートに抹茶アイスをご用意しておりますがいかがしましょう」
「おくれ。君はどうする?」
「いや、俺はもう……」
「ではそれも持ち帰るようにしておくれよ。この子は五人前。僕はその三倍」
「畏まりました。よろしければご自宅に郵送もいたしますが、いかがでしょうか」
「それは大丈夫だよ。この子が持つからね」
俺も店員も、え、と固まった。
俺のこの荷物を見て言ってるのかこの女は。
「持つよねえ、食べたし」
「持たせて下さい」
持てばいいんだろ。
結局三時間かけて店の肉と米を食い尽くし、帰りにはオーナーだか店長だか、偉い人がずらりと並んでお見送りしてくれた。
そらそうだろうよ。
「人生初ですよ、こんなの」
「美味しかったかい?楽しかったかい?」
「はい。俺の知ってる最高級の肉はコンビニの焼き肉弁当なんで」
「ほおお。あれはあれで悪くはないがねえ」
「……ごちそうさまでした。美味しかったです」
「この程度で笑顔が戻ったのなら安いものだ」
女はくすくすと笑っていつものように軽いステップで歩く。
もしや今日はこの前の詫びか何かのつもりなのだろうか。
贅沢を与えられたら出目金の断罪を忘れられるかというとそうではないが、これはこの女なりの誠意なのだろう。
「この辺は金魚が多いですね」
「そうだね。人が多いしお店も多い。楽しい場所には多くの未練が残り、自然と金魚も多くなる」
ここはいくつもの料理店や洋服店、雑貨屋、劇場、大きな広場や公園などが集約された商業施設だ。
家族連れも多いしカップルも多いし劇場には大勢の人が詰めかけている。
母数が多ければそりゃあ金魚も多かろう。
「聞いてもいいですか?」
「聞くは自由だが望む回答が得られる保証はしないよ。さあ言うが良い」
何でこの女はこういう言い方しかできないのか。
前半いらないだろ。
「……出目金を金魚に戻す方法は本当に何も無いんですか?」
「君は今ここでネアンデルタール人に戻れるかい?」
「冥福を祈られても駄目なんですよね」
「食った全金魚分が同時に冥福を祈られて新たに食わなけりゃ何とか」
「冥福……」
女は言っていた。
俺は沙耶の冥福を祈っていないと。
当たり前だ。
祈れるもんか。祈ったらそれは沙耶の死を認めるという事だ。
それは駄目だ。
それを認めてはいけない。
それを認めたら俺は――
「残された人間は愛する人の死を認めたくないものだ」
「……けど、沙耶は生きてる……」
「そうかい。では一度会ってみるかい?」
「は?」
女はふふ、と笑って正面を指差した。
そこにいたのは――
「……沙耶?」
金魚のような真っ赤なワンピースを着た沙耶だった。
あんな出来事があったのに、それでも俺はあの女の後を付いて回っていた。
(何してんだ俺は)
沙耶がいなくなって以来、理不尽に人を怒鳴り散らす以外で声を上げたのは初めてだった。
驚いたり感動したり、温かい食事が嬉しかったり。
そんな感情を自分に向ける事ができたのはいつぶりだろう。
この女のする事は常軌を逸した事も多いけど、それでも仕事を与えてくれて寝る場所も与えてくれて。
俺は人生で一番生きてる気がしていた。
それが仕事が荷物持ちだったとしても。
「さあ次はあっちだあ!」
「は!?まだ買うんですか!?」
何でも新しい着物やら帯やらを買うとかで、昼寝するなら荷物持ちくらい給料内だろうと言われてしまった。
魂を扱う金魚屋は駅前の巨大ショッピングモールで買い物をするのだ。
しかもその額が異常だ。三十万円する帯を二本も三本も購入し、進められるがままに百数十万円の着物に羽織に帯締め帯留め髪飾りまで買う。たしか下駄を買うだけだとか言っていたのにどういう事なのか。
この羽振りの良さからするに、アルバイト分給五万円も冗談じゃなかったのだろうか。
しかしそれが全て金魚(たましい)を扱う事による収入なのだと思うと何となく使いにくいものがある。
「けどこれ、さすがに買いすぎですよ。回数分けたらどうです」
「おや!君はそんなに僕とデートしたいのかい!?」
「いえ、重いんです」
給料内の荷物持ちと名言していたのにデートなわけあるか。
「うむむ。僕の誘いを嫌がるとは良い度胸だ。夕飯無しにしちゃうよ」
「デートしたいです」
「よしよし。さすが男の子だ」
金魚(たましい)を扱う事による収入であっても金は金だ。
これがデートかはさておき、荷物持ちが終わって夜は一人三万円もするコースのしゃぶしゃぶを食べさせてくれるというのでホイホイと付いてきた。
そんな高級料理にありつけるのなら、どんな重い荷物だろうが大量だろうが手も足も頭も肩も使えるところは全て使って荷物持ちをこなしてやる。
「うおおおおおおお!」
「おうおう元気だこと」
そして夜になると、約束通りしゃぶしゃぶ店に連れて来てくれた。
そこには肉のみでなくふぐの刺身なんかも出て来た。しゃぶしゃぶ屋は魚も出るのか。
見た事もない肉の山。この肉はどこどこ産のなんとかいう肉で……と説明をされたがそんな説明はどうでもいい。しゃぶしゃぶ界のトップ争いをする肉がまずいわけが無い。
女は一人で騒ぐ俺を見てあははと笑うと、僕のおごりだから好きなだけお代りをするが良いと言われたので俺は遠慮なく食べた。
食べすぎては悪いだろうかと思いつつも止められないので食べていると、し女はきょとんとした顔で首を傾げた。
「おやあ?ええ?君は随分とみみっちい食べ方をするねえ」
「そう、ですか?結構食べてますけど」
「みみっちいみみっちい。おーい、店員さんや。お肉をもう五十皿おくれ」
「ご、五十、ですか」
「うん。わんこそば形式でいいよ。食べ終わったら後ろからぱっぱっぱっと出しておくれよ」
「畏まりました……」
おそらく店員の疑問はその額を払えるかどうかだろう。
それを察知したのか、女はその場で財布を開けて札束で店員の頭を叩いた。
本当に叩いた。
実在するのかこういう光景。
「そこの大食漢がお腹いっぱいになるまで食べるんだから早く持ってくるんだよ。しゃぶしゃぶ屋なら肉を出しなさい」
「し、失礼いたしました!すぐにお持ちします!」
「うんうん。世の中弱肉強食金と権力富と名声だ」
「えげつない事言わないで下さいよ……」
ここまで見た目と中身が不一致な人間を見た事が無い。
おそらくさっきの店員もそうだろう。
だがあんな札束を出されては店としては断る理由がないだろう。
あっという間にわんこ蕎麦ならぬわんこ肉が用意され、さらには俺達専任の店員が付いた。
彼らがどんどん肉と野菜を鍋に入れ、出来上がった端から俺達の皿に入れてくれる。
こんな贅沢があるだろうか。
俺は人生初めての事態に困惑しながらも、遠慮なく箸を伸ばした。
だがその調子で頑張れたのは五皿が限界だった。
「あの、さすがに五十皿は無理なんですけど」
「五十皿追加っ」
「は!?」
ちらりと見ると、なんと五十皿が全て無くなっていた。
何だこれは。まさか俺が味わってじっくり食べている間に食べたのか。どんなスピードだそれは。
俺が驚いてる間にも女は食べた。
俺よりも食べる。しかも早い。噛んでないだろ。
ぺろりぺろりと飲むように食べていき、しかも女は締めはうどんと雑炊だと言ってまた大量の皿が登場した。
「うどんはどれくらい食べるんだい?」
「うどん!?も、もう、俺ちょっと」
「よし、五人前だね。やあやあ、この子はたったの五人前でいいそうだ。僕はその三倍ほどおくれ」
「は!?あんたどんだけ食うんですか!!」
「雑炊もくるよ」
「無理ですよ!もう食えませんて!」
「そうかい。でも僕は食べるよ。店員さんや。この子はもう食べられないそうだから持ち帰れるようにしておくれ」
「畏まりました。デザートに抹茶アイスをご用意しておりますがいかがしましょう」
「おくれ。君はどうする?」
「いや、俺はもう……」
「ではそれも持ち帰るようにしておくれよ。この子は五人前。僕はその三倍」
「畏まりました。よろしければご自宅に郵送もいたしますが、いかがでしょうか」
「それは大丈夫だよ。この子が持つからね」
俺も店員も、え、と固まった。
俺のこの荷物を見て言ってるのかこの女は。
「持つよねえ、食べたし」
「持たせて下さい」
持てばいいんだろ。
結局三時間かけて店の肉と米を食い尽くし、帰りにはオーナーだか店長だか、偉い人がずらりと並んでお見送りしてくれた。
そらそうだろうよ。
「人生初ですよ、こんなの」
「美味しかったかい?楽しかったかい?」
「はい。俺の知ってる最高級の肉はコンビニの焼き肉弁当なんで」
「ほおお。あれはあれで悪くはないがねえ」
「……ごちそうさまでした。美味しかったです」
「この程度で笑顔が戻ったのなら安いものだ」
女はくすくすと笑っていつものように軽いステップで歩く。
もしや今日はこの前の詫びか何かのつもりなのだろうか。
贅沢を与えられたら出目金の断罪を忘れられるかというとそうではないが、これはこの女なりの誠意なのだろう。
「この辺は金魚が多いですね」
「そうだね。人が多いしお店も多い。楽しい場所には多くの未練が残り、自然と金魚も多くなる」
ここはいくつもの料理店や洋服店、雑貨屋、劇場、大きな広場や公園などが集約された商業施設だ。
家族連れも多いしカップルも多いし劇場には大勢の人が詰めかけている。
母数が多ければそりゃあ金魚も多かろう。
「聞いてもいいですか?」
「聞くは自由だが望む回答が得られる保証はしないよ。さあ言うが良い」
何でこの女はこういう言い方しかできないのか。
前半いらないだろ。
「……出目金を金魚に戻す方法は本当に何も無いんですか?」
「君は今ここでネアンデルタール人に戻れるかい?」
「冥福を祈られても駄目なんですよね」
「食った全金魚分が同時に冥福を祈られて新たに食わなけりゃ何とか」
「冥福……」
女は言っていた。
俺は沙耶の冥福を祈っていないと。
当たり前だ。
祈れるもんか。祈ったらそれは沙耶の死を認めるという事だ。
それは駄目だ。
それを認めてはいけない。
それを認めたら俺は――
「残された人間は愛する人の死を認めたくないものだ」
「……けど、沙耶は生きてる……」
「そうかい。では一度会ってみるかい?」
「は?」
女はふふ、と笑って正面を指差した。
そこにいたのは――
「……沙耶?」
金魚のような真っ赤なワンピースを着た沙耶だった。
応援ありがとうございます!
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