サキュバスの伴侶は少年兵~残念美人なショタコンお姉さんとの異世界冒険譚~

あまみや

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45.了解、アレクシア

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「それじゃ出発しますかー」

 危うく一線を越えるのではないかと思うほどの、熱のこもった交流を終えて、僕たちは宿屋を発《た》つ。

 これ以上気まずくならないようにするためか、カオルは分かりやすく「さっきのことは忘れて」という態度を見せた。

 だけど、シャワーを浴びた後の火照った彼女は、より一層女性的な魅力が増していて、僕はむしろ余計な感情を持ってしまった。

 気にしないようにしていたはずの「愛してる」が、カオルの甘く爽やかな香りと共に、僕の全身を駆け回る。

 それでも、いや、だからこそ彼女の意思を無駄にしたくはなくて、僕は頭を整理して彼女の後を追った。

「うん、行こう。カオル」

 僕は今日も、この人と旅をする。


 ~~~~~

「おい、アレって……」
「ああ、『白槍《しろやり》の貴公子』でも落とせなかったという、カオルだ……」

 ギルドへ向かう道中、周囲がいつになくカオルへ畏れの念を向けていることに気づいた。
 耳を澄ましてみると、「あいつでダメなら俺なんか」や、「むしろチャンスが回ってきた」といった言葉が聞こえてくる。

「これは……」

 さすがのカオルも気後れしているようだ。

 たぶん、昨日の『カオルへの感謝を伝えるオークション』が原因でこうなっているのだけど、まさかこんなにも影響力があるなんて。

「ユ、ユウくん、白槍の貴公子って……誰?」
「僕に聞かれても……」

 ひとまず、人々が口にしている『白槍の貴公子』とやらに考えを巡らせてみる。
 けれど、そもそもこの世界に来たばかりの僕らには、それが誰かなんて分かるはずもなかった。

「白い槍持ってる人、いたような~いなかったような~。うーん、思い出せない!  私がユウくんのことで頭いっぱいだからかな?」

「カオル、それはちょっと……」

 彼女は周囲の男たちの希望を打ち砕くかのように、聞こえよがしにそう言った。

 当然、冷たい視線が一斉に僕へと突き刺さる。今までにも何度か味わってきたことだけど、今日はまた一段と鋭い視線だ。

「なんなんだあのガキは」
「あいつさえいなければ」

 ここの住人は、カオルのこととなると少年相手でも容赦がない。
 わざわざ僕が気にするようなことじゃないけど、さすがに罪悪感が湧いてくる。
 それはカオルも同じだったみたいで

「か、かわいい弟の成長を見届けるまでは、おちおち恋愛もしてられないからね」

 と、取り繕った。

「うん————お姉ちゃん」

 僕もそれに乗っかり、目の前で繰り広げられる惚気のろけは、ただの姉弟愛であるということを必死にアピールする。
 その甲斐あってか、棘のある視線は少しずつ収まっていく。

 ……でも代わりに、の鼻息が一段と荒くなってしまった。

 生暖かい空気をごまかすために、僕は質問を投げかける。

「そうだ。聞きたいことがあったんだけど」

「ん?  なんだいユウくん。なんでも聞いて?」

「アドラと戦ってた時、僕に『マナを頼む』って言ったよね、覚えてる?」

「ああ、そういえば言ったね」

「どうして、僕がマナを送ってるって分かったの?」

 話題を変えるための質問だったけれど、これは僕の中でずっと気に掛かっていた内容でもあった。

 カオルは真剣な面持ちで、うーんと唸り答えあぐねる。

「なんというか、そんな気がしてたんだよ。以前のスライム戦で私が魔法を使った時、ユウくんの方から何かエネルギーが送られているように感じたんだ。で、昨日それを改めて確かめたってわけ」

「あ、あんな土壇場で」

「おおっぴらに魔法を使うわけにいかない以上、あれが絶好の機会だったんだよ。ついでに、詠唱が必要不可欠かどうかも試した」

 あの揺れる山道での戦闘をまざまざと思い出す。確かに、彼女は詠唱を行わずに魔法を放っていたはずだ。そして、それは成功した。

「仕組みを完全に把握したわけじゃないが、とにかく、魔法を使うには君がいなきゃダメってことだけは確かだ。だから、これからもよろしく頼むよ、ユウくん」

 惚気でもなんでもなく、ただただ真面目に頼まれた。

 カオルは時折こうして、冷静な科学者としての一面を見せる。その切り替えの早さには毎回驚かされるけど、この瞬間のカオルはまさしく頼れる大人だから、隣にいてすごく安心できる。

「ね、ね、ユウくん。今の私めちゃくちゃカッコよくなかった?  キリッ……って感じで!  どう?  惚れなおした?  ねえ」

「う、うん」

 安心できる……と思いたい。


 ~~~~~

 そうして他愛もない会話を繰り返すうちに、ギルドへ着く。
 ちょうど同じタイミングで、向こうからマルカもやってきた。

「おはようございま~す!」

 マルカはいつも僕たちに明るく挨拶をしてくれる。
 彼女を見ていると、僕もカオルも、自然と返事が明るくなるんだ。

 たったこれだけで、マルカには人を笑顔にする能力でもあるのかと思ってしまうほど、この場には幸せな空気が流れていた。

「聞いてくださいよぉ~カオルさん」

 そんなマルカが、ややうんざりした様子で切り出した。

「ここに来るまでの間に、たくさんの男の人から声をかけられたんですよ。『お前、カオルと仲良いんだろ、あいつの好きなタイプを聞いといてくれないか』みたいに。カオルさんの人気、すごいことになってますよ」

「それは苦労をかけたね。そいつらには、私は純粋な少年が大好きだと言っておいてくれ。ついでに、マイブームは弟と一夜を共にすることだと伝えてほしい」

「あはは!  応える気ゼロですね~」

 カオルのまるでブレない返答を聞いて、マルカは気疲れが吹き飛んだかのように笑った。

 こういう時、女性同士だと嫉妬やらなにやらで関係がこじれてしまうのではないかと不安に思ったけど、それは杞憂だったみたいだ。


 力の抜ける絡みもほどほどに、3人でギルドに入る。
 朝早くだというのに、中は幾人もの冒険者でごった返していた。

 カオルが姿を現した途端、ギルド内の空気が張り詰める。
 冒険者たちにとって、カオルはどんな獲物よりも価値のある人物だと言わんばかりに、雰囲気がギラついていく。
 中には、カオルを見て舌打ちする女性冒険者もいた。

 でも、誰もカオルに近づこうとはしない。彼女の出方を伺っているらしい。

 そんな熱くよどんだ空気を肩で切り、抜群のスタイルを輝かせながら、カオルは真っ直ぐ進む。
 僕とマルカはそのすぐ後ろだ。

 カオルの側にいることを許される立場であることが、なんだか誇らしい。

 向かう先は、支部長のいるカウンター。こちらにも、まずは挨拶。

「おはよう、支部長。歓迎されてるのかされてないのか判断できないムードだったが、とりあえず入らせてもらったよ」

「はいよ、おはようさん。ったく、お前さんやりすぎだぜ。昨日だけで一体どれほどの男を手懐けたんだ?」

「手懐けたなんて。私が何かしたとでも言いたいのかな?」

「おいおい、俺にはああいう話し方はしてくれないのかよ」

「あら、こっちの方がお好みですか?」

「いや、いい。調子狂う」

 支部長はカオルの雰囲気に流されることなく、冗談混じりに言葉を交わす。
 もしかすると、彼が一番カオルと接するのが上手いのかもしれない。

「それは置いといて、お前らに渡すモンがあんだよ」

 絶妙な距離感で話していた支部長が、不意に机の下から何かを取り出した。

「ほら、坊主と嬢ちゃんの分も。これが、冒険者としての証だ」

「証?」

 彼から渡された物は、紐の先端にダイヤ型の石が取り付けられたペンダントだった。

「その石に、光れって念じてみな」

「念じる?  こ、こうでしょうか……」

 3人で、言われるがままに念を込めてみる。すると、石が淡く白い光を放ちだした。

「よし、大丈夫みてえだな。これでお前らは、他所でも自分たちの身分を証明できるようになったぞ。ちなみに依頼をこなしていくにつれて、光の色も変わっていく。ギルドで依頼の成否を記録するたびに、そっちにも情報が行くようになってるんだ」

 支部長はカウンター上の大きな水晶を叩きながら、「どうだスゲエだろ」とアピールしてくる。

「へぇ、便利だね」
「これで堂々と冒険者を名乗れますね!」

 僕とマルカは、この証を得られたことを素直に喜んだ。
 しかしそんな僕たちを尻目に、カオルは支部長へと文句を言う。

「こんなのがあるなら最初で渡してよ」

 いきなり文句はどうかと思うけど、彼女の言うことはもっともだ。身分証というのは本来、依頼を受ける前には渡しておく必要がある。

「気持ちは分かるが、これは魔道具だからな。特別な連中にしか作れねえんだよ。おまえらの登録をギルド本部に申請して、本部が貴族に石の作成を依頼する。それを経て初めてこっちに届くんだ。必要以上に作らせるわけにもいかねえからストックなんて無いし、どうしても時間がかかっちまう」

「うーん、そんなんでいいのか……」

 カオルは渋々と納得した。

 の価値観で見れば、セキュリティ的にかなり問題があるシステムだ。でもこれがこの世界の常識なら、受け入れるしかない。

「まあどうせ初心者のうちは身分を証明する機会なんて来ねえから心配するな。むしろそれを求められるのは名前が売れてからだよ。有名な冒険者をかたる偽物が出始めるからな」

「それを色で判断するわけか。本物ならそれなりの色になる、と」

「そういうことだ。偽物の中には証を盗もうとする奴もいる、だからそれは絶対に失くすな。不用意に見せびらかすのもダメだ。常に懐にでもしまっておけ」

「概ね理解した。なるほど、ハンターライセンスみたいなものか」

「あ?  なんだそりゃ」

「こっちの話。説明ありがとう支部長」

 僕たちの世界とは違うベクトルで進歩した技術の説明を受けて、カオルはようやく引き下がった。

 僕たちは早速、証を大切にしまいこんで身につける。


「さて改めて、冒険者ども、今日はどの依頼を受ける?」

「そうだなぁ——」

 証を得て初めての、記念すべき依頼。どんなものを受けようかとカオルが掲示板に目を向けた、その時だった。


「失礼、貴殿がカオル=サキヤで間違いないか」

 ギルドの奥にある椅子に座っていた男性が近づいてきて、カオルに話しかけてきた。

 彼は白い鎧に身を包んだ壮年で、しわの刻まれた顔と、重くのしかかるような声には、とてつもない威圧感があった。

「そういうあなたは?  まさか、あなたが白槍の貴公子さんですか?」

 見覚えのない男に声をかけられ、カオルは落ち着きながらも警戒した様子で喋る。
 僕とマルカも、下手に動くことはできないでいた。

「申し遅れた。私は衛兵隊第3師団長、ブロト=ヴァンハイムだ」

 見た目に負けず劣らず、重々しい名前。彼はその名を、芯の通った声で告げた。

 カオルが衛兵に迫られているという状況を受け、ギルド内にはまた別の緊張が走る。

 遠巻きにカオルを眺めていただけだった人たちも、その会話に耳を傾けずにはいられない様子だ。

「衛兵隊……ということは、アドラ=アバローナの上司さんか。どういった御用で?」

 ブロトさんが衛兵だと名乗った瞬間、僕もアドラのことが思い浮かんだ。

「いかにも。そのアドラの件で、より言伝ことづてを預かっている」

「!」

 総司令、それはつまり、カオルの後輩。
 きっとカオルの味方だと思っているけど、言伝とは……?

 冷や汗をかきながら、ブロトさんの挙動を見守る。
 彼は腰に着けた鞄から、一枚の紙を取り出した。

「読むぞ」

 折り畳まれた紙を広げながら、彼はゆっくりと息を吸う。
 それに反応するように、僕たちは唾を飲み込んだ。

「『カオル=サキヤ殿、先日は我が同胞、アドラがとんだ無礼を働いた。衛兵隊総司令の名において、心よりお詫び申し上げる。差し支えなければ、一度お会いして、改めて話がしたい』とのことだ……」

 予想通り、カオルが罪に問われるようなことはなくて、僕たちはホッと息を吐く。

 周りのみんなはその逆で、衛兵隊総司令が謝罪するほどの事態に驚愕していた。
 カオルへの畏怖の念が、さらに強まっているように感じる。

 しかしながら、ブロトさんはむしろ怪訝けげんそうにカオルを睨みつけていた。

「アドラが戻ってきた時、奴はひどく怯えていた。悪魔に殺されると言ってな。そして事情を知った総司令は、なぜか謝罪の手紙をよこした。こんなことは前代未聞だ。まるで理解できん……カオル=サキヤ、貴殿は何者だ?」 

魔だなんてとんでもない。私はかけだしの冒険者に過ぎませんよ。証見ますか?  ほら。ふふ、早速使う機会が来てしまいました。」

 息が詰まるほどの凄みを意に介さず、カオルは証を取り出す。その仕草は、彼女が淫魔であるとは到底思えないほどに淑やかだった。

「…………。」

「わかっていただけました?」

「……今回は引き下がる。元よりこの件は総司令が預かる故、余計な詮索は不要とのお達しなのでな。だが、我々は貴殿を疑っているということを胸に留めておけ」

「ええもちろん。ところで、総司令は今どこに?」

 話が一段落し、総司令についての話題に移る。

 ずっと心配していたことがようやく解決して、僕とマルカは顔を見合わせ息を吐いた。一安心。

 ここからは、カオルの目的に向かって再スタートだ。

「現在は『ファクタ』におられるそうだ。しかし総司令は様々な現場を転々とする方なのでな、貴殿が到着した時もそこにいるかは分からない」

 ファクタ……初めて聞く場所だ。旅の行程や資金をしっかり練る必要があるかもしれない。でも、これで当面の目標ができた。

「ったく、人を呼び出しといて待たないなんて。そんなんでよく総司令が務まるな……あの子らしいっちゃらしいが……」

「何をボソボソ言っている?」

「いえ何でもありません。それで師団長さん、私の方からも伝言お願いしたいんですけど、いいですか?」

「……よかろう」

「ありがとう。じゃあ」

 そう言うと、カオルはカウンターから紙を貰い、サッとペンを走らせた。
 そこに書かれていたのは

「『jawohlヤボール,Alexiaアレクシア(了解、アレクシア)』って、伝えてください」

「ヤボールアレクシア?」

 その言葉に、ブロトさんは眉をひそめる。

 僕も意図が分からなかった。
 確か総司令の名前は『エルゼ』だったはず。なのに、アレクシア?  それにあれはドイツ語?

「大丈夫、総司令に渡せば全部理解してくれますよ」

 僕たちの困惑に応えるように、カオルはほくそ笑んだ——。
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