一心君は、人狼です!

清澄 セイ

文字の大きさ
10 / 33
第三章「昔の彼と、今の彼」

しおりを挟む
 学校が終わり家に帰ったわたしは、着替えてからキッチンに立つ。お店の開店時間になり、お母さん達は今仕事中だ。

「今日はなにを作ろうかな」

 一心君は病み上がりだし、まだ体に優しいものの方が食べやすい気がする。お粥やうどんは飽きただろうし、なにか違うもの…

「そうだ、チキンスープにしよう!」

 チキンスープは、海外では風邪や体調を崩した時によく食べられてるって、わたしがいつも見てる料理動画チャンネルのシェフが言ってた。これなら消化にもいいし、食べやすそう。

 そうと決まれば早速準備だと、わたしはお気に入りの黄色いエプロンを身につける。

「えーっと、人参とキャベツとあとは…」

 しっかり手を洗ったあとは、食材の準備。鶏肉と野菜を小さく切って、油を敷いた鍋にニンニクと鶏肉を入れて焼き色がつくまで炒める。

 それから水を加えて丁寧にアクを取って、人参、キャベツの順番で入れる。味付けは、鶏がらスープと塩コショウ。

 あとは煮込んで完成なんだけど、これだけだとちょっと物足りない気がするなぁ。

「そうだ、確かパスタあったよね!」

 パン!と手を叩くと、戸棚を開けてゴソゴソ探す。お目当てのものを見つけて、思わずニヤッと笑いがこぼれた。



 ダメ元で一心君の部屋に行き「一緒に食べない?」と誘うと、彼は無言で頷いてくれた。てっきり断られると思ってたから、嬉しいのとドキドキが混ざって声が裏返りそうになった。

 一心君と一緒に食卓を囲めることが嬉しくて、ガマンしてても勝手に顔がにやけちゃう。

 今日のメニューはチキンスープにパスタを合わせた、チキンヌードルスープ。パスタにも色々種類があるんだけど、わたしが使ったのは茹で時間が短くて細いタイプのもの。それを短く折って、スープにそのまま入れた。

「いただきます」

 丁寧に手を合わせてから、スープを一口飲む。野菜の甘味と鶏肉の旨味が口いっぱいに広がって、お腹の中がフワッとあったかくなる。パスタにも染み込んでいて、いくらでも食べられそうだ。

 我ながらおいしくできた気がするけど、どうしても一心君の反応が気になって無意識のうちにチラチラ見てしまう。

「なに」
「あ、味つけ…大丈夫かなって」
「おいしいけど、別に」

 ぶっきらぼうな言い方だったけど、その一言がビックリするくらいに嬉しい。

「よかったぁ…っ」

 ホッと胸を撫で下ろしたわたしを見て、一心君がスプーンを置いた。

「…この間のは、ただの八つ当たりだった」
「い、一心君」
「…悪かったと思ってる」

 かろうじて聞き取れるくらいの、小さくて掠れた声。それでもじゅうぶん気持ちが伝わってきて、心がジンワリとあったかくなる。

「わたしの方こそ、また会えたことが嬉しくて一心君の気持ちをちゃんと考えられてなかった。家族とも離れて、記憶もなくして、不安に決まってるよね。ごめんね、一心君」

 彼と同じようにスプーンを置いて、まっすぐ視線を向ける。ニコッと笑うと、一心君はそっぽを向いた。

「…なに笑ってんだよ」
「嫌われてないなら、嬉しいなって」
「俺は人間は嫌いだ」
「でも、わたしと向き合ってくれた」

 一心君がここを出ていってから今まで、どんな風に生活してきたのかわたしには分からない。だからきっと、彼の全部を理解することは出来ないんだろう。

 だけどそれでも、諦めたくない。今の一心君を知りたいし、わたしのことも知ってもらいたい。忘れてしまったなら、またもう一回仲良くなりたいと思う。

「体調も良くなったみたいだし、ホントによかったよ」
「なんでお前がそんなに嬉しそうなんだよ」
「嬉しいに決まってる!高熱ですごく辛そうだったから、わたしまで悲しくなっちゃったもん」

 あの夜、一心君が泣いていたことは誰にもヒミツにしようって心に決めた。

「…なぁ」

 ふいに、一心君がぶっきらぼうな声を出す。

「なに?」
「昔ここに住んでたのは、俺と母さんだけだったんだよな?」

 そんな問いかけに、わたしは首を縦に振った。

「そうだよ。わたしと一心君が五歳か六歳くらいのころ、何ヶ月か一緒に住んでたんだ。心さんがね?川で溺れてたわたしを助けてくれて、それで知り合ったんだ」
「ふぅん」
「心さんってホントにいい人だよね。キレイで優しくて、わたしも大好きだった」
「……」

 一心君の横顔がくもる。なにか余計なことを言ったのかもしれないと、謝ろうとしたわたしよりも先に、彼が口を開いた。

「俺には、ここを出るより前のキオクがない」
「じゃあ、お父さんのことも覚えてないの?」

 一心君は、小さくうなずく。

「母さんは、いつも父さんのことと、この店の話をしてた。覚えてなかったし、なんとなく聞き流してたけど」
「心さん…」

 わたしがこんなに心配なんだもん、一心君はもっと気になってるに決まってる。小さい頃しか知らないけど二人は凄く仲の良い親子だったし、心さんが一心君に向ける笑顔はホントに優しげだった。

「俺にメモを渡す時、母さんは言ったんだ。俺と母さんがここで過ごしてたあの時間を思い出せたら、父さんを探す“カギ”になるって」
「お父さんを探す、カギ…?」
「いなくなった父さんを探して、俺が【ウルフマン】の暴走を止める」

 急な展開に、頭がついていけない。一心君がどうしてわたしにこんな話をしてくれるのか、そして彼が今なにを思っているのか、想像することしかできない。

 だけど、昔の記憶をなくした人間嫌いの一心君がメモをここにやってきた理由が、今の言葉でなんとなく分かった。

「心さんは、今どこにいるの?」
「あいつらのところにいる」
「そうなんだ…」

 心さんの優しい笑顔を思い出すと、心臓がぎゅうっと締めつけられた。

「警察とか、他の大人に相談とかは…」
「できない。多分、あいつらも今すぐ母さんをどうこうはしないと思う。表面上は仲間として振るまってるし」

 彼の黒い瞳が、固い決意を現してるみたいに揺れる。真一文字に結ばれた唇に、うっすらと噛み跡があるのが見えた。

「一心君はたった一人で、たくさんのものを背負ってるんだね…」
「…元はといえば、全部俺のせいだから」

 ポツリと呟いたその言葉の先を、一心君が教えてくれることはなかった。

「別に協力してほしくて話したわけじゃない。なにか知ってたら、教えてほしいとは思ってるけど」
「うん。わたしもちゃんと思い出してみる。なにか手がかりになりそうかことがあったら、すぐに教えるから」
「…よろしく」

 無表情のままそう言って、一心君は立ち上がる。いつのまにかカップの中は空っぽだった。

「ま、待って!」
「先に言っとくけど、同情はいらない。俺が人間に良い印象がないのは事実だし、キオクを取り戻したいのも自分のためだけだから」

 突き放すような言い方。きっとわたしの知らないところで、一心君はたくさん傷ついてきたんだと思う。わたしといることで嫌な思いをするかもしれないなら、そばにいない方がいいのかもしれない。

 だけど、一心君は話してくれた。覚えてなくても今は嫌われてても、ほんの少しでもわたしに心を打ち明けてくれた、その気持ちが凄く嬉しい。

 一心君が困ってる時は、力になりたい。そう思う感情は、今も昔もちっとも変わらない。

「わたしも協力する!できることは、なんだってする!」
「…簡単に他人を信用すると、痛い目見るぞ」
「二人は他人じゃないもん!」

 思わず大きな声が出た後、ハッとして口を押さえる。この前反省したばっかりなのに、またやっちゃった。

「ご、ごめんね一心君…」
「別に」

 チラッと彼を見たけど、相変わらずの無表情。怒ってるようには感じない。

「話してくれてありがとう。わたし、絶対誰にも言わないよ」
「…お前って、お節介なヤツだな」
「一心君はわたしの、大切な友達だから」
「覚えてないって言ってんのに」

 一心君の表情が、ほんの一瞬寂しそうに見えた。

 そのまま部屋へと戻っていった彼の背中を見つめながら、わたしは無意識にギュッと唇を噛みしめた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...