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あの日に帰りたい 3 side:王妃 ユーファーミア

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「宰相…この書類は何かしら?」
 
 
婚姻後に造られた私の執務室…正確には、私たちの執務室。
通常は殿下が執務を行う部屋だけれど、今日は私と…書類を持ち込んだ宰相、そして私が信を置く魔導師が一人。
 
 
殿下は、側妃達とお茶だ。
そう…側妃…だ。
 
 
殿下のあの女性達への態度の緩さは婚姻後も変わらずだった。
婚約の儀の熱も冷めない内に、目は周りの女性に向いていた。あれはもう病気なんだろうと、婚姻後早々に諦めた。ただ、私との子もいない内に、他の女性と子を作られては困ると言う、宰相と王妃様の提案で、常に魔導具を着けるという条件をつけた。
 
ちなみに…殿下を囲む女性達は、私が見繕っている。
側妃も、私か私の近しい者が殿下の好みを押さえた上で選んだ。
 
 
女性との火遊びで子供ができるのも、安易な女性に引っかかり、貴族の策略に嵌るのも勘弁である。
 
 
 
 
「宰相?この書類は誰が許可を出したの?」
 
 
殿下の弟君…正確には側妃腹の義理の弟君の帰国を認める書類。
彼は…弟君は、王妃様を暗殺しようとしていた側妃の息子だ。
 
 
王妃様は、長年食事に微量の毒呪を混入されていた。
毒呪どくじゅとは…読んで字のごとく、呪いを含んだ毒だ。じわじわと長い年月を掛け身体を犯し寿命まで喰らう「呪」。
健康であれば長命であるはずの王妃様に異変が起こったのが、私と殿下の婚姻が成った直後。
 

日々弱っていく王妃様。
回復魔法、治療魔法、万能薬…何を試しても一向に改善が見られない。
それどころか、医療魔術を扱う者や薬師に言わせると「何も悪い所がない」のだそうだ。


私達は治療の手立てもなくただただ弱っていく王妃様を見守るしかできずにいた。
 

そんな中、ベッドに寝たきりとなり、風前の灯火となった王妃様を救ったのは王妃様の側近である、ここにいる魔導師…マリアの母であった。
彼女は聡明だった。博識であった。
そして、王妃様に忠実であった。
 
 
そんな彼女だから気付いたのかもしれない…もしかして、これは呪なのではないかと。
そして…解呪かいじゅ出来ない類のものである事も。
 
 
「呪を移します」


彼女が何を言ったのか、何をしたのか…魔導の素人の私にはわからなかった。判らなかったけれど、わかってしまった。
彼女が、王妃様が受けている呪を自分自身に移した事を。
 
 
「ミア様…ユーファーミア様…。今見たことは内緒ですよ?」
 
 
可愛らしく笑い、王妃様に守護の魔法を掛け、身辺整理をし…婚姻の指輪を外し……王妃様の呪を肩代わりして1週間程で息を引き取った。
 
 
彼女の遺体は死してもなお、呪が解けず…今は王城地下の封印の間に厳重に封印してある。
 
 
彼女は残り少ない時間で、王妃様暗殺の主犯を特定していた。
そして…陛下にも最期の願いをしていたらしい…。
 
 
「主様の身体にはまだ少しですが、取り切れなかった呪が残っています。もし叶うなら…呪が届かない世界へ主様を…」
 
 
その後は、皆が知っている通りだ。
事件の詳細、マリアの母の死の真相には箝口令がしかれ、側妃には極刑が下され、側妃の子…殿下の弟君は事件には加担していなかった事から極刑は免れ、継承権の剥奪と国外蟄居を命ぜられた。
 
 
そして…王妃様の体力の回復を待ち、陛下は時空魔法で王妃様を異世界へ送った。
時空を挟んでしまえば、呪も届かないだろう…と。
 
 
全ての後処理を終え、今の陛下はゆっくりと「死」へ向かっている。
王妃様を異世界に送り、婚姻の指輪の影響もなくなってきたのであろうと…指輪をしていた指をさする。
 
 
そして今は、殿下の王位継承の義に向け皆が右往左往していた。
短期間に近親者を多数亡くす殿下に同情し、甘やかしながら……。
 
 
「このサインは殿下のものよね?あれからまだ1年よ…殿下は何を考えてるの?」
 



⚫〇⚫〇





殿下を執務室に呼び出す私……。
普通、立場が逆なのではないかと思う。
 
 
「殿下…これは?」
 
 
弟君の帰国許可の書類を見せる。
一瞬たじろぐが…気を取り直したように私を見据える。
 
 
「恩赦だ。王が代わるのだ、恩赦があっても良いだろう。弟は罪を犯していない。…まして、今…私には世継ぎがいない…だから」
 
 
ショックだった。ホントに。この人はいきなり何を言い出すのだろうという気持ちと、強い怒り。
 
 
「ならば、殿下…あなたがしっかりなさいませっ!夜会だ茶会だとフラフラ歩き、果ては帰ってくるのは深夜か朝方。政務もなさらず私に任せっきり。ようやく机に着いたかと思ったらこれ…。私のせいですか?私はスライムではないのです!一人で子を作れるわけがないではありませんかっ!」
 
 
人生で初めてという位怒った…何に怒ってるのか解らなくなる位怒って、目の前が赤くなった。
 
 
「側妃様の……王妃様…お母様への仕打ち、忘れたわけではないはずです。弟君はあれで一筋縄ではいかないタイプです。一度剥奪された継承権は戻りません。世継ぎ…と申しますがどうなさるのですか?」
 
 
婚約者も…婚姻相手もいないのに世継ぎ?
そう思ったら、ボソリと…弟の子を…と言い出した。
 
 
「弟君の子ですか?これからできるかもしれない子を?……さようでございますか。私とは子をもうけないつもりでいらっしゃるのですね?」
 
 
強い怒りと女としてのプライドが砕け散った痛みで、この場に留まる事ができなかった。
 
 
「宰相…申し訳ありませんが、これ以上政務を続ける気力がありません…あとは殿下に。それと…あとの政務は全部殿下がおやりになってください。それと…マリア…神殿へ儀式の連絡をお願いします」
 
 
執務室を出て自室に戻る。
もう…というか、やっぱりだめだったのだと理解した。
思えば、最初からクセがついた婚姻だったのだ。
殿下を好きになれれば…殿下が私を見てくれれば…とは思っていたけれど、無駄だったのだと悟った。
 
 
そうか…無駄か…。
そう思ったら…そう思ったら……
 
 
 
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