バンディエラ

raven11

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新しい挑戦

2-1

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「あの一年二人は使えそうだな。コバ、どう思う?」
 村山泰英は練習終わりに制汗剤を体に塗りたくりながら、小林尚弥に話を振る。
 通常練習が終わった後、自主練をさらにやったことでグラウンドには二人しか残っていない。
「まだまだじゃない? 去年の俺たちの方ができいいでしょ。ヤス、それちょっとちょうだい」
 使い過ぎるなよ、と釘を差しながらも小林に制汗剤を投げてよこす。
「でも、あのお前のマークについてた……名前なんだっけ、忘れた」
「瀬野」
「そう、そいつ。割と周り見えてたし、ボールを持ってない時のポジョニングも悪くない。あのポジションでは牧田より上だろ」
「まっきーはやる気ないからなぁ。下手じゃないんだけど、あのポジションであのプレーは致命的に気が利かない。改善もできそうにないし。Aには上がってこないだろうなぁ」
「逆に言うと、瀬野は上がってくると?」
「さぁ、そもそも入部もまだだろ。それに他の一年にもいいのいるかもしんないし」
「もう一人は? フォワードの」
「望月ってやつか、チャレンジ精神があって面白いとは思うけど、攻撃自体が不確定要素が多いというか……安定性は乏しい」
「なるほど」
 たしかにストライカーとして、一定の成果を上げるようなプレースタイルでは無いのかもしれない。
 それでも、今日の望月のプレーはなかなか見れるものがあったと思う。
 こちらにボールを要求し、ディフェンスのパス一本から、シュートまで持っていくプレーに個人での打開能力の高さが窺えた。
「とりあえず、早くAに合流したいわ」
「俺はあの一年たちともう少しやってもいい」
「マジで?」
「そのうちAに上がってくるかもしれないけど」
「いやー、高総体終わるまでは無理だろ」
「紅白戦と一年生大会で結果出したら分かんないだろ」
「やすが期待してるのは分かった。でも、もう一皮剥けないと厳しいだろ」
「頑張って欲しいわ」
「能天気だな、ポジション争い激化するだけじゃねぇかよ」
 先に制服に着替え終えたコバが顔を顰める。
「ほら、置いてくぞ」
 そう言われて、慌ててシャツを着るとボタンを留めるのもそこそこに鞄を背負って、先に歩き出すこばの後を追った。
「ラーメン食い行く?」
「脂っこ過ぎる。牛丼にしとこ」
「どっちもどっちだろ」
「腹減った。もうコンビニ行っておにぎりでよくね? はよ食いたい」
「さっき着替える前にプロテインバー食ってたじゃん」
「全然足りん」
「金あったかな」
 コバが財布を取り出し中身を覗く。
「Aの練習終わったかな、他の連中も誘う?」
「さすがに帰ってるだろ。よし、うどんにしよう。ヤス、ちくわ天おごって」
「しゃあないな」
「サンキュー、コロッケもつけていい?」
「調子乗んな」
 卵もつけさせろ、とうるさいコバと二人でうどん屋に向かうのだった。

「瀬野出した?」
「何を?」
 望月がプリント用紙をピラピラと振りながら近寄ってくる。
「入部届け」
「出したよ」
「出したんかい! いつ?」
「朝一で、今日から行こうと思って」
 サブバックの中には練習着一式とスパイクも入っている。
「言えよ」
「そういうお前もかなり荷物多そうだな」
 明らかに、スパイク袋と思しきものが半分開いたリュックから見えている。
「今日もボール蹴りはするだろうと思っただけだ」
「そのわりにはボール持ってきてないじゃん」
 二人で自主練するときには、いつでも望月がボールを持ってきてくれていたから。
「お前も今日から行く気だったんだろ?」
「……まぁ」
「え、何? サッカー部入んの?」
 え、誰? というのがもろ顔に出てしまっているのは申し訳無いけど、全く存じ上げない。
「悪い、俺、1-Aの狗宮っていうんだけど。中学からここでサッカーやってんだよね」
 この紫夕館高校
はたしかに附属の中学があると知っている。
「でも、附属の中学は部活動にサッカー無いんじゃなかった?」
「そう、だから高校生に混じってやってんだよね」
 そんなことがあるのか。
「附属が設立されたのが三年前で、中学は俺たちが初代なんだ」
 だから、サッカー部を創部するほど人数が集まらなかったそうだ。
「でも、今年から試合出れるからね。練習頑張らないと」
 そうは言っても、一年には難しいだろう。
「とりあえず、入部届けはいーちゃんに出して練習出ようぜ」
「いーちゃん?」
「あー、コーチだよ。今泉コーチ、いーちゃんって呼ばれてる」
 松山コーチの他にもコーチがいるのか。
「俺の他に附属上がりは三人。とにかく同世代が増えそうで嬉しいよ」
 狗宮は笑顔でそう言うと、準備があるからと教室を出て行く。
 笑った時に見える犬歯が印象的で、動作が素早い。正しく犬のような奴だった。
「……とりあえず、職員室寄ってくか」
 狗宮の勢いに圧倒されながら、二人で入部届けを出しに職員室に向かった。

「今日から一年が見学にくるらしいよ」
「へー、まとめなのいればいいけど」
「こば、この間の一年、二人良かったよな」
「あー、瀬野と望月な」
「何、やすとこばは一年と練習してんの?」
「Bでちょっとだけな」
「そういや、附属上がりは何人くるの? 結局、四人全員? やっぱ最初はBかな」
「あいつらは別格だろ、特に狗宮。俺、あいつとマッチアップしたくねぇよ」
「こばがそう言うのは珍しいな」
「ありゃ、高総体メンバー入るな」
「違いねぇ」
「下手したら抜かれるまである」
「やめてくれよ」
「ほら、そろそろ練習行くぞ」
 うーす。
 スパイクを履いてグラウンドに出ると、話に出ていた狗宮、他附属上がりの一年がピッチ作りをしていた。
「ほら、二年も手伝え」
 今日は、紅白戦。何か面白いことが起きそうだ。
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