短編 春・夏編

湯殿たもと

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りんご畑

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りんご畑


りんご畑は甘い香りが漂い、白い花に包まれていた。遠くから自動車の走る音が聞こえる。本当はすぐそこ、本当に歩いて五分もすれば町があるのだが、そこのりんご畑はそんな町の喧騒からは完全に切り離されていた。

そよ風がりんご畑に生えた草や小さな花を揺らして伝わってくる。目にその波が見えるのだ。後ろの雑木林の枯れ木かこすりあうような音を立てる。

「キミ、何してるのさ」

「特に理由はないけど来ただけだよ、りんごの花も綺麗だし」

「ふぅん、それだったらりんごの花を見にきたっていうのが理由じゃないの」

「そうかもな」

はじめてここを通ったのは高校に遅刻しそうになったとき。地図で見ると遠回りしなければいけないところに、まっすぐすうっと道が伸びていたのだ。実際は雑木林やりんご畑、そして急な坂があって近道どころではなかったけど。

「ここのりんご畑は私のおじいちゃんの畑だよ、いたずらはしないでね」

「しないしない」

ほんの少しだけ不審な目で彼女は見ていたが、それ以上追及はされなかった。少し強い風が吹き、草も雑木林も揺れる。しかしりんごの木は背が低く、しっかりと根を張っているからかどっしりとして揺れなかった。

そんな様子を見ているうちに彼女はいつの間にか消えていた。

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

おれはその後、東京に引っ越してしまったからその景色を見られていない。

揺れる草、漂う香り、輝くりんごの花。

ふるさとの風は心の奥に吹き続ける。
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