無表情辺境伯は弟に恋してる

愛太郎

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学園編

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「僕が名乗ったんです。貴方も名乗るのが礼儀でしょう?」

僕は勉強机とセットでおいてあった椅子を引き出して座る。

兄上の真似をして足と腕を組んでみる。

「れっレニー、です。」

「家名は?」

「ただのレニ「嘘をつくのですか?」...。」

レニーは話している間に段々小さくなっていき、土下座の体制になった。

「家族だけは、許してください...。」

 全身がぷるぷるしていて、もこもこの頭が揺れている。

意地悪は成功しているのにあまり面白くない。

この意地悪も結局、エトワーテル家への認識を利用しているだけだ。

思えば兄上に意地悪したときも、僕だけでは望んだものは得られなかった。

僕は意地悪するのが下手なのだと自覚する。

もう意地悪はいいや。

「いいですよ。」

「...!?」

レニーはぱっと顔をあげ、僕の顔を伺う。

不安そうな、喜んでいいのか疑っている顔だ。

だから僕は眉を下げて困った顔をする。

「最初からタメ口に関しては何も思っていませんよ。」

「そっそうなのですか?」

「エトワーテルの名を出したときに怖がられたのが悲しかっただけです。家族、兄上のことは尊敬していますから。」

「すっすみませんっ。やっぱり僕には何か罰が…。」

また彼は頭を下げる。

「何もしませんよ。怖がらせた僕が言うのもあれですが、ルームメイトです。楽にいきましょう。僕のことはキルシュと呼んでください。」

僕は椅子から立ち上がってレニーに手を差し出す。

「ありがとう、ございます。きっキルシュ...様。」

レニーは立ち上がると、膝や腕をパンパンとはらった。

「えっと、はい。遅くなってすみません、僕はウレニ子爵家次男レニー  ウレニです。レニーと呼んでください。」

「レニー、よろしくお願いします。」

僕が微笑むとレニーは分厚い眼鏡を手で覆った。

「レニー?」

「すっすみません。噂には聞いていたんですけど、お顔が綺麗すぎて...。」

「噂?」

「エトワーテル家の者はみんな美形で、笑った顔は...その、国王が惚れるほどだって。」

なんだって...。

「国王が兄上に?」

「なんで具体的なんですか?それほど美しいという話だと思いますよ。」

レニーは呆れたようにため息をついて、ふふっと笑い出す。

「本当に辺境伯様が好きなんですね。」

好き、好き、すき?

その言葉が何故かしっくりくる。

兄上は話してみるととても優しいし、寝るときに頭を撫でてくれたときは安心した。

僕は兄上を尊敬しているだけじゃなく、好きなのか。

「ええ、大好きです。」

「うっ。」

レニーは眼鏡を手で押えた上、顔を背けた。

「僕、キルシュ様のファンクラブ作ります。」

「やめてください。」

僕はそんなに微笑んでいただろうか?



ーー★ーー



「起きてください、レニー。」

「うぁぅ、もうちょっと…。」

「一緒に一学期中間技能テストを受けようと言ったのはレニーでしょう?」

「でもぉ。」

思わずキルシュはため息をつく。

入学式の次の日、クラス内で自己紹介をした瞬間に僕の名は知れ渡った。学園中に。

廊下を歩けば皆が噂する。


実の親を断罪し、7歳にして辺境伯の座についたアーノルド  エトワーテルの弟だと。

辺境伯になっても兄上の断罪は続き、芋づる式に分かる悪事。爵位が無くなった貴族は後を絶たない。


だからこそ貴族はエトワーテルを恐れる。

これがエトワーテル辺境伯領で聞いた話。噂話の大半もこれだ。

しかし放課後の教室から聞こえてきた会話はこうだ。



「エトワーテル辺境伯はとんでもない悪事を働いているんだ。」

「はぁ?辺境伯は断罪人って話だろ?」

「いいや、逆だったんだよ。悪事に気づいてしまった人は全員殺されるんだ。」

「きゃー!怖い話かよ!」

「マジだったらやべー!背筋冷えてきた!」

「いやいや、マジマジ。知り合いの伯爵家から聞いたんだって!」

「えっじゃあエトワーテル辺境伯領が発展したのって...?」

「悪事でぼろもーけしたからよ。」

「「きゃー!!!あはは!」」



僕はレニーの布団においていた手を首に持ってくる。

嫌なことを思い出してしまった。

兄上が何やっているかなんて分からないが、エトワーテル辺境伯領を見れば兄上の人格はわかる。

少し気分を落ち着けよう。

「レニー、僕は先に行きますからね。」

朝の澄んだ空気で胸を満たせば、いつも通りだ。

僕がドアの方に歩き出そうとすると、手首を掴まれた。

「まって。」

僕が振り返ると綺麗な桜色の目と視線があった。

「君の良さを伝えるのは僕の役目さ!」

そう言ってレニーはぴょんとベッドから飛び起きた。

最近のレニーはずっとこうだ。なんか恥ずかしくてあまりいい反応は出来ないが、嫌な気持ちを吹っ飛ばしてくれる。

僕もレニーが落ち込んだとき、そばにいてあげたいと思う。友達...だと僕は思っている。

そんなことを考えているとレニーがこっちをじっと見ている気がする。

「どうしたのですか?」

「キルシュ様が笑っている気がして。」

僕は不思議に思う。

「でもいつもは僕が笑うと、手で目を覆うじゃないですか。」

「今は裸眼なので大丈夫です!」

そんないい笑顔で言われても。

そうだ。

キルシュはいいイタズラを思いついたと、レニーに近づく。

意地悪をするのは下手かもしれないけど、思いつくことは天才かもしれない。

「レニーは近視?」

「はい!手を前に伸ばしたとき指先さえボケてしまって。」

レニーは話しながら制服に着替える。

「じゃあここまで来たらよく見えるの?」

シャツのボタンを止めているレニーを覗き込むように、僕は目を合わせる。

ウキウキしているのを表情に出すのも忘れない。

「ヒュッ。」

レニーは仰け反って後ろに引こうとするので、腰を掴む。

僕はマントを贈呈された成績優秀者。体術だってもちろん出来る。

逃げられないようにするには腰を掴むのが1番、だと思ったんだけど。

レニーは手で顔を覆ってしまった。

「.........美しいです。」

レニーは後ろに引こうと抵抗しながらも、絞り出すようにそう言う。

僕は思わず笑い出す。

するとレニーは指の隙間から僕を見ようとするので、手を退けようとしたり、腕を引っ張ったり、その後も僕たちの攻防はしばらく続いた。
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