43 / 51
43.甘えてよ
しおりを挟む
報酬をキッチリと受け取った後は、いつものように解散し、僕とカオルは2人で宿屋に来ていた。
カオルがベッドに腰掛け、隣をポンポンと叩く。促されるまま、僕はそこに座った。
そして、カオルは今日の出来事を皮肉たっぷりに振り返り始めた。
「いや~、儲かった儲かった! この町にはイイ男がいっぱいいるねぇ」
「善意につけこんで巻き上げたくせに……」
残酷なオークションの結果を見ていた僕は、笑い半分とはいえ、ついカオルを非難するようなことを口走ってしまった。
(気を悪くしてしまった? いや、カオルなら適当に受け流してくれるはず)
そんな考えをグルグルと巡らせながら、恐る恐る彼女の表情を伺う。
「むっ、人聞きの悪いこと言わないでよ。これはみんなが私へのお礼としてくれたものなんだから」
僕の期待に応えるように、カオルはあっけらかんと流してくれた。
だけど、そこに続けられた言葉は、決して簡単に聞き流せるようなものではなかった。
「……それに、ユウくんだって気づいてるだろ? あの中に善意を持ってるヤツなんていなかった。下心まみれだったよ。全員が一発狙ってる目をしてた。男ってのはいつもそうだ」
「それは……」
“男ってのはいつもそうだ”——その言葉の重さに、僕の口は自然と閉ざされる。
そこには、200年以上に渡る彼女の苦痛があった。
ただ男が嫌いだからそう言っているんじゃあない。「あわよくば」を狙う連中のゲスな感情に晒され続け、その末に生まれた、心からの侮蔑があった。
「ああ、最初に声をかけてくれた彼はまだ良かったかな。まあ彼も私の胸ガッツリ見てたけどッ!」
「う、うん。でもあれは仕方ないというか」
カオルの語気が段々と荒々しくなってきたので、僕はむりやり話を締めて、彼女を落ち着かせようとした。
その瞬間、カオルは自身の放っていた気をスンッと静め、そしてゆっくりと僕の顔を見つめてきた。
怒りとも焦りともつかない、独特の濁り方をした目が、僕の心の奥底を覗き込んでくる。
「そう、仕方ないんだ。ユウくんもそう思うよね? ああいう下心を持つのは仕方のないことなんだ——」
「カオル……?」
「そうなんだ、男ならみんなそうなるんだよ! なのに君からはまるで下心が感じられないっ! どぉ~うなってるんだっ!」
「ええっ」
頭を整理する間もなく、僕はうるんだ瞳のカオルに抱きつかれ、そのまま倒れるように添い寝の姿勢になった。
「あのアドラでさえ『顔はいい』と言ったのに~! ユウくんだって男の子なら色々溜まってるだろ⁉︎ 私がいつも無防備な格好で寝てるのも見てるだろ⁉︎ なのになんでぇ~」
豊満な体にムギュッと押しつぶされながら、僕は右に左にジタバタと寝返りを打つカオルに巻き込まれる。
(こ、これはいくらなんでも! 全身が、全身が当たりまくってる……!)
それを伝えたくても、駄々をこねる250歳児は耳を貸さない。結局僕は、彼女が泣き止むまでゴロゴロとベッドの上を転がされた。
~~~~~
「落ち着いた?」
「は、はい……」
乱れた服を直しながら、あえて冷めた態度でカオルに聞く。
まるで「事後」。
事情を知らない人が見たら、色々と勘違いされそうな絵面だ。僕はもう慣れたけど。
「それにしても、カオルがあそこまで取り乱すなんて。しかもあんな理由で……けっこう本気で心配したのに」
カオルがしっかりとクールダウンしたことを確認し、改めて彼女を見る。
ベッドの上で正座する彼女は、数分前の情緒不安定な様子とは違って大人しく、いじらしさすら感じさせる。
僕はその隣で、呆れながら話を聞いた。
「う~、だってさあ、ユウくんがいまいち心開いてくれないんだもん。もっと甘えてよ! ほら!」
「甘えてと言われても」
カオルは腕をバッと開いて迎え入れる姿勢を見せる。でも僕には、そこに飛び込む理由がない。
「んぁ~もう、けっこう仲良くなったつもりなんだけどなぁ。これじゃ『ユウくんセラピー計画』が台無しだ」
「……何それ」
妙に嫌な予感を漂わせる単語。なんとなく察しはつくけど、ここは確認しておかないと。
「気になる? それじゃ教えてあげよう! ユウくんセラピー計画とは、男に絡まれて疲れきった私の心と身体を、いたいけな少年と触れ合うことで癒し、異世界での冒険をより活発にしようというものだ!」
「絶対今思いついたよね、それ」
「そんなこたァない。私はこの世界で旅をするに当たって、男に媚びを売ることになる場面が相当数あると予想していた。その方が行動しやすいからね。」
「確かに」
実際、それでお金を稼いだのを目にしたばかりだ。
「だがそんなことを繰り返していれば、先に私の精神が擦り切れてしまう! だから転移後のメンタルケアはどうしようかとラボでひとり悩んでいたところ、偶然にも君が転移についてきてしまったんだ」
彼女は腕を開いたまま、キラキラした表情でまっすぐに語る。
「運命だと思ったよ。これはもう、この子に癒してもらうしかないってね。だけどあまりにも一方的じゃ申し訳ないし、何より私が君と親密になりたかった。そこで、ユウくんの中の『男の子』を刺激して、触れ合いの密度を高めようとした。うまくいけば、男たちから受ける精神的ダメージを、ユウくんによる癒しで完全にカバーできるからね! まあつまり、ちゃんと考えてたってことさ」
「————。」
早口で捲し立てられ、その勢いに圧倒される。
カオルがここまで僕を必要としているとは思っていなかった。正直、かなり面食らった。
「で~もォ~、肝心のユウくんが、ユウくんの身持ちが固すぎる。これじゃ必死にアピールしてる私がバカみたいじゃないか」
「自覚はあったんだ……」
そう呟くと同時に、僕の視界が回転して、気づくと天井が映っていた。
「ねぇ、ユウくんは——私のことをどう思ってるの?」
カオルは優しい手つきで、それでいて抵抗できないほどの勢いで、僕をベッドに押し倒したんだ。
一呼吸の間があって、天井をふさぐように彼女の顔が現れた。赤い髪が垂れ下がって、周囲を覆う。
吸い込まれてしまいそうな、彼女の深い海の瞳に、僕が浮かんでいた。
「カオル、どうしたの? 今日のカオルは……らしくないよ」
どう答えるべきか分からなくて、ただ純粋に感じたことを口にする。
アドラを相手にしていた時も、彼女はまるで別人だった。
「っ、ごめん、自分でも抑えきれないんだ。こんな胸騒ぎは生まれて初めてだよ。感情の落とし所が見当たらない」
視線を交差させたまま、彼女は弱々しく声を漏らす。
「それにしても、今日はさすがに疲れちゃった。炭鉱で男相手に愛想を振りまいて、それが終わったらアドラとかいう奴に絡まれて、やっと戻ってきたらリエフさんに言い負かされて、そしてまた愛想振りまいて……」
フウッと息を漏らし、カオルが倒れ込んでくる。一瞬だけ覆い被さった後、彼女は転がって、僕のそばへ横たわった。
視線の交わる方向が変わり、隣同士で言葉を紡ぐ。
「なんだか男に振り回される1日だったなぁ。今までにもこういうことは何度もあったはずなんだが、今日はスゴく嫌な気分だ」
とろんと揺らぐ虚ろな目で、今にも眠りそうに彼女は語る。
きっと、能力を使ったことによる疲労と、精神的な苦労が折り重なっているんだ。
「あっちにいる間は特に何も感じなかったのに。フフッ、ユウくん……君のせいかな?」
「僕?」
カオルはいたずらっぽく笑うと、なぜか僕に責任転嫁してきた。
「私はサキュバスだから、男を誘惑するのが本能的に得意なんだ。今まではそれを自慢に思ってた。下手に出るフリをして、その実うまく操っているんだ。ってね」
「うん。ああいうのが上手い人は他にもいると思うけど、誰もカオルには勝てないよ」
なぜ僕のせいなのかは理解できないまま、とにかく彼女を褒める。それしか思い付かなかった。
無難な答えのつもりだった。でも、カオルはそれを聞くと、ひどく傷ついたような顔を見せた。
「そう、その分野において私に勝てる者はいない。つまり私は、天性の雌犬というわけだ」
「そんなこと——」
言いかけて、止める。無難な答えは、無神経な答えにしかならないんだ。余計なことを言えば、なおさら彼女を傷つける。
これはサキュバスだからこそ、カオルだからこその苦悩。僕が軽々しく口を挟めるものじゃない。肯定しても否定しても、それは正解じゃない。
「どうしてだろうね? 君と出会ってから、私がどう見られているのかすごく気になるようになったんだ。これだけ君に夢中になっておきながら、他所では君以外の男に尻尾を振る。そんな私は、いったいどう映っているのかな」
カオルは確かめるように僕の頬を撫で、焼き付けるように見つめてくる。
眠りに落ちる寸前だというのに、彼女の眼は僕を硬く捉えて離そうとしない。
「いっそ、君が私を汚してくれれば安心できるのに。全部、君に上書きしてほしいのに……でも君は、君だけは、私をそんな目で見てくれない」
彼女は今、年端もいかない少年に本気の劣情を向けている。もし僕が当事者じゃなければ、間違いなく止めに入る。そういう状況だ。
けれど、ここは応えなきゃいけない。
「ねえユウくん、私のこと——どう思う?」
僕の心も、打ち明けなきゃいけない。
「カオルは素敵な人だよ。男に媚びてるなんて、思ったことない」
「本当に?」
「うん。それに……恥ずかしいけど、僕だって、カオルをそういう目で見ることは……あるよ」
「えっ?」
閉じかけた目蓋が、力強く開かれた。
「ぼ、僕の反応見てたらわかるだろっ。こっちは必死に流されないようにしてるのに、人の気も知らないで。もう少し自分の魅力に自覚持ってよ」
さすがに顔が熱くなってきて、ごまかそうとしどろもどろに彼女を責める。
「で、でも、普段は全然っ」
「だって難しいから……。どう対応していいか分からないんだ。まだ知り合ってからそんなに経ってないし」
「そりゃそうだけど……」
「——それに僕は一度、本気でカオルの命を狙ったんだ」
そう、僕がカオルに対して一歩引く最大の理由がこれだ。
そんな奴が、彼女の好意に甘えていいわけがない。甘えたいと思う気持ちがあったとしても。
僕はあくまでカオルを守る、そのためにいるんだ。彼女を汚させはしないし、決して汚さない。
「……フッ、あははっ。なーんだ、そんなことを気にしてたのか。子どもっぽくてカワイイ」
しかし僕の強い決意は、彼女の一言で簡単に絆されてしまう。
どうしてカオルはそういうことを言ってくれるんだろう。どうしてこんなに僕に優しいんだろう。
「そんなのは最初から気にする必要なかったんだよ。私なんて、ユウくんを見た瞬間から『好き』って気持ちが全開だったろ」
「まあ、そうだね」
また、僕の顔が熱くなる。でもそれは、カオルも同じようだった。
「それに私は嬉しかったよ。ようやく心を開ける男性に会えたんだから。ああ、外見だけの問題じゃあないよ。状況が状況だったとはいえ、君は宿敵とすぐに打ち解け、しかも私と旅をすると言ってくれた。それだけの度量がある人はそうそういない」
ベッドの上で、もう十分近づいているのに、カオルはさらに距離を縮めようと迫ってくる。
そして
「君は私が見てきた中で、この250年間の中で、一番イイ男だ」
と言った。
「え、えっと、あり……がと……」
僕はちっぽけなお礼を絞り出すので精一杯になってしまった。
彼女が僕に好意を向けているのは、彼女がショタコンだからだと思っていた。それだけが怖かった。
その恐怖を、他でもない彼女が拭ってくれた。
「くぅ~、そういうとこは最高にカワイイっ! 依存しちゃうな~こりゃ」
「依存って……」
そう言って照れ臭そうに笑うカオルを見て、僕はようやく理解した。
彼女も僕の様子で察したのか、ぽつりぽつりと零すように口を開いた。
(ああそうか、この人は——)
「まあその、なんだ、色々言って取り乱したが」
(僕に甘えてほしいというより——)
「とにかく、下心だけの男じゃなくて、信頼できる男に癒されたいっていうか」
(この人は、ただ僕に——)
「あー、つまり、私がユウくんに……甘えたいんだ……」
目と鼻の先、息がかかりそうな距離で、カオルはずっと積み重ねてきたはずの想いを述べてくれた。
出会ってからというもの、僕に対してやけに距離が近かったのは、250年耐え忍んできた心を休めたかったからなんだ。
今日のカオルが不安定なのは、彼女の心が限界に達しているサインだったんだ。
僕が彼女に選ばれたのは全くの偶然で、もしかしたら他の人でも同じ結果になったかもしれない。
それでも、今ここにいるのは間違いなく僕で、カオルが呼んでくれたのは僕の名前だ。
だから、僕が応えるんだ。
「うん。いいよ、カオル」
彼女に負けないくらいの優しさで、彼女を包み込む。
カオルはやっと憑き物が取れたかのように、儚げに笑った。
「ありがとう、ユウくん。——それはそれとしてさ」
「……へ?」
なんだろうこの緊張感は。この流れでこんなことって。
「女の私にこれだけ言わせたんだ。君からも聞きたいな~。ここは男らしく吐き出してもらおう」
そうだった、この人はこういう人だ。
転んでも絶対にタダでは起きない。
「ユウくんだって、私をそういう目で見ることはあるんだろ? ならやっぱり、私に甘えたくなることもあるんじゃないかな? ん?」
しかも、完全にこちらの心を見透かしている。
これはさすがに逃げられない。
「そうだね、僕も……ずっと戦ってばかりで……心のどこかでは、誰かに、信頼できる誰かに癒されたいと思っていたんだ」
「うん」
「だから、カオルに甘えさせて」
「うん。いいよ、ユウくん」
この日、僕たちは初めて、心の底から抱き合って眠りについた。
カオルがベッドに腰掛け、隣をポンポンと叩く。促されるまま、僕はそこに座った。
そして、カオルは今日の出来事を皮肉たっぷりに振り返り始めた。
「いや~、儲かった儲かった! この町にはイイ男がいっぱいいるねぇ」
「善意につけこんで巻き上げたくせに……」
残酷なオークションの結果を見ていた僕は、笑い半分とはいえ、ついカオルを非難するようなことを口走ってしまった。
(気を悪くしてしまった? いや、カオルなら適当に受け流してくれるはず)
そんな考えをグルグルと巡らせながら、恐る恐る彼女の表情を伺う。
「むっ、人聞きの悪いこと言わないでよ。これはみんなが私へのお礼としてくれたものなんだから」
僕の期待に応えるように、カオルはあっけらかんと流してくれた。
だけど、そこに続けられた言葉は、決して簡単に聞き流せるようなものではなかった。
「……それに、ユウくんだって気づいてるだろ? あの中に善意を持ってるヤツなんていなかった。下心まみれだったよ。全員が一発狙ってる目をしてた。男ってのはいつもそうだ」
「それは……」
“男ってのはいつもそうだ”——その言葉の重さに、僕の口は自然と閉ざされる。
そこには、200年以上に渡る彼女の苦痛があった。
ただ男が嫌いだからそう言っているんじゃあない。「あわよくば」を狙う連中のゲスな感情に晒され続け、その末に生まれた、心からの侮蔑があった。
「ああ、最初に声をかけてくれた彼はまだ良かったかな。まあ彼も私の胸ガッツリ見てたけどッ!」
「う、うん。でもあれは仕方ないというか」
カオルの語気が段々と荒々しくなってきたので、僕はむりやり話を締めて、彼女を落ち着かせようとした。
その瞬間、カオルは自身の放っていた気をスンッと静め、そしてゆっくりと僕の顔を見つめてきた。
怒りとも焦りともつかない、独特の濁り方をした目が、僕の心の奥底を覗き込んでくる。
「そう、仕方ないんだ。ユウくんもそう思うよね? ああいう下心を持つのは仕方のないことなんだ——」
「カオル……?」
「そうなんだ、男ならみんなそうなるんだよ! なのに君からはまるで下心が感じられないっ! どぉ~うなってるんだっ!」
「ええっ」
頭を整理する間もなく、僕はうるんだ瞳のカオルに抱きつかれ、そのまま倒れるように添い寝の姿勢になった。
「あのアドラでさえ『顔はいい』と言ったのに~! ユウくんだって男の子なら色々溜まってるだろ⁉︎ 私がいつも無防備な格好で寝てるのも見てるだろ⁉︎ なのになんでぇ~」
豊満な体にムギュッと押しつぶされながら、僕は右に左にジタバタと寝返りを打つカオルに巻き込まれる。
(こ、これはいくらなんでも! 全身が、全身が当たりまくってる……!)
それを伝えたくても、駄々をこねる250歳児は耳を貸さない。結局僕は、彼女が泣き止むまでゴロゴロとベッドの上を転がされた。
~~~~~
「落ち着いた?」
「は、はい……」
乱れた服を直しながら、あえて冷めた態度でカオルに聞く。
まるで「事後」。
事情を知らない人が見たら、色々と勘違いされそうな絵面だ。僕はもう慣れたけど。
「それにしても、カオルがあそこまで取り乱すなんて。しかもあんな理由で……けっこう本気で心配したのに」
カオルがしっかりとクールダウンしたことを確認し、改めて彼女を見る。
ベッドの上で正座する彼女は、数分前の情緒不安定な様子とは違って大人しく、いじらしさすら感じさせる。
僕はその隣で、呆れながら話を聞いた。
「う~、だってさあ、ユウくんがいまいち心開いてくれないんだもん。もっと甘えてよ! ほら!」
「甘えてと言われても」
カオルは腕をバッと開いて迎え入れる姿勢を見せる。でも僕には、そこに飛び込む理由がない。
「んぁ~もう、けっこう仲良くなったつもりなんだけどなぁ。これじゃ『ユウくんセラピー計画』が台無しだ」
「……何それ」
妙に嫌な予感を漂わせる単語。なんとなく察しはつくけど、ここは確認しておかないと。
「気になる? それじゃ教えてあげよう! ユウくんセラピー計画とは、男に絡まれて疲れきった私の心と身体を、いたいけな少年と触れ合うことで癒し、異世界での冒険をより活発にしようというものだ!」
「絶対今思いついたよね、それ」
「そんなこたァない。私はこの世界で旅をするに当たって、男に媚びを売ることになる場面が相当数あると予想していた。その方が行動しやすいからね。」
「確かに」
実際、それでお金を稼いだのを目にしたばかりだ。
「だがそんなことを繰り返していれば、先に私の精神が擦り切れてしまう! だから転移後のメンタルケアはどうしようかとラボでひとり悩んでいたところ、偶然にも君が転移についてきてしまったんだ」
彼女は腕を開いたまま、キラキラした表情でまっすぐに語る。
「運命だと思ったよ。これはもう、この子に癒してもらうしかないってね。だけどあまりにも一方的じゃ申し訳ないし、何より私が君と親密になりたかった。そこで、ユウくんの中の『男の子』を刺激して、触れ合いの密度を高めようとした。うまくいけば、男たちから受ける精神的ダメージを、ユウくんによる癒しで完全にカバーできるからね! まあつまり、ちゃんと考えてたってことさ」
「————。」
早口で捲し立てられ、その勢いに圧倒される。
カオルがここまで僕を必要としているとは思っていなかった。正直、かなり面食らった。
「で~もォ~、肝心のユウくんが、ユウくんの身持ちが固すぎる。これじゃ必死にアピールしてる私がバカみたいじゃないか」
「自覚はあったんだ……」
そう呟くと同時に、僕の視界が回転して、気づくと天井が映っていた。
「ねぇ、ユウくんは——私のことをどう思ってるの?」
カオルは優しい手つきで、それでいて抵抗できないほどの勢いで、僕をベッドに押し倒したんだ。
一呼吸の間があって、天井をふさぐように彼女の顔が現れた。赤い髪が垂れ下がって、周囲を覆う。
吸い込まれてしまいそうな、彼女の深い海の瞳に、僕が浮かんでいた。
「カオル、どうしたの? 今日のカオルは……らしくないよ」
どう答えるべきか分からなくて、ただ純粋に感じたことを口にする。
アドラを相手にしていた時も、彼女はまるで別人だった。
「っ、ごめん、自分でも抑えきれないんだ。こんな胸騒ぎは生まれて初めてだよ。感情の落とし所が見当たらない」
視線を交差させたまま、彼女は弱々しく声を漏らす。
「それにしても、今日はさすがに疲れちゃった。炭鉱で男相手に愛想を振りまいて、それが終わったらアドラとかいう奴に絡まれて、やっと戻ってきたらリエフさんに言い負かされて、そしてまた愛想振りまいて……」
フウッと息を漏らし、カオルが倒れ込んでくる。一瞬だけ覆い被さった後、彼女は転がって、僕のそばへ横たわった。
視線の交わる方向が変わり、隣同士で言葉を紡ぐ。
「なんだか男に振り回される1日だったなぁ。今までにもこういうことは何度もあったはずなんだが、今日はスゴく嫌な気分だ」
とろんと揺らぐ虚ろな目で、今にも眠りそうに彼女は語る。
きっと、能力を使ったことによる疲労と、精神的な苦労が折り重なっているんだ。
「あっちにいる間は特に何も感じなかったのに。フフッ、ユウくん……君のせいかな?」
「僕?」
カオルはいたずらっぽく笑うと、なぜか僕に責任転嫁してきた。
「私はサキュバスだから、男を誘惑するのが本能的に得意なんだ。今まではそれを自慢に思ってた。下手に出るフリをして、その実うまく操っているんだ。ってね」
「うん。ああいうのが上手い人は他にもいると思うけど、誰もカオルには勝てないよ」
なぜ僕のせいなのかは理解できないまま、とにかく彼女を褒める。それしか思い付かなかった。
無難な答えのつもりだった。でも、カオルはそれを聞くと、ひどく傷ついたような顔を見せた。
「そう、その分野において私に勝てる者はいない。つまり私は、天性の雌犬というわけだ」
「そんなこと——」
言いかけて、止める。無難な答えは、無神経な答えにしかならないんだ。余計なことを言えば、なおさら彼女を傷つける。
これはサキュバスだからこそ、カオルだからこその苦悩。僕が軽々しく口を挟めるものじゃない。肯定しても否定しても、それは正解じゃない。
「どうしてだろうね? 君と出会ってから、私がどう見られているのかすごく気になるようになったんだ。これだけ君に夢中になっておきながら、他所では君以外の男に尻尾を振る。そんな私は、いったいどう映っているのかな」
カオルは確かめるように僕の頬を撫で、焼き付けるように見つめてくる。
眠りに落ちる寸前だというのに、彼女の眼は僕を硬く捉えて離そうとしない。
「いっそ、君が私を汚してくれれば安心できるのに。全部、君に上書きしてほしいのに……でも君は、君だけは、私をそんな目で見てくれない」
彼女は今、年端もいかない少年に本気の劣情を向けている。もし僕が当事者じゃなければ、間違いなく止めに入る。そういう状況だ。
けれど、ここは応えなきゃいけない。
「ねえユウくん、私のこと——どう思う?」
僕の心も、打ち明けなきゃいけない。
「カオルは素敵な人だよ。男に媚びてるなんて、思ったことない」
「本当に?」
「うん。それに……恥ずかしいけど、僕だって、カオルをそういう目で見ることは……あるよ」
「えっ?」
閉じかけた目蓋が、力強く開かれた。
「ぼ、僕の反応見てたらわかるだろっ。こっちは必死に流されないようにしてるのに、人の気も知らないで。もう少し自分の魅力に自覚持ってよ」
さすがに顔が熱くなってきて、ごまかそうとしどろもどろに彼女を責める。
「で、でも、普段は全然っ」
「だって難しいから……。どう対応していいか分からないんだ。まだ知り合ってからそんなに経ってないし」
「そりゃそうだけど……」
「——それに僕は一度、本気でカオルの命を狙ったんだ」
そう、僕がカオルに対して一歩引く最大の理由がこれだ。
そんな奴が、彼女の好意に甘えていいわけがない。甘えたいと思う気持ちがあったとしても。
僕はあくまでカオルを守る、そのためにいるんだ。彼女を汚させはしないし、決して汚さない。
「……フッ、あははっ。なーんだ、そんなことを気にしてたのか。子どもっぽくてカワイイ」
しかし僕の強い決意は、彼女の一言で簡単に絆されてしまう。
どうしてカオルはそういうことを言ってくれるんだろう。どうしてこんなに僕に優しいんだろう。
「そんなのは最初から気にする必要なかったんだよ。私なんて、ユウくんを見た瞬間から『好き』って気持ちが全開だったろ」
「まあ、そうだね」
また、僕の顔が熱くなる。でもそれは、カオルも同じようだった。
「それに私は嬉しかったよ。ようやく心を開ける男性に会えたんだから。ああ、外見だけの問題じゃあないよ。状況が状況だったとはいえ、君は宿敵とすぐに打ち解け、しかも私と旅をすると言ってくれた。それだけの度量がある人はそうそういない」
ベッドの上で、もう十分近づいているのに、カオルはさらに距離を縮めようと迫ってくる。
そして
「君は私が見てきた中で、この250年間の中で、一番イイ男だ」
と言った。
「え、えっと、あり……がと……」
僕はちっぽけなお礼を絞り出すので精一杯になってしまった。
彼女が僕に好意を向けているのは、彼女がショタコンだからだと思っていた。それだけが怖かった。
その恐怖を、他でもない彼女が拭ってくれた。
「くぅ~、そういうとこは最高にカワイイっ! 依存しちゃうな~こりゃ」
「依存って……」
そう言って照れ臭そうに笑うカオルを見て、僕はようやく理解した。
彼女も僕の様子で察したのか、ぽつりぽつりと零すように口を開いた。
(ああそうか、この人は——)
「まあその、なんだ、色々言って取り乱したが」
(僕に甘えてほしいというより——)
「とにかく、下心だけの男じゃなくて、信頼できる男に癒されたいっていうか」
(この人は、ただ僕に——)
「あー、つまり、私がユウくんに……甘えたいんだ……」
目と鼻の先、息がかかりそうな距離で、カオルはずっと積み重ねてきたはずの想いを述べてくれた。
出会ってからというもの、僕に対してやけに距離が近かったのは、250年耐え忍んできた心を休めたかったからなんだ。
今日のカオルが不安定なのは、彼女の心が限界に達しているサインだったんだ。
僕が彼女に選ばれたのは全くの偶然で、もしかしたら他の人でも同じ結果になったかもしれない。
それでも、今ここにいるのは間違いなく僕で、カオルが呼んでくれたのは僕の名前だ。
だから、僕が応えるんだ。
「うん。いいよ、カオル」
彼女に負けないくらいの優しさで、彼女を包み込む。
カオルはやっと憑き物が取れたかのように、儚げに笑った。
「ありがとう、ユウくん。——それはそれとしてさ」
「……へ?」
なんだろうこの緊張感は。この流れでこんなことって。
「女の私にこれだけ言わせたんだ。君からも聞きたいな~。ここは男らしく吐き出してもらおう」
そうだった、この人はこういう人だ。
転んでも絶対にタダでは起きない。
「ユウくんだって、私をそういう目で見ることはあるんだろ? ならやっぱり、私に甘えたくなることもあるんじゃないかな? ん?」
しかも、完全にこちらの心を見透かしている。
これはさすがに逃げられない。
「そうだね、僕も……ずっと戦ってばかりで……心のどこかでは、誰かに、信頼できる誰かに癒されたいと思っていたんだ」
「うん」
「だから、カオルに甘えさせて」
「うん。いいよ、ユウくん」
この日、僕たちは初めて、心の底から抱き合って眠りについた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる