夢見るネコの私とあなた

こひな

文字の大きさ
1 / 39

しおりを挟む
 


 ―もう…何もかもがどうでもいい…一


そう思って、突き飛ばされた私は階段の手摺てすりを掴む手の力を緩めた。
少し怖かったけれど、そんなのが気にならないくらい泣いたし、精一杯努力もした。
けれど、誰も私を見てくれなかった。
だから、もういいの……。



●○●○



ずっと好きな人がいた。
会社の先輩で、誰にでも親切で優しい。
けど仕事には厳しい。
ずば抜けてかっこいいわけじゃないけど、先輩が醸し出す雰囲気がとても好きだった。
そして初恋の人だった。


私が勤めていた会社は、日本の普通の…中の中くらいのごくごく平凡な、卸売りをやっている老舗の商社だ。
大学卒業での入社は将来の幹部候補となり、私のような高卒や専門卒は特殊な技能持ち以外は、配達要員か営業事務の補佐。


適材適所なのだろうけど、私はその補佐の補佐というややこしい立ち位置だ。





突然だけれど…私、及川さくらは児童養護施設出身だ。
8歳の時、それまで来たことがないスーパーに置き去りにされ、保護されたがそれまでの生活情報を全く持っていない私には、周りの大人に何を聞かれても、今まで住んでいた場所も、両親の名前も答えることが出来なかった。


いわゆるネグレクトというものだろうと思う。
今考えてみれば、8歳なのに学校にも行っていなかった。
暗い部屋の中、母親らしき女の人とご飯を食べたりはしていた…気がする。


きっと戸籍も無かったのだろうと思う。
まともに名前を呼んでもらえたこともなかったし、誰か来た時には押し入れに押し込まれていた。
多分、私の存在を役場の職員などから隠すためだろうと思う。


部屋の中、何もない閉じた空間。
そこが私の全てだった。でも…違っていた。
私のが他の人にとってな事だと知ったのは、捨てられ施設に入ってからだった。


それでも自分はまだましな方だと、テレビやネットのニュースをみて思う。
自分はご飯を食べていたし、寒空の中外に出されることもなかった。
大人しくしていれば…声を出さないでいれば殴られることもなかった。
大人二人が機嫌の悪い時は、押し入れに入ってじっとしていれば問題なく過ごせていた。


そして捨てられた場所も、スーパーという人が沢山いるところだった。
だからほら、今こうやって生きていられる。
今ならきっと言えるんだと思う。


「捨ててくれてありがとう」と……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...