花束

R3号

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赤、水色、オレンジと大きさ色も違う花火が上がっている。

花火に見入っていると視界の隅に人がいることに気がついた。

横目で見ると紺色の花の模様が描かれている白い浴衣を着た女性が花火を見上げていた。

その姿は顔までは見えないがとても綺麗だった。

こちらの視線に気づいたのかその女性がこちらに顔を向けた。

その瞬間

花火の音も下の方で聞こえる人の声も木々の揺れる音も何も聞こえなくなった。

ひと目でわかった。

中学時代から忘れることができなかった彼女だ。

彼女はあの時と変わらぬ優しい笑顔で

「久しぶり」

と言いながらこちらに歩いてきた。

僕は立ち尽くしたまま動くことができなかった。

「ひ、久しぶり」

彼女が僕の前に立った時にやっと声を出せた。

彼女は当時の面影を残しながらも大人の女性の美しさに包まれた雰囲気だった。

少しの時間お互いに何も話さないまま花火を見ていた。

そして、お互い同じタイミングで顔を見合わせた。

打ち上がる花火を横目に僕たちは話を始めた。

「中学三年の卒業式の日のこと覚えてる?」
 
「もちろん覚えているよ」

「あの時、頑張れって言ってくれたのすごく嬉しかったよ」

「違う。本当は・・・」

彼女が言い終わる前に言葉が出ていた。
 
その時不思議な感覚が僕を包み込んだ。

手には何も持ていなはずなのに両手いっぱいの花束を持っているように感じた。

彼女と離れてから様々な人と出会い様々なことを経験する度に一輪ずつ増えていったその花は長い時間をかけ大きな花束になった。

それは二人を照らす花火よりも色鮮やかで美しかった。

中学生のあの時に感じた

「何も持っていない」
という感覚は人を成長させ人生を彩る愛や友情、希望や勇気を知らない程僕が無知であったことをこの時になりようやく理解した。

僕はその花束しっかりと握り顔を上げ、彼女に渡すかのように両手を握った。

夜空にも大輪の花が咲く。

そして、彼女が優しく微笑み微かに僕の両手を握り返してくれたように感じた。

二つの花束が夏の夜風に揺れていた。
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