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初めての木登り

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いつまでそうしていただろう。澄みきった青い空がすっかり色を変えてしまっても、私はまだそこに座っていた。

両脚をぷらぷらと揺らして、風に好き勝手させる。時折自身の長い髪の毛が頬をくすぐるから、その度に小さく笑みを溢した。

「なぁ、飽きねぇの?」
「はい、全く」
「ふうん」

素晴らしい景色と心地よさにすっかり忘れていたけれど、私は一人ではなかった。現に今も尚、私は彼の腕を掴んでいるのだから。

「…すみません。自分勝手にこんな」
「お前の気が済むまでいればいい」
「どうして…」

そんなに優しいの。という表現は、間違っているのかもしれない。彼には彼の打算があって、その目的の為に私といるだけなのかもしれない。

(どうしよう…それでもいいと、思ってしまうわ)

それ程に、彼は優しいのだ。理解のできない部分も多いけれど、魔王は決して私に“聖女”を求めない。

今までは、何より恐れていたことなのに。

「ありがとうございます、アザゼル様」
「…ん」

黒髪の隙間から覗く彼の耳が紅く染まったように見えるのはきっと、目の前で燃える夕焼けの所為。

だってそうでなければ、私の耳まで紅く染まってしまうから。普段は強引で傲慢なくせに、こういう時の反応はやけに初々しいから困る。

(この人は、今までどんな人生を歩んできたんだろう)

ふと、そんなことを考えた。

すっかり夕日が落ちてしまっても、私はまだそこにいた。すると隣から、ふわりとジャケットを肩にかけられる。

「あ、あの…」
「だいぶ冷えてきたからな」
「ですが、アザゼル様が風邪を引いてしまいます」

どうせ私の体は、明日になれば元通りになる。

「お前が引くよりマシだろ」

(だからどうして、そんな…)

聖女の体質を、知っているくせに。

肩に掛けられたジャケットがとても暖かくて、私はもうそれを手放すことができないかもしれないと思った。




ーー

「馬鹿ですか貴方は。いえ、馬鹿ですよね失礼しました」
「…イアンお前、ふざけんなよ」
「ふざけているのは貴方ですよアザゼル様」

イザベラがすっかり満足してしまう頃には、もうとうに夕食時を過ぎていた。彼女はそれ程夢中だったようで、顔面蒼白で何度も謝罪を繰り返していた。

それでもその頬は紅く上気していて、余程楽しかったのだろうというのが雰囲気から伝わってきた。

彼女が自室に戻った後で、アザゼルは膝から崩れ落ちる。

「腰いってぇ…」
「そりゃあ、朝から晩まで木の枝に座ってりゃそうなりますよ」

イアンはそのバイオレットの瞳で冷ややかにアザゼルを見下ろしたが、最終的には彼の腰に薬草でこしらえた薬を塗ってやった。

「夢中になって目ぇキラキラさせて、可愛かったよなぁアイツ」

自身は全く動けないくせに、やたらと満足そうな表情。腹の立ったイアンは、手が滑ったフリをしてその腰に手刀を落とす。

悶絶するアザゼルに、イアンはふをんと鼻を鳴らした。
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