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結局は見せつけただけ

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この方が、アレイスター・グラファト様。ロココさんが“お師匠様”と呼んでいる、とても偉大な魔術師。

雰囲気に呑まれぼうっとしていた私は、我に返るとすぐさま勢いよく頭を下げた。

「その節は命を救っていただき、本当にありがとうございました!」
「おや。私が貴女の命を救った?」
「アザゼル様が下さった薬は、貴方様がお作りになられたものだと聞き及びました」
「薬…ああ、あれのことか」

グラファト様は視線を空に彷徨わせ考える仕草をした後、思い出したようにぽんと手を合わせた。

「アザゼルに頼まれた時は使い道などないだろうと思っていたからね。あれを使うと決めたのはアザゼルだから、貴女の命を救ったのはアザゼルだということだね」
「アザゼル様にももちろん感謝しております。あの時私に薬を飲ませて下さらなかったら…」

瞬間、自分が彼にどのようにして薬を飲まされたのかを思い出し、勝手に顔が熱を持ち始める。

「どうされたかな、イザベラ嬢?」
「あ…っ、いえ何でもありません!」

とても口に出来ることではない。ぶんぶんと首を左右に振り、あの日の映像を頭から退かそうとした。

「ああ、何となく分かったよ。アザゼルがどうやって貴女に薬を飲ませたのか…その方法が」

細くて長い綺麗な指が、こちらへ伸びてくる。それが私の頬へ触れる直前、アザゼル様の大きな掌が私の顔を庇うように覆った。

「コイツは俺んだ。手ぇ出すな」
「おや珍しい。人嫌いのアズがそんなことを言うなんて」
「お前がアズって呼ぶんじゃねぇよ」

背中に私を隠しながら、彼はグラファト様を睨めつけている。私のせいで仲が壊れてしまうのではと、はらはらしながら二人を交互に見やった。

「イザベラ嬢。そんな顔をなさらなくても心配はいらないよ。私とアザゼルは運命共同体だから、喧嘩したりはしない」
「気色悪いこと言ってんじゃねぇ!」
「相変わらず照れ屋さんだね」

アザゼル様とグラファト様の態度は正に正反対だ。一方は牙を剥き出しにして臨戦態勢、一方は舞い散る緋色の花びらを見ながら優雅に目を細めている。

「そんなにムキにならないで。ちょっとした挨拶じゃないか」
「うっせえ、もうイザベラに近づくな」
「余程大切なんだね」
「ああそうだ、悪いかよ」

一切誤魔化そうとせず、彼はふんと鼻を鳴らして私の肩を抱く。恥ずかしさのあまり、私はしゅるしゅると体を縮こませる思いだった。

「あの“深淵の魔王”にも護るべき者が出来たのだと、むしろ感慨深いね」
「誰目線なんだよ」
「出来の悪い息子が巣立ってしまったようで、何だか寂しいなぁ。イアン、こちらへきて慰めておくれ」

遠慮します、と食い気味に即答したイアンの表情は、いつもよりもずっと堅いように見えた。

「アザゼル様、見てくださいこの景色!とても綺麗です!」

私達がこんなやり取りをしている最中にも、花びらと小雪はひらひらちらちらと舞っている。再びその美しさに目を奪われ、私はアザゼル様の外套の裾をくいと引いた。

「ああ…そうだな」

彼は目を細めながらこちらに指を伸ばすと、頬についていたらしい花びらを優しく取ってくれた。

「…ほう。これは予想以上だ」

ふしゅうぅ…と湯気が出そうになっている私の耳には、グラファト様のそんな呟きは届かなかった。
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