可愛すぎてつらい

羽鳥むぅ

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第二章

19.遭遇

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 通りの向こうから、姿勢よく歩いてくる人物には見覚えがあった。ただ歩いているだけなのに動きに無駄がない。

(あれは……)

 その人物が誰か思い至ったラルフは苦々しく顔を歪めた。と、同時に一種の優越感を覚える。前から歩いてくる人物―—フレッドよりもチェルシーとは和やかに会話していたのだから。
 しかしこの道をフレッドが真っ直ぐ行ってしまえば、チェルシーと別れた通りに出る。彼女に会えたら二人して同じ馬車で屋敷に帰るのだろうか?悔しいが二人は夫婦である。
 そう考えたラルフだが、いや、まてよ、と小さく頭を振る。

 チェルシーがここを通ったなんて知るはずもないから、フレッドがここに来たのも偶然だろう。今朝から母に行き先を事細かに尋ねて、会食後に劇場付近に足を向け、母たちから聞き出した情報で以ってチェルシー追って来たなんて、ラルフは知りようもなかった。そんな情熱があるようには一切見えない、それがフレッドである。


 フレッドとの距離が近づくにつれて、ラルフは対応を考えあぐねていた。一応家同士の交流もあるし、幼いころから顔は知っている。ただし話したことなど殆どない。なんせ話しかけても会話が続かないのだ。幼少期に芽生えた苦手意識は、なかなか消えてはくれないものである。

 パーティーですら挨拶をしないのに、道端ですれ違うだけなら気付かなかったふりをしてもいいのではないか?それに優越感とは別に、チェルシーを取られたという屈辱が根本的にあって、仲良く言葉を交わす気にはなれない相手だ。
 見た目がやたらと良いのも気に食わない。ラルフだって、それなりに整った容姿をしているとは思うが、フレッドは次元が違う。隣に並びたくない相手だ。
 しかし冷ややかな視線と切って捨てるような物言いのため、実際の所はラルフのほうが女性にモテるのだが、親しくないために知りようもない。


 極力フレッドのほうを見ないようにして通り過ぎた。詰めていた息を吐いてから、少し緊張していたことに気付く。ランサム伯爵夫婦に愛はないはずだが、チェルシーに横恋慕を企んでいる身。気まずさもあった。

 徐々に歩く速度を上げようと決意し、足を踏み出した瞬間。

「失礼。ラルフ・コリンズ卿ですよね」

 思いっきり名前を呼ばれて足を止めてしまった。他にも歩いている人はいるが、立ち止まったのはラルフだけであった。

 しまった、と思うが時すでに遅し。聞こえぬふりして立ち去れば良かったかもしれないが、母親同士は仲が良く、騎士団にも顔が利く彼はあまり無下にもできない相手だ。現伯爵である父とは、事業や社交で関わりがあるだろう。

 ラルフは心で溜息を吐きつつ、頬の筋肉を少し動かして得意の笑みを浮かべ終えてから振り返った。

「そうですが。えっと……ああ、ランサム伯爵ではないですか」
 白々しくも正に今気付いたというふうに、にこやかに返した。

 今までパーティで近くにいても話し掛けてきたことすらないくせに。顔見知りとすれ違ったからといって、話しかけるような男にも思えなかった。笑顔の裏で探ってみるも、無表情のフレッドの真意は分からない。

「先ほど劇場近くのカフェで、卿のお母様がいらっしゃったので、ご挨拶させていただきました。卿も観劇に?」
 丁寧ながらも若干早口で、神経質な物言いは昔と変わらない。うへぇ、とラルフは内心で顔を歪めた。

 それにしても偶然だと思ったが、母たちに会っていたとは。まさかの方面から質問されて、一瞬反応に遅れてしまった。と、いうことはチェルシーと歩いてきたことを知っているのか?

「え?いや、観劇は母と私は開演には間に合わず、観ることができませんでした」
 観てはいないので嘘ではない。しかしあえてラルフから、劇場前でチェルシーと会ったということを、夫であるフレッドには言いたくなかった。無性に悔しくて。
 先ほどの幸せな気分を堂々と味わうことができるだけでなく、ラルフが望んでいたものを手に入れた男に、絶対言ってやるもんか。

 ラルフが笑みを張り付けたままでいると、スゥッと纏う空気の温度が下がった気がした。

「そうでしたか。それではお母様にもよろしくお伝えください」

 一方的に話を終えたフレッドは、返す間も与えずに通りの方へ足早に去って行ってしまった。チェルシーのことに言及しなかったから、母たちからは何も聞いていないのかもしれない。

 いっそ言われたならば、用事があったようなのでそこまで送ったと、本当のことを言えばいいだけだ。今日の行動には疚しいことなどなにもないのだから。

「一体何だったんだ……」

 終始警戒はしていたがフレッドが何故話しかけてきたのか、結局何も分からなかった。それにしても幼少期から彼はちっとも変わっていない。他人に対して素っ気なさ過ぎる。

 先ほどまで隣で微笑んでいたチェルシーを思い出して胸が痛んだ。彼女はどれくらい寂しい思いをしているのだろうか?

 路地を振り返ると、既にフレッドの姿はなかった。引き返して行き先を知りたい気もしたが、すでにランサム家の馬車はチェルシーの行きたかった店前に到着しているだろう。フレッドも自分の家の馬車に気付けば、そちらに行くはずだ。

 今後もできることならチェルシーと会いたいと思い始めているラルフにとって、今三人が顔を合わせるのはよくないだろうと、無理矢理にも歩き出した。

 その時、付いて行っていれば、早々に諦めがついたことに彼が気付く由もない。
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