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しおりを挟む―もう…何もかもがどうでもいい…一
そう思って、突き飛ばされた私は階段の手摺を掴む手の力を緩めた。
少し怖かったけれど、そんなのが気にならないくらい泣いたし、精一杯努力もした。
けれど、誰も私を見てくれなかった。
だから、もういいの……。
●○●○
ずっと好きな人がいた。
会社の先輩で、誰にでも親切で優しい。
けど仕事には厳しい。
ずば抜けてかっこいいわけじゃないけど、先輩が醸し出す雰囲気がとても好きだった。
そして初恋の人だった。
私が勤めていた会社は、日本の普通の…中の中くらいのごくごく平凡な、卸売りをやっている老舗の商社だ。
大学卒業での入社は将来の幹部候補となり、私のような高卒や専門卒は特殊な技能持ち以外は、配達要員か営業事務の補佐。
適材適所なのだろうけど、私はその補佐の補佐というややこしい立ち位置だ。
突然だけれど…私、及川さくらは児童養護施設出身だ。
8歳の時、それまで来たことがないスーパーに置き去りにされ、保護されたがそれまでの生活情報を全く持っていない私には、周りの大人に何を聞かれても、今まで住んでいた場所も、両親の名前も答えることが出来なかった。
いわゆるネグレクトというものだろうと思う。
今考えてみれば、8歳なのに学校にも行っていなかった。
暗い部屋の中、母親らしき女の人とご飯を食べたりはしていた…気がする。
きっと戸籍も無かったのだろうと思う。
まともに名前を呼んでもらえたこともなかったし、誰か来た時には押し入れに押し込まれていた。
多分、私の存在を役場の職員などから隠すためだろうと思う。
部屋の中、何もない閉じた空間。
そこが私の全てだった。でも…違っていた。
私の普通が他の人にとって異常な事だと知ったのは、捨てられ施設に入ってからだった。
それでも自分はまだましな方だと、テレビやネットのニュースをみて思う。
自分はご飯を食べていたし、寒空の中外に出されることもなかった。
大人しくしていれば…声を出さないでいれば殴られることもなかった。
大人二人が機嫌の悪い時は、押し入れに入ってじっとしていれば問題なく過ごせていた。
そして捨てられた場所も、スーパーという人が沢山いるところだった。
だからほら、今こうやって生きていられる。
今ならきっと言えるんだと思う。
「捨ててくれてありがとう」と……。
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