1 / 1
アルネス・コーライア、十五歳の春
しおりを挟む
僕アルネス・コーライアは、もうすぐアルネス・イヴァになる。少なくとも僕はその気だ。
今から半月前、母の生家イヴァ家の当主である伯父上から養子の申し出があった。
誠実な父上に優しい母上、生真面目な上の兄上に人当たりのいい下の兄上、とにかく可愛い妹と弟。時折意見がぶつかることはあれど、僕は家族を愛しているし、家族だって僕を愛してくれている。
それは多少離れたところで変わるわけもないのだから。伯父上の力になりたいと答えれば、両親は僕の意思を尊重するから、伯父上とよく話し合って決めるよう言ってくれた。
僕の伯父上、聖騎士団の長オーキス・イヴァ。地位に相応しい実力と品格を備え、容姿も鼻筋の通った美丈夫である。近しい僕から見ても、おおよそ欠点が見当たらない。
だからこそ不思議だった。伯父上ならば相手はいくらでもいる。甥とはいえ養子を取るより、若い伴侶を迎える方が一般的だろう。
「気になるか。……まあ当然か」
二人きりの話し合いの場で訊ねれば、どこか歯切れが悪い。いつもはっきりとものを言う伯父上にしては珍しい反応だった。
「お前は口が堅いから、話しても構わないが。知らなければよかったと思うかもしれない。構わないか?」
気遣わしげな目で、僕をまっすぐ見つめてくる伯父上。
心寄せていた女性を失ったからとか、心の傷が原因で性機能不全になったからだとか。それらしいものから口を慎めと叱責したくなるものまで、伯父上が結婚をしない理由は様々囁かれている。
ひと通りの覚悟は済ませてきた。僕は頷いたが……伯父上の口にした理由は、僕の想像をはるかに超えていた。
「妻子を持てば、エヴァンは私を頼れなくなる」
その人とはずいぶん前に一度顔を合わせた記憶がある。伯父上の友人のはずだけれど、どうしてそういう話になるのか。僕は首を傾げた。
「あいつと何度か性交を結んだ。必要があればまた結ぶ。主は不貞をお許しにならないし、そうでなくとも私はエヴァンより妻を優先できない。子供ができても変わらないだろう。そもそも変わる気もない」
だから結婚はしない。伯父上の淡々とした告白に、僕は言葉を失った。
「あの人を……愛してらっしゃるのですか?」
ようやく絞り出したと問いを、伯父上はあっさりと否定する。
「性的に好ましく思ったことはないな。必要がなければ、触れようとは思わない。あいつも同じだろう。あれは自傷の類だ」
「ならば!」
「ただ――」
誰より大切で、何よりも優先したい。
そう零した伯父上の顔は初めて見るもので……何人たりとも、踏み躙ってよいものではないと察するには十分だった。
まだ混乱から抜け切らない思考を巡らせ、努めて冷静に訊ねる。
「……父上と母上はご存じなのですか?」
「言ってはいない」
――よく話し合ってくるんだよ。
――お兄様の、初めてのわがままなの。
伯父上と会うべく我が家を出る時、送り出してくれた両親の優しくも切なげな表情を思い出す。二人は少なからず察していたのだろう。
僕としては心の準備をさせて欲しかった気もするが、確証なく話せることでもないか。
「伯父上は子供が欲しいのではなく、家を引き継ぐ後継者が欲しいのですよね?」
爵位自体に執着はなさそうな伯父上。ただ爵位を返上すれば、イヴァ家に関係する多くの人の生活へ影響が出る。ゆえの存続、ゆえの養子だ。
生まれ育った家で満たされていたからか、僕は伯父上に親子としての愛情やふれあいといったものを期待していない。より親密な付き合いとはなろうが、心情的に今までの関係から大きく変わることはないだろう。お互いにそうだと思っていた。それが今確定したわけだ。
ただこれが他から迎え入れるとなれば、そうもいかないだろうと容易に想像できる。
「仕事を教えてください。ものになったら正式な手続きをお願いします」
それなりに自信はあるが、後でやっぱり適性がなかったとなった場合の方々にかける迷惑は計り知れない。まずは僕がどこまでできるのか確かめなくては。
「苦労をかける」
眩しそうに目を細める伯父上へ、僕は首を横に振った。
「伯父上のこれまでの苦労には遠く及びません」
悪しき王を打倒すべく起きた先の革命で、伯父上は重大な役割を果たした英雄のひとりだ。その功績と実力を認められ、新たな団長にと推された。
革命を主導するひとりとして働いた父上、聖女として旗印を担った母上、そして――最前線で戦い続けた伯父上。戦場で酷く悲しいものをたくさん見たはずなのに、弱音ひとつ言うところを見たことがない。
そんな伯父上が望んだ、たったひとつのわがまま。
傲慢かもしれないが、それを僕が叶えられるというのならば、喜んで協力しよう。
伯父上達が切り拓いた、新しい時代で生きる幸運を与えられた者のひとりとして。
今から半月前、母の生家イヴァ家の当主である伯父上から養子の申し出があった。
誠実な父上に優しい母上、生真面目な上の兄上に人当たりのいい下の兄上、とにかく可愛い妹と弟。時折意見がぶつかることはあれど、僕は家族を愛しているし、家族だって僕を愛してくれている。
それは多少離れたところで変わるわけもないのだから。伯父上の力になりたいと答えれば、両親は僕の意思を尊重するから、伯父上とよく話し合って決めるよう言ってくれた。
僕の伯父上、聖騎士団の長オーキス・イヴァ。地位に相応しい実力と品格を備え、容姿も鼻筋の通った美丈夫である。近しい僕から見ても、おおよそ欠点が見当たらない。
だからこそ不思議だった。伯父上ならば相手はいくらでもいる。甥とはいえ養子を取るより、若い伴侶を迎える方が一般的だろう。
「気になるか。……まあ当然か」
二人きりの話し合いの場で訊ねれば、どこか歯切れが悪い。いつもはっきりとものを言う伯父上にしては珍しい反応だった。
「お前は口が堅いから、話しても構わないが。知らなければよかったと思うかもしれない。構わないか?」
気遣わしげな目で、僕をまっすぐ見つめてくる伯父上。
心寄せていた女性を失ったからとか、心の傷が原因で性機能不全になったからだとか。それらしいものから口を慎めと叱責したくなるものまで、伯父上が結婚をしない理由は様々囁かれている。
ひと通りの覚悟は済ませてきた。僕は頷いたが……伯父上の口にした理由は、僕の想像をはるかに超えていた。
「妻子を持てば、エヴァンは私を頼れなくなる」
その人とはずいぶん前に一度顔を合わせた記憶がある。伯父上の友人のはずだけれど、どうしてそういう話になるのか。僕は首を傾げた。
「あいつと何度か性交を結んだ。必要があればまた結ぶ。主は不貞をお許しにならないし、そうでなくとも私はエヴァンより妻を優先できない。子供ができても変わらないだろう。そもそも変わる気もない」
だから結婚はしない。伯父上の淡々とした告白に、僕は言葉を失った。
「あの人を……愛してらっしゃるのですか?」
ようやく絞り出したと問いを、伯父上はあっさりと否定する。
「性的に好ましく思ったことはないな。必要がなければ、触れようとは思わない。あいつも同じだろう。あれは自傷の類だ」
「ならば!」
「ただ――」
誰より大切で、何よりも優先したい。
そう零した伯父上の顔は初めて見るもので……何人たりとも、踏み躙ってよいものではないと察するには十分だった。
まだ混乱から抜け切らない思考を巡らせ、努めて冷静に訊ねる。
「……父上と母上はご存じなのですか?」
「言ってはいない」
――よく話し合ってくるんだよ。
――お兄様の、初めてのわがままなの。
伯父上と会うべく我が家を出る時、送り出してくれた両親の優しくも切なげな表情を思い出す。二人は少なからず察していたのだろう。
僕としては心の準備をさせて欲しかった気もするが、確証なく話せることでもないか。
「伯父上は子供が欲しいのではなく、家を引き継ぐ後継者が欲しいのですよね?」
爵位自体に執着はなさそうな伯父上。ただ爵位を返上すれば、イヴァ家に関係する多くの人の生活へ影響が出る。ゆえの存続、ゆえの養子だ。
生まれ育った家で満たされていたからか、僕は伯父上に親子としての愛情やふれあいといったものを期待していない。より親密な付き合いとはなろうが、心情的に今までの関係から大きく変わることはないだろう。お互いにそうだと思っていた。それが今確定したわけだ。
ただこれが他から迎え入れるとなれば、そうもいかないだろうと容易に想像できる。
「仕事を教えてください。ものになったら正式な手続きをお願いします」
それなりに自信はあるが、後でやっぱり適性がなかったとなった場合の方々にかける迷惑は計り知れない。まずは僕がどこまでできるのか確かめなくては。
「苦労をかける」
眩しそうに目を細める伯父上へ、僕は首を横に振った。
「伯父上のこれまでの苦労には遠く及びません」
悪しき王を打倒すべく起きた先の革命で、伯父上は重大な役割を果たした英雄のひとりだ。その功績と実力を認められ、新たな団長にと推された。
革命を主導するひとりとして働いた父上、聖女として旗印を担った母上、そして――最前線で戦い続けた伯父上。戦場で酷く悲しいものをたくさん見たはずなのに、弱音ひとつ言うところを見たことがない。
そんな伯父上が望んだ、たったひとつのわがまま。
傲慢かもしれないが、それを僕が叶えられるというのならば、喜んで協力しよう。
伯父上達が切り拓いた、新しい時代で生きる幸運を与えられた者のひとりとして。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
魅了の対価
しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。
彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。
ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。
アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。
淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
政略結婚の意味、理解してますか。
章槻雅希
ファンタジー
エスタファドル伯爵家の令嬢マグノリアは王命でオルガサン侯爵家嫡男ペルデルと結婚する。ダメな貴族の見本のようなオルガサン侯爵家立て直しが表向きの理由である。しかし、命を下した国王の狙いはオルガサン家の取り潰しだった。
マグノリアは仄かな恋心を封印し、政略結婚をする。裏のある結婚生活に楽しみを見出しながら。
全21話完結・予約投稿済み。
『小説家になろう』(以下、敬称略)・『アルファポリス』・『pixiv』・自サイトに重複投稿。
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる