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5章

東国

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1.「・・・・・・は?」
 裕次郎は土下座をやめ、イザベルを見上げた。その顔には殺意どころか怒りさえも表れてはいなかった。
 ・・・・・・イザベル頭おかしくなったのかな? 元々変ではあったけどさらに悪化したのかな?
 そんなことを考えていると、イザベルが手の鎧を外し始めた。
「もういいか? いいなら鎧を着替えたいのだが」
「あっ・・・はい。どうぞ」
「なら行かせてもらうぞ。ああ、それと少し話があるのだ。着替えたら戻ってくるから待っていてくれ」
 イザベルはそう言うと部屋へと歩いていった。
「う~ん・・・意味わかんないや!」
 裕次郎はそう言いながら床に倒れこんだ。すると、横にベルがぼとりと落ちてきた。
「怒られなくて良かったですね!」
 ベルは嬉しそうに眼を細めた。裕次郎は困惑しながらも体を起こし、ベルを抱きかかえ・・・ようとしたが、思ったよりも重かったのでそのまま床に降ろし、疑問を吐き出す。
「まあ、怒られなかったのはよかったんだけど、正直意味わかんない。なんでイザベルボケたんだろうね?」
 裕次郎はベルの羽を触りながらそう訊いた。その羽は思ったよりも分厚く、滑らかだった。ベルは羽を震わせながら答えた。
「多分あれはビームの効果です。ビームで壊した物や人は最初からそうだったことになるようですね」
「・・・・・・え? だって俺サキが天井壊したこと知ってるよ?」
「それはそうですよ。裕次郎さんは蝿の王ベルゼブブの能力、『支配』を持っているんですよ? たかが過去改変程度に惑わされる理由はありませんよ」
「そう・・・なの?」
 裕次郎は正直、過去改変と支配のどちらがより強いのかよくわかっていなかった。それどころか、
『いや、過去改変の方が強そうな気がする。なんかかっこいいし』
 と考えていた。
 ベルはその様子を見ながら話を続けた。
「はい。同じく蝿の王ベルゼブブの娘である私、ビームを放ったサキ、腐ってもサタンのこいつには記憶改変は効いていないみたいですね」
 ベルは、進化し少し太くなった突起でさっちゃんを指した。
 そのさっちゃんは今だうつ伏せのままピクリとも動かない。裕次郎はさっちゃんに話しかけた。
「いつまで落ち込んでるの! もうそろそろ立ち直ったら! 悪魔でしょ!」
 裕次郎はさっちゃんをぐいぐいと揺する。しかし全く動かない。
 ・・・・・・生きてるよねこれ?
 裕次郎は不安になり、さっちゃんの脈を確認するため手を握る。
 その瞬間。
 裕次郎の邪力はさっちゃんへと流れ込んでいった。吸い尽くされる前に慌てて手を振り払う。と、さっちゃんがごそごそと動き始めた。
「危ないところだったのじゃ・・・・・・」
 意識を取り戻したさっちゃんはよろめきながらも何とか立ち上がった。
「そのまま起きなくても良かったのに・・・・・・」
 ベルはぼそっと呟いた。
 やっぱりさっちゃんに対して冷たいよなあ。
 裕次郎はそう思いながらも、さらに新しい疑問が湧いていた。
「え? なんでさっちゃん死にかけたの? ビームは当たってないよね? その後も光ってただけだし・・・」
 その無神経な質問に、さっちゃんは裕次郎を睨み付けながら答えた。
「・・・サキのビームは私の邪力を使ったものじゃ。あやつにはまだそこまでの力はない。あの角と私の邪力はまだ繋がっていたのじゃ。その後さらに角からビームを出そうとしたせいで完全に力を使いきってしまったのじゃ・・・」
 さっちゃんはそう言いながら首を振った。
「角って・・・そんなに重要なものだったの? なんならまた神の子に戻ればいいじゃん」
 裕次郎はそう訊いてみた。堕天した時に生えたと言っていたし、おそらく最近生えてきたのだろう。そんなに必要なのかな?
 その疑問に、さっちゃんは大きくため息をついたあと説明する。
「そうじゃな・・・お兄ちゃんの世界の基準で超解りやすく説明すると、神は優等生、悪魔はヤンキーじゃ。ここまではいいかい?」
「・・・・・・はあ」
「元々優等生だった私は父と喧嘩し、髪を金髪に染めてしまったのじゃ。神だけに。つまりヤンキーになったんじゃな」
「・・・う~ん・・・うん?」
「その金髪ヤンキーが黒染めの液ぶっかけられて黒髪に戻ってしまった。つまりヤンキー成分がなくなってしまったわけじゃ。しかし父と喧嘩した手前、今さら優等生には戻れないじゃろ? 今の私はそういう状況なんじゃ。どうだ? 分かりやすかったじゃろ?」
 少し元気になったからだろうか? さっちゃんは裕次郎の元いた世界で例えてくれた。
 しかし。裕次郎からしてみれば理解不能な内容が、意味不明な内容に変わっただけだった。
「・・・・・・まあ・・・いっか」
 裕次郎は考えるのをやめた。
 別に分かんなくったって死にはしないし。難しいことはわかんないし。ここは初心に帰って何のために転生したかだけ考えよう。
 その時、裕次郎は閃いた。
『あれ? 過去改変出来るってことは、ビームで服だけ消し飛ばせば元々着ていなかったことになるじゃん。服を着るって概念がなくなれば、全裸の女の子が町中を歩き回るってことじゃん!』
 裕次郎はサキの手を握り、優しく話しかけた。
「サキ、パパと一緒にお出掛けしない? 町に出よう!」
「うん! 行く!」
 その瞬間、裕次郎はサキを小脇に抱え、そのまま玄関に向かって全力ダッシュした。
 しかし何者かに襟首を捕まれてしまい、危うく意識を飛ばしかける。
「ゲホッ! オエッ!」
 涙目で振り返ると、着替えをすましたはずのイザベルが、鎧を来て立っていた。いや、正確には『部屋用の鎧』に着替えていたイザベルが立っていた
「どこにいくつもりだ。話があると言っただろう」
「ちょっと町に遊びに・・・・・・」
 裕次郎がそう言うと、イザベルは呆れたようにため息をついた。
「全くしようがない奴だな・・・なら簡潔に伝えるぞ。これから戦争が始まる。覚悟しておくのだな」
 イザベルはそう言うと、くるりと向きを変え部屋へと戻ろうとした。
「ちょっと待って! 戦争ってなに! 何で急にそんなこというの!」
 裕次郎はイザベルにしがみつき必死に尋ねる。
「なんだ? 町に行かないのか?」
 イザベルが不思議そうに裕次郎を見下ろした。
「行かないよ! いきなり戦争始まるって言われて『そうなんだ。じゃあ行ってきます』とか言うわけないじゃん!」
「そうか? まあそうだな。しかし離してくれないとどうにもならんぞ」
「あっ・・・ごめん・・・」
「いや、気にするな。実はな、裏庭ガーデンを破壊したのは敵共だったと判明したのだ」
「・・・・・・え・・・何かの間違いじゃないかな?」
 そう。裕次郎は裏庭ガーデンを破壊したのはさっちゃんだと知ってる。敵・・・ではなく妹だったような・・・
 しかしイザベルはけわしい顔をしながら反論する。
「いや、完全な証拠があるのだ。もうすでに十二使徒や魔法使いにも召集がかかっている。ザークが現場を分析した結果、敵国の人間の痕跡があったらしいのだ」
「そうなんだ・・・」
 裕次郎はそう言いながらさっちゃんを横目で見た。
 まさか敵だったとは・・・全く気がつかなかった・・・たんこぶが生えた妹だといって俺を騙してたのか・・・
 裕次郎はどうやってさっちゃんを確保しようかと考えていた。が、イザベルの話はまだ終わっていなかった。
「戦争はもう避けられない。いいか裕次郎、東国ジパングは異世界から来た転生者で構成された国で、珍しい能力や術を使う者も多いと聞く。やられないように気をつけるのだぞ」
「・・・・・・・・・・・・うん?」


 続く。






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