【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言

真野蒼子

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episode22

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 美咲は祖母と暮らすべく、祖父に頭を下げさせようと両親と共に実家に殴りこんだ。
 しかし、美咲と共にやって来たのは両親だけではなかった。

「こちら、上司の漆原さんです」
「漆原朔也です」

 久世一家は四角い座卓を囲って座っている。
 美咲の目の前には祖父が鎮座し、座卓の左右には両親。そして美咲の隣には久世一家に無関係である赤の他人が笑顔で座っていた。
 この異様な状況にシンと静まり返った。

(もー! 何でこんなセッティングさせたのよー!)

 もしや恋人かと色めき立つ母と、いくら世間的にも有名な人物とはいえ若い男が娘の隣にいる事が許せないのかぴりぴりと苛立つ父。
 最大の敵である祖父は般若と鬼の親戚かという顔で美咲を睨んでいるが、この状況で正しく怒りを保つその神経も凄いなと美咲は逆に感心した。
 実はこの状況には美咲すらも混乱を極めていた。
 祖母と共に暮らしたいという美咲に、漆原は久世一家との対面を提案してきたのだ。

「……漆原さんとうちの家族が、ですか……」
「正しくは美作アンドロイドの管理者としてだな」
「同じですよ。それめちゃくそ気まずいんですけど」
「お前が一人でどうにかできるならいいけど?」
「う……」
「大丈夫だって。俺は無関係じゃない」

 美咲は当初顔に惹かれて飛び込んだわけだが、アンドロイドを調べ始めて以来何だかんだん面倒見の良い上司だなと感じていた。
 あの漆原朔也が自ら遺失物調査をするとは思ってもいなかったし、ましてや祖母の事まで調べてくれるとは思ってもみなかった。
 そして調べ始めればさすが漆原朔也、美咲では辿り着くどころか気付く事も思いつく事もできない情報が集まっていく。
 そしてその行動は助けてやるという言葉が出まかせでは無いという確信を美咲に与えてくれた。この異様な状況は居たたまれないが、それも必要なのだろう。
 美咲は漆原を信じてキリっと表情を作り祖父を睨みつけると、ついに漆原が口を開いた。
 一体何をするんだと美咲も美咲の両親も緊張する中、紡がれた言葉は誰も想像していない話だった。

「本日は弊社アンドロイド商品の個人情報保護についてご説明させて頂きたくお伺い致しました」

 静まり返っていた空気がさらに静まった。
 信じた早々、美咲は本当に大丈夫かこの人、と苦笑いを浮かべた。

「……漆原さん何言ってんですか」
「実は先日、美咲さんがこのアンドロイドを拾いまして」

 漆原は固まった空気と焦る美咲を放置してプリントアウトした一枚の写真を見せた。
 わざわざ全員に見えるよう机に置くと、映っているのは美咲の拾った祖母のアンドロイドだった。
 何だか分かっていない母はこてんと首を傾げ、父はびくりと震えたようだった。
 そして祖父はぶるぶると悔しそうに手を震わせて、歪んだ目つきで漆原を睨みつけた。

「この機体と持ち主ついてお伝えした方がよろしいかと思ったんですが、如何です?」
「……聞こうか」
「き、聞くんですか」

 祖父が大人しく他人の提案を受け入れた事に驚き声を上げたのは、この男に育てられた美咲の父だった。
 祖父ほどではないが、美咲の父はそれほど感情を揺らして表に出す人間ではない。
 完全にポーカーフェイスを気取る。それが思わず汗を流して敬語になってしまうほど、これはあり得ない出来事だ。

「すっご~い。言うこときかせちゃったわ~」
「お母さん静かに」

 状況が分かっているのかいないのか、そんな事をこそこそと耳打ちしていつも通りのテンションを保ってる母も凄いなと感心した。
 だが美咲と両親にとっては恐怖の対象であっても、世界の権威だの役員だのという強敵を相手にしてきた漆原にとってはそうではない。
 般若の親戚程度に怖い顔をするだけの一般人では恐るるに足らず。にこにことメディアでよく見る『若手イケメンエンジニア』の顔をしていた。

「まず拾得物を届けるために購入者情報を調べてみました」
「たかだか開発者ごときがそんな事をして良いのか。越権行為だろう」
「ああ、これはご挨拶が足りず大変失礼いたしました」

 漆原は謀ったかのように流れる手つきで名刺を取り出した。
 そこには当然漆原の肩書がずらりと書き連ねられてある。
 世間的に知られる開発部マネージャーには皆驚きはしないが、並列するセキュリティ管理部マネージャーと販売管理部総合責任者の文字に祖父ですら目を剥いた。

「各機体の購入データは販売元が所有しています。販売管理部がこのデータを扱いセキュリティ管理部が機密情報の保持を行います。全て私の管理下で行っている事なのでご安心下さい」

 爽やかな笑顔に苛立ち言い返してやりたいと思っても、これには祖父も黙るしかないようだった。
 今この中で権力に誰よりも従順なのは、一時は政治家として成功した輝かしい経歴を持った祖父だろう。

「アンドロイドの保有データは十年で自動削除されます。つまり現時点で残っているデータは十年以内の物なので、購入当時――五十年も前のデータは残っていません。ですがサルベージしたデータに面白い物がありました」

 漆原はノートパソコンを取り出して動画や静止画を映し出し久世一家が見えるようにモニターを向ける。

「個人情報を所有者以外に情報を見せていいのか」
「構いませんよ。何しろあのA-RGRYの所有者は貴方なんですからね、久世大河さん」

 びくりと祖父の身体が揺れた。
 え、と久世一家が驚き祖父を凝視する中、漆原だけは「ご購入有難う御座いました」などとのたまった。
 祖父はギリリと目を吊り上げ漆原を睨みつけるが、美咲は首を傾げた。

「待って下さい。所有権は私からお祖母ちゃんに譲渡したじゃないですか」
「警察から譲渡却下で書類が戻ってきた。あれの所有者は既に藤堂小夜子じゃなかったんだ」

 漆原はここぞとばかりに譲渡手続きの書類を取り出すと、そこには確かに『却下』の印鑑が押されていた。

「俺達が調べたのは購入時点のデータだったんだ。購入者は藤堂小夜子氏だったが、所有権保持者が譲渡手続きをせず亡くなった場合は保証人に所有権が移る。そして現時点で藤堂小夜子さんは亡くなっていて……」

 ピッと漆原は書類の一部を指差した。
 そこは『保証人』の欄で、そこには久世大河の署名と捺印がされていた。

「保証人は貴方です」

 馬鹿な、と美咲の父は無意識にこぼした。それほど祖父がアンドロイドを手にするのは考えられない出来事なのだろう。
 ましてや当時は数千万円する高性能機体でカスタムまでされている。その費用を全て支払うなんて、よほど愛情が無ければやれる事ではないだろう。
 祖父はただ悔しそうに漆原を睨んでいた。

「A-RGRYが残したデータがあります。ご覧になられますか?」
「……見せろ」
「承知致しました」

 そして漆原は再び久世一家を黙らせ、にっこりと微笑んだ。
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