31 / 99
第三章「異性を魅了する花の話」
7
それから瞬く間に一ヶ月が過ぎて、今日は王都へと出立する日。私は馬車に乗る前から顔面蒼白で胸元を抑えていた。
「フィリア、大丈夫か?気分が悪いのか?」
「いえ、違います。ここに来るまでが大変だったので、先に酔ったふりをしていれば体がそれに慣れたら少しはましになるかなって」
「まったく意味が分からない」
旦那様が私の腰元を支えながら、心配そうに瞳を揺らす。この一ヶ月で、なせが私と彼の距離はぐっと縮まったように思う。それは男女の仲というより、まるで兄妹みたいな意識に近い。旦那様は意外と世話好きで、私が庭園で自然を満喫している時にふらりと現れては、ブルーメルのことを色々教えてくれた。
自然豊かで気候が安定していて、領民同士も争い事が少なく、助け合って暮らしているのだとか。クイネ先生から聞いた話では、旦那様が陳情に細かく目を通していて、困りごとを放っておいたりしないおかげでとても住み心地が良いと、皆ヴァンドーム辺境伯家には感謝と尊敬の念を抱いているらしい。
一方であまり表舞台が好きではないと思われているみたいだけれど、それはきっと香りのせいなのだろう。旦那様にそんな気はなくても、否応なしに惹きつけてしまう。私は、花香より彼自身の魅力も大いに関係していると思うけれど、そう言っても信じてもらえない。
大旦那様と顔を合わせる機会はさほど多くないけれど、女主人としての役目を果たしていない私にも優しくて、やっぱり少し胸が痛んでしまうのだった。
「旦那様。私なら大丈夫ですから、どうぞ先に馬車へ乗ってください」
「じゃあ、中から手を伸ばして乗り込む君を支える」
「えっ、同じ馬車なのですか?」
単なる疑問だったのだけれど、彼はなぜか石でも投げられたような顔をしてみせる。
「そのつもりだったけど」
「行きが別々でしたので、てっきりお一人が好きなのかと思っていました」
ブルーメルから王都まで、休憩や宿泊を挟んでもかなりの日数がかかる。誰かに気兼ねしたくないという気持ちは、ちっともおかしなことではない。
「……フィリアは、別々の方がいいか?」
「もちろん一緒でも構いませんが、きっと醜態を晒してしまうと思います。ここへ来る時も、それはそれは酷い顔だったでしょうから」
思い出すだけで、足がふらつきそうになる。またあの体験をすることになるかと考えると、正直部屋に籠城したい気分だ。
「それなら、答えは決まった。一緒に行こう」
「よろしいのですか?」
「道中具合が悪くなったら、僕が看病する」
きりりとした表情でそう言った彼は素早く馬車に乗り込むと、先ほどの言葉通りに入り口からこちらに向かってまっすぐに手を伸ばす。
「おいで、フィリア」
「は、はい。ありがとうございます」
なんだか妙にむず痒い気分になりながらも、私はその手を取った。すらりと長い指に固い掌、私より体温が高くて温かいなと、そんなことをぼんやり思った。
「フィリア、大丈夫か?気分が悪いのか?」
「いえ、違います。ここに来るまでが大変だったので、先に酔ったふりをしていれば体がそれに慣れたら少しはましになるかなって」
「まったく意味が分からない」
旦那様が私の腰元を支えながら、心配そうに瞳を揺らす。この一ヶ月で、なせが私と彼の距離はぐっと縮まったように思う。それは男女の仲というより、まるで兄妹みたいな意識に近い。旦那様は意外と世話好きで、私が庭園で自然を満喫している時にふらりと現れては、ブルーメルのことを色々教えてくれた。
自然豊かで気候が安定していて、領民同士も争い事が少なく、助け合って暮らしているのだとか。クイネ先生から聞いた話では、旦那様が陳情に細かく目を通していて、困りごとを放っておいたりしないおかげでとても住み心地が良いと、皆ヴァンドーム辺境伯家には感謝と尊敬の念を抱いているらしい。
一方であまり表舞台が好きではないと思われているみたいだけれど、それはきっと香りのせいなのだろう。旦那様にそんな気はなくても、否応なしに惹きつけてしまう。私は、花香より彼自身の魅力も大いに関係していると思うけれど、そう言っても信じてもらえない。
大旦那様と顔を合わせる機会はさほど多くないけれど、女主人としての役目を果たしていない私にも優しくて、やっぱり少し胸が痛んでしまうのだった。
「旦那様。私なら大丈夫ですから、どうぞ先に馬車へ乗ってください」
「じゃあ、中から手を伸ばして乗り込む君を支える」
「えっ、同じ馬車なのですか?」
単なる疑問だったのだけれど、彼はなぜか石でも投げられたような顔をしてみせる。
「そのつもりだったけど」
「行きが別々でしたので、てっきりお一人が好きなのかと思っていました」
ブルーメルから王都まで、休憩や宿泊を挟んでもかなりの日数がかかる。誰かに気兼ねしたくないという気持ちは、ちっともおかしなことではない。
「……フィリアは、別々の方がいいか?」
「もちろん一緒でも構いませんが、きっと醜態を晒してしまうと思います。ここへ来る時も、それはそれは酷い顔だったでしょうから」
思い出すだけで、足がふらつきそうになる。またあの体験をすることになるかと考えると、正直部屋に籠城したい気分だ。
「それなら、答えは決まった。一緒に行こう」
「よろしいのですか?」
「道中具合が悪くなったら、僕が看病する」
きりりとした表情でそう言った彼は素早く馬車に乗り込むと、先ほどの言葉通りに入り口からこちらに向かってまっすぐに手を伸ばす。
「おいで、フィリア」
「は、はい。ありがとうございます」
なんだか妙にむず痒い気分になりながらも、私はその手を取った。すらりと長い指に固い掌、私より体温が高くて温かいなと、そんなことをぼんやり思った。
あなたにおすすめの小説
俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます
さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。
望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。
「契約でいい。君を妻として迎える」
そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。
けれど、彼は噂とはまるで違っていた。
政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。
「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」
契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。
陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。
これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。
指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
【完結】『運命』を『気のせい』と答えたら、婚姻となりまして
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
ヴォレッカ・サミレットは、領地の危機をどうにかするために、三年ぶりに社交界へと婚姻相手を探しにやってきた。
第一にお金、次に人柄、後妻ではなく、できれば清潔感のある人と出会いたい。 そう思っていたのだが──。
「これは、運命だろうか……」 誰もが振り返るほどの美丈夫に、囁かれるという事態に。
「気のせいですね」 自身が平凡だと自覚があり、からかって遊ばれていると思って、そう答えたヴォレッカ。
だが、これがすべての始まりであった。 超絶平凡令嬢と、女性が苦手な美丈夫の織りなす、どこかかみ合わない婚姻ラブストーリー。
全43話+番外編です。
【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ!
完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。
崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド
元婚家の自業自得ざまぁ有りです。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位
2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位
2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位
2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位
2022/09/28……連載開始
突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。