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互いの思惑

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ひゅうひゅうと息の上がった胸に手を当て、私は自身の体に治癒を施す。万全の状態でハネスと対峙しなければと思う反面、階下で戦う仲間達のことを思うと、胸が潰れそうな思いだった。

(アザゼル様…っ)

胸の上で揺れるペンダントを握り締め、私は一直線に彼の元を目指す。策略だろうと罠だろうと、アザゼル様を助けないという選択肢は、私には存在しなかった。

「…ここだわ」

振り返るとそこには、私が返り討ちにした大勢の団員達が倒れている。極力命を奪わないよう配慮して戦ったつもりだが、それも確実ではない。

(…こんなこと、間違ってる)

聖女の力は、本来民の為にあるべきもの。こんな風に誰かを傷つけるなど、スティラトールの女神様はきっと赦してはくれないだろう。

それでも、私は先へ進む。

大切だと思うことは、この掌で掬うものは、私自身が決めるのだ。

目の前に聳える鉄の扉は、まるで導いているかのように少しだけ隙間が開いていた。

「…」

慎重に、ゆっくりと中へ体を滑らせる。そこはどんよりと薄暗く、自身が照らす光がなければきっと何も見えなかっただろう。

空気感が重苦しい。ただ呼吸を繰り返しているだけなのに、ゆっくりと首を絞められているような恐怖が私の身体にのしかかる。

(呑まれては、ダメ)

自身の身がどうなろうと、そんなことには慣れているのだ。

「アザゼル様!」

その部屋は、本当に殺風景だった。土や石で固められた、ただの四角い空間。それがより一層不気味な雰囲気を増長させている。

灯り取り窓すらないこの空間で、真ん中にぽつんと置かれた頼りない椅子。そこに縛られているのがアザゼル様だと、近付いて初めて分かった。

「それ以上近付いたら殺すよ」
「…っ」

この場にそぐわない可愛らしい声色。ステイプ伯爵のお屋敷で遭遇した、狂気の人物。

「グロウリア・ハネス…」
「仮にも公爵を呼び捨てなんて、聖女様はよっぽどお偉いんだね」

可愛らしい笑みは、やはり場にそぐわない。

アザゼル様の背後に立ち、金色の瞳でこちらを見つめている。

「ようこそおいでくださいました、聖女イザベラ様。再び貴女に会えることを心待ちにしていたんですよ」
「…私は二度と会いたくありませんでした」
「辛辣だなぁ」

口元に手を添え、くすくすと笑う。この男はこうしていると本当に、あの悪名高き西ヒスタリア帝国魔術師団団長なのかと、疑いたくなる。

「道中はお疲れ様でした、聖女イザベラ。肩慣らしにはちょうど良かったでしょう?」
「なんですって…肩慣らし…?」
「そう。彼らは代替品、それに少々忠誠心に疑問があったからね。貴女方にとっても僕達魔術師団にとっても、ちょうど良かったんですよ。あ、途中黒くてでかいのがいたでしょ?あの男だけは違いますけど」
「…っ」

(なんて卑劣なの…っ)

思わず力が入り、口内に鉄錆の味が広がっていく。主君の為必死で戦い、そして地に伏していた彼らの姿を思うと、やり切れない。

「そんな顔をするなら、攻撃しないであげたら良かったのに。聖女様は矛盾してるなぁ」

まるで全てを見透かしているかのような表情。この場を支配しているのは自分だと言わんばかりの、傲慢な態度。

「自ら飛び込んでやった、わざわざ捕まってやったと思っているかもしれませんが、それはこっちも同じなんだよ」

にたりと口角を上げるハネスは、勝利を確信しているような口振りだった。
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