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生まれて初めて聞かれたこと

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大神官様が仰っていた。深淵の魔王は極悪非道で、自身に仇なす者がいれば容赦なく殺すと。

少し前には深林から姿を消したらしいという噂も立っていたけれど、今目の前にいるということは、あの噂はデタラメだったのだろうか。

「…」

何にせよ私は、殺される。

その為に、ここまで連れてこられたんだ。

今すぐか、それとも拷問を受けてからか。考えただけで身体の芯が冷えていく。

今更ながら恐怖でがちがちと奥歯が鳴り、気を抜けば今すぐにでも膝から崩れ落ちてしまいそうだった。

(いっそ殺される前に、このまま舌を噛んで…)

「あのさ。もしかしてなんか変なこと考えてねぇか?」

魔王・アザゼルは、ずいっとこちらへ顔を近付ける。瞬間ふわりと、なぜだか嗅いだことのある香りが鼻をくすぐった気がした。

それが何なのかまで考える余裕は、今の私にはない。

「…このまま大人しく、貴方に殺されるわけにはいきません」
「はぁ?何言ってんだ?」
「適当なことを言って油断したところを、魔物にでも食わせるつもりですか?」

あまり意味はない気がするけれど、私はありったけの侮蔑を込めて彼を睨みつける。

この国の民を苦しめる、憎き魔王。

一瞬でも気を許してしまった自分が、情けなくて泣けてくる。

「聖女様は何を勘違いしてんのか知らねぇけど、別に殺す気も食わす気もない。ま、別の意味でなら、今すぐ俺が食いたいけど」

意味ありげにニヤついて、赤い舌をちろりと覗かせる。

(…やっぱり)

「私を食べて、民から聖女の力を奪おうというのですね」
「いや、そういう意味じゃねぇんだけど」

なぜ私がそんな顔をされなければならないのか、ちっとも理解できない。

「まぁいいや。この国の奴隷として生きてきた聖女様は、まだまだ分からないことだらけでしょうし?これから俺が、傍でじっくり教えてやるから」
「…なんて言い草なの」

奴隷だなんて。そんな言い方、この国の為に尽くしてきた歴代の聖女様まで侮辱しているようで、とてつもなく腹立たしい。

あの金色の瞳を一瞬でもオーロと重ねてしまうなんて。こんな恐ろしい魔王など、優しいあの子とは似ても似つかないというのに。

汗でぐっしょりと濡れた掌をぐぐっと強く握り締め、魔王を睨めつけた。本当はどうすればこの場を切り抜けることができるのか、全く策が浮かばず焦っている。

(絶対、そんな姿晒すものですか)

瞳だけでも、気丈を装わねば。

私は、この国唯一の聖女なのだから。

「聖女様…いや、イザベラ」
「…気安く名前を呼ばないで」
「いーや、呼ぶね。俺がそう呼びたいんだから呼ぶ。何が悪い?」

とても自分勝手な物言い。やはり魔王とは、他人を慮ることもできない傍若無人で卑劣な性分なのだろう。

「なぁ、イザベラ」
「…」
「今日の夕飯、何食いたい?」

(は…?)

彼の言葉の意味を理解するのに、しばらく時間がかかってしまった。

私の反応を見ながら愉しげに瞳を揺らす目の前の彼の意図が掴めず、どう反応すればいいのかも分からなかった。
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