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頭の中のオーケストラ

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俺の頭の中に、喫茶店で流れるBGMのような存在のオーケストラがいる。
喜怒哀楽を弦楽器の演奏で表現してくれるのだ。

初めは気にもならなかった。日常のちょっとした嬉しいことを演奏で盛り上げてくれる存在。
演奏を聴くと、自然と気分が高揚して、仕事もはかどり、なんていい能力何だろうと得した気分だった。
それがいつの間にか、うっとうしい存在になっていったのだ。

違和感を感じ出したのはちょうど一ヶ月前のことだった。徹夜の仕事を終え、帰宅した俺はそのままベッドに倒れこむ。何もする気が起きず、そのまま深い眠りについた。

小一時間ほど寝たころだろうか、突然。オーケストラの演奏が大音量で始まった。あまりの音の大きさに飛び起きる。
部屋の中は真っ暗で、時計を確認すると真夜中の2時だった。いままで、演奏はいつも起きている時しかなかった。
頭が痛くなるほどの騒音が朝の5時まで続き、一睡もできないまま、俺の目の下には隈ができていた。
そういえば、演奏が始まった時、夢を見ていた。仕事の夢を見ていたのだろうと思う。度重なる残業に不満がたまっていたのかもしれない、それをオーケストラは寝ているときに演奏したのだ。

この日を境にオーケストラの演奏はエスカレートしていく。

朝出勤の準備をしていると、耳をふさぎたくなるような高音で演奏が始まる。あまりにもひどい演奏に頭痛がする。 
先週の仕事の疲れを引きずっているうえに、夜も騒音でよく眠れないのに。オーケストラたちは体の疲れを引き連れるように演奏していた。

何とか疲れた体に鞭打って、出社したが、電車の中でも会社についてからも音は鳴り止まず。仕事でミスを連発し、上司に呼び出されくどくどと説教される。あまりにも露骨な口調に、先週やめていった社員を思い出した。
俺の場合。上司の説教は、オーケストラの耳をつんざくような曲のせいで、よく聞こえないのが救いといえば、救いか。
仕事が終わり、同僚との飲みを断り早めに帰宅した。頭の中は疲れきった曲でいっぱいだった。

それが毎日続いていくのだ。夜も音はなり続けて、眠れない。とうとう仕事を続けられなくなり、会社に辞表を提出した。
同僚たちは引き止めてくれたが。辞めない限り、オーケストラの音がやむことはないだろう。
上司に渡した辞表はスムーズに受理される。このごろの勤務態度を考えると当然の結果だった。

会社を辞めてから、ぱったりと、演奏が聞こえなくなった。
不思議なものでオーケストラがいなくなったらなったで、懐かしい気持ちになる。
夜も眠れるようになり。体力は徐々に回復している。

ある日、なんとなしにテレビのスイッチをつける。音の付くものに過敏に反応するようになってから、テレビも見られなくなっていたのだ。

ちょうど速報でニュースを報道していた。
昨夜起こった殺人事件で、犯人はナイフを複数持って建物に侵入し、残業で残っていた社員たちを一人一人殺していったのだ。現場の中継が画面に映る。

先月やめた会社だった。被害者の名前が読み上げられる。同僚、上司...。深夜でのオーケストラたちが演奏した爆音の意味がわかったような気がして、背筋が寒くなった。

耐えられなくなって、テレビを消す。
俺も辞めていなければああなっていたのだろう。
そうなると、俺はオーケストラに助けられたことになるのかもしれない。
俺の危機を感知して演奏したのか。予言能力があるのだろうか。その日は一晩中考えながら眠った。


あれから、頭の中で曲が聞こえることはなくなった。

俺は無事、再就職を果たし、新しい会社に初出社していた。仕事も順調で、出世も見込めるかもしれない。

オフィスのドアを開ける。

突然、頭の中でオーケストラの演奏が始まった。
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