成長する殺人鬼1(完結)

一二の三太郎

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五章 心咲ちゃんの恋愛事情

『心咲』終了○

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 私が目を覚ますと、知らない天井が目の前に広がっていた。隣には、やつれ果てたお母さんの姿が見えた。
「......お母さん......ここどこ......」
 私は、隣に座っていたお母さんに声をかけた。
 お母さんは私の顔を見ると、口を押さえ、涙を流した。
「先生! 心咲が目を覚ましました! 先生!」
 お母さんはそう言いながら、走って部屋から出ていった。
 私はボーッとした頭で考えていた。
 そうだ。
 私はお兄さんに誘拐されて、殺されかけたんだ......。
 そう思いだした瞬間、変わり果てた姿のお姉ちゃんと、希美の姿がフラッシュバックした。
 お姉ちゃんと希美は殺された。それは紛れもない事実だった。
「......うっ......ひっく......」
 私は様々な気持ちが交錯し、涙を流してしまった。
 お姉ちゃんを殺された怒り。
 希美を殺された悲しみ。
 お兄さんが二人を殺したその事実。
 色々な気持ちがぐちゃぐちゃになって、涙として溢れだしてくる。
「心咲! 大丈夫?」
 お医者さんを連れて戻ってきたお母さんが、私を抱き締めてくれた。
「......お母さん......大切な人、みんないなくなちゃったよ......」
 私は弱々しく呟き、お母さんの胸に顔を埋めた。
「......そうかもしれない。でも、お母さんは心咲が生きていてくれて嬉しかったよ......」
 お母さんはそう言うと、頭を撫でてくれた。
「もう絶対、怖い思いはさせないからね」
 お母さんは私を抱き締めながら耳元で呟いてきた。


 ――3年後――

「お母さん! 早くしないと遅れちゃうよ!」
 私は家から出ると、元気良くお母さんを呼んだ。最近は、無理にでも明るく振る舞うように心がけている。
 私がいつまでも暗く生きていると、お母さんも暗いままだ。天国に行ったお姉ちゃんと希美も、ずっと暗いまま過ごす事を望んでいるはずがない。
 今日は高校の卒業式だ。本当に色々あったけど、周りのみんなに支えられて、何とか卒業までこじつけた。
 精神が不安定になることもあったし、自殺してしまいそうになった事もあった。
 でも、その度にみんなが助けてくれた。
 辛いはずのお母さんも、いつも私の事を気にかけてくれていた。同じクラスの卓也くんも、私の事をいつも心配してくれる。
 実はその卓也くんに、この前告白されてしまった。迷った末、返事は保留にさせてもらっている。
 希美の好きな人だった卓也くん。
 その人と付き合う事は、許されるのだろうか?
 私は悩んでいた。しかし、まだまだ人生はこれからだ。悩んでもいい。これからじっくりと考えていけばいいんだ。
 それに、お兄さんの事もしっかりと考えなければいけない。
 結局、お兄さんはあっけなく警察に捕まった。お姉ちゃんと希美以外にも、たくさんの人を殺していたそうだ。合計10人もの人間を殺したシリアルキラー。
 連日テレビで、お兄さんの起こした事件が取り上げられていた。
 様々な要因が挙げられていた。
 ゲームの影響。
 教育の不具合。
 生活環境。
 遺伝的問題。
 結局動機は分からず、裁判中もお兄さんは一切弁解しなかったそうだ。
 しかし、ただ一言だけ、
「心咲ちゃんに謝っておいてください」
 とだけいったそうだ。
 謝るぐらいなら、最初からしないでほしかった。私の大切な人たちを奪っておいて、謝っただけで許されるはずもない。
 結局、お兄さんには終身刑が言い渡された。しかし、精神に重大な疾患があるらしく、隔離病棟で今も治療中らしい。
「おまたせ。それじゃ、行こっか」
 やっと準備の終わったお母さんが出てきた。
「もう! 遅いよ!」
 私はそう言いながら、お母さんの手を握り、歩き始めた。
 今日は卒業式。晴れ姿をしっかりと見て下さい。私は空を見上げた。


 ――30分後――


 心咲が家を出た後、一人の男がポストに手紙を入れ立ち去った。
 その手紙には、切手も、住所も、郵便番号も書かれていなかった。
 そしてその手紙の内容は、後日大々的にテレビに取り上げられる事となった。



完。


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