交易艇は何をや見やる

南江あじん

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交易艇は業務の遂行において艇員の個性を尊重する

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足元から発射音とわずかな振動が伝わってきた。ジトー達がアンカーを撃ち込んだんだろう。がくんと引っ張られたことでワイヤが張ったのがわかった。僕らはというと、ランチャーの準備が出来たところだった。
「砲身よし、装填よし、ロックよし、後方確認よし。いつでもいいよ」
助手が指さし確認を行う間、射手のフラウレットはターゲットをスコープから観察していた。多少の軌道修正はできるらしいが、基本的には無誘導弾だ。エラに打ち込みたいところだが、ヒレに隠されているのでタイミングが重要だった。ところが一呼吸おいても発射しなかったので、助手の少年を見ると彼も困惑していた。彼女がイヤマフを装着していることに気づき僕は彼女のメットをコンコンと軽く叩いた。直後に鋭い爆発音が響き、次の瞬間には発射された小型ロケットが蛟のヒレの少し後方で炸裂した。鱗が数枚剥がれ、肉が見えた。あそこに次の手を撃ち込まないといけないが、無駄撃ちは避けたいところだ。
射手は空になった砲身を置き、イヤマフを外しながら僕のほうを向いた。
「リック、準備完了の合図は手振りだったはずよ。急に頭を叩かれると驚くじゃない」
「ごめんフラウ、その通りだ」
「仕方ないわね、私もこれ使うの久々だし。それで、次の指示はなんなのかしら」
「スタンさせるか」
背後からの突然の呟きに驚き、僕らは振り向いた。甲板長は自分で言った言葉に少し渋い顔をしている。
「本気ですかオーディさん」
オーディが呟いたの聞いて、デッキ上の全員から一斉にブーイングが出た。
「今の榴弾みたろ、あんな硬い鱗だと全弾撃ち込んでも足らん。せっかくの大物だ、できるだけまるごと捕獲したい。他に手もないしな」
それもそうだ。スタンはターゲットと高出力の電源を短絡(ショート)させて、感電させることで一気にカタをつけられる。特にこんなに大型だと、ちまちまと爆薬をつかっていては捕りにがす危険すらある。だけど、大型電池は高いんだ。それこそ僕らのボーナスが吹っ飛ぶほどに。しかもぼくらみたいな零細企業は通常艇に一機、艇内の電気系統の動力としてしか積んでいない。つまり、この艇の動力源の一つを捨てることに他ならない。この艇は時々、捨て身ともいえる手法を取ることがあった。
「丸ごと捕れたとして、その後はどうするの?」
「まぁ吊って滑空だろうなぁ。スタンなら空中で〆る必要もないし、やっこさんの揚力に期待しよう。」
冷静に状況を分析しようとするフラウレットに甲板長は半ば投げやりに返した。

うまく蛟が捕れたとしても、その方法も大事だった。生きたままなら、固有の揚力があるので、それを利用して萎む風船を引っ張るような形で曳航できる。だが、死なせてしまった場合には大変だ。急速に揚力を失う可能性が高く、重しになってしまうので文字通り艇から吊る形になる。それ以上に危ないことに、この艇のオンボロのガソリンエンジンでは、こんな大物の獲物を吊り下げたときの動的揚力が足りない。吊り下げたらそのまま下降、港のそばを狙って半ば滑空しながら獲物を破損させないように接地、直ちに切り離して本艇も着陸するというアクロバットを乗組員全員でこなす必要がある。最悪着水して後で獲物を引揚げるなんて事になったら、もうコストしかかからない。危険にはなれっこのこの職場だが、バッドエンディングが見えやすいチキンレースは誰だってやりたくはなかった。

「オーディ、欲張りすぎだ。全弾撃ち込んででも弱らせればいい。電池のローンも残ってるんだぞ」
ブリッジにつながっている連絡管から諦めに近い声が聞こえた。艇長もわかってはいるんだろう。
「そんな時間かけてたらアンカー基盤が持たないぞ。それにあれだけでかけりゃ十分に電池の元は取れる。それでも足がでるようなら、耄碌したってことで俺とあんたは引退だな。それにあんなでかいのとまともにやりあえん。奴に引っ張られてロープ叩きつけられる前にお前らもさっさと準備しろ」
僕はせめてもの抵抗にもう一度ブーイングしてから、デッキ長と一緒に火薬庫に戻ってアシマに作戦を告げた。

アシマは命令を聞き、雷針を取りに火薬庫の奥へ向かった。
オーディは伝声管のフタをあけた。
「上の方、手が空いてるやつはいるか?」
艇内は銅管が張り巡らされており、指示伝達はもっぱらこれを用いる。こう風が強いと、下手に無線を使うよりも昔ながらの手法のほうが確実だった。なにより、さっきも言ったが電気は貴重なんだ。大手商社の大型艇ならいざしらず、うちのような弱小は小型を積むので精一杯だ。それですら配線工事やらが高すぎて、ブリッジと食堂以外はあまり進んでいない。

「フラウレットです。どうぞ」
上層デッキからの返答にオーディが続けた。
「イツキに雷針を撃たせる。設置を観察しろ。あいつの安全が視認できたら短絡のキューを出せ」
そして僕に向き直った。
「アシマに雷針と銅線を持っていってくれ。ついでに斬らないように見張っとけ。」
予想はしていたが、一番めんどくさい役回りをあてられた事にため息が出た。あいつに付き合ってたら命がいくつあっても足りないぞ。アシマが雷針を撃ち込むためのスピアガンと、雷針他備品が詰まったザックを出してきた。心なしか面白そうににやにやしている。
「畜生。死んだらボーナスだしてくださいよ」
僕は言いながらスピアガンを受け取った。
「そしたらボーナスいらんだろ。墓標にビールでもかけてやるよ」
甲板長は振り向いて、奥の機関室へと歩いていった。そこで怒ってそうなおやっさんに話をつけに行ったんだろう。中間管理職は大変だな、と思ったが、特に手伝う気にもならない。

「やったな陸、花形じゃないか。同郷が認められてわたしはうれしいよ」
アシマはくすくす笑いながら僕の丈にザックを合わせてくれた。夢のような心地だったが、バックルを締める音で夢は冷めた。
「こんなのただの決死隊だ。あと、和名で呼ぶな」
それに同郷かどうかは未だに疑わしいと思っている。僕やイツキの瞳はおまえみたいに澄んだ碧色をしていない。
「別にいいじゃないか、どうせ偽名なんだろ」
僕と彼女が軽口を叩けるようになったのはつい最近だ。イツキと比べると打ち解けるのに多少時間を要したが、今では立派に掌の上で僕をくるくると回しては遊んでいる。本艇自慢の鍛冶師がばいばいと手を振ってくれるのを背に、僕は火薬庫を後にした。戻ってきたら僕の武勇伝をひたすらに、嫌というほど聞かせてやろう。

中層デッキにあがると、艇首で一人ぴょんぴょんと飛び跳ねているやつがいる。危なっかしい特攻野郎を無視して、僕はデッキの中ほどにある細い穴に手を入れ、床板を一枚引き上げた。床下には大きなリールがあって、対の銅線が巻かれている。さらに下に位置する機関部の電池につながっているらしい。手早く安全装置を外してフラウレットに末端を渡す。
「リック、早くそれを寄越せ、アタシはもう行くぞ」
「落ち着け、エサを前にした子犬か」
「その通りだ。早くしないと噛みつくぞ」
「おまえみたいな凶暴な子犬に噛みつかれるのはごめんこうむりたいね。あと、目を輝かせて自分の人間性を否定するんじゃない。安全装置をつなげるまで待てよ」
逸る彼女の肩ベルトを掴んで降下用と保険の安全装置を繋ごうとしたところで、件の犬が早速我慢できなくなったようだった。
「おっしじゃいくな!あとは任せたリックぅぅぅぅ」
言い終わるより早く、イツキはスピアガンを僕から奪い取り、勢いよく飛び降りた。
鉄が擦る音と共に煙と火花を飛び散らせながら蛟の背中に向かって滑走していく。さすが本艇自慢の鍛冶師が管理しているギアは丈夫だな。
って、違う。おい。フラウレットとアルも隣でぽかんとしてるじゃないか。
「ブレーキなしで飛ぶんじゃねぇ馬鹿野郎ぉぉ」
雷針の予備も忘れてやがる。しかも準備不足なのを自覚してるからタチが悪い。大急ぎで僕も自分の安全装置をワイヤにかけて飛び降りた。
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