高校時代に傲慢だった女王様との同棲生活は意外と居心地が悪くない

Stjimmy182

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スウェット姿の女王様

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 高校時代、俺のクラスには女王様のような女がいた。本当に一国を統治しているような人だったから、女王様と言われていたわけではない。その人は、他人よりも少し美人で、声が大きくて、物事をはっきりと言える人だった。
 人間という生き物は弱い生き物だ。自分より強い人には恐れおののくし、自分より弱い人は徹底的にいじめ抜く。
 クラスメイトは皆、瞬時に理解したのだ。彼女と自分を対比した時、自分は彼女に劣るのだ、と。 
 無論、彼女にはたくさんの友達がいた。彼女の権威に与りたいような奴。彼女にビビりちらし、腰巾着になる奴。数人はちゃんとした友達もいたようだが、その人達も彼女には強い言葉はあまり使えていなかった。

 そんな人達を従え高校三年間を過ごした結果、次第に彼女は呼ばれるようになったのだ。

 女王様、と。

 と、まあそんな昔の話は置いておいて、俺が上京し大学へ進学して約四ヶ月が過ぎた。
 今日も俺は、遊ぶ金欲しさにコンビニバイトに励んでいた。深夜帯のバイトは、日中よりも給料が良い。それでいて、講義の時間に重なる心配もない。
 唯一の問題といえば、講義中途方もないような眠気に襲われること。それくらいのもんだった。

 都内とはいえ住宅街に近いこのコンビニは、深夜帯の客足はまったくない。そんな中、このコンビニに珍しく客が来た。

 入店してきたのは女性だった。若い女性だ。しかし、出で立ちはグレーのスウェット姿と、まるで覇気がない。
 まあ、この時間帯に入店してくる女客は半数くらいがこんな人だ。日中、お出かけ前にコンビニに立ち寄った女性はメイクバッチリでフリフリのミニスカートとか、胸元の開けたシャツを着ている人も多い。しかし、この時間帯に入店する女性客は、あとは寝るだけの状況のせいか、目の保養にもなりそうもない。

 さっさと買う物買って出ていけよな。
 内心で毒づきつつ、俺は休憩室の監視カメラから女性の様子を観察していた。俺の願いとは裏腹に、女性は雑誌コーナーにまず立ち寄った。そして、時間のかかる立ち読みを始めた。

 これは、しばらく時間がかかりそうだ。
 そう思ったが、雑誌の内容があまり面白くなかったのか、すぐに店内の物色を始めた。
 日用品。お菓子。そうして弁当を買い物カゴに詰めて、女性はカウンターに向かい歩き出した。

「よっこいしょ」

 椅子から立ち上がる時、おっさんみたいな声が出た。時給は弾むが、昼は大学、夜はバイトの生活は体力的には中々しんどかった。来週から少しバイトのシフトを減らしてもらおうなんて考えながら、俺はカウンターへと出た。

 カウンターにいる女性は、ぼんやりとカゴの中身を見ていた。
 監視カメラからはわからなかったが、近づいて見て思ったことは、目の前にいる女性が中々美人、ということだった。
 黒色の長髪。長いまつ毛。高い鼻。小さな口。

 これだけの美人でもスウェットなんて着るんだな。
 というか、この人どっかでなんだか見たことがあるような、ないような。まあ、コンビニでバイトをしている中で、何度か彼女のレジ打ちでもしたのだろう。
 目の前にいる女性に、俺はそのくらいのことを考えて、仕事に精を出す気になった。

 ピッピッ、と彼女の購入する商品のバーコードを読み取る、そんな時だった。

「あれ、山本?」

 女性らしからぬ少し野太い声だった。古臭い考え方だが、俺は女性とは品性と愛嬌とお淑やかさで売っていく生き物だと思っている。そんな俺からしてこんな野太い声は減点なのだが……今一番気になったのは、彼女の声に聞き覚えがあることだった。
 というか彼女、俺の名前を知っている?

 俺は商品から目を逸して顔を上げた。
 そして、目の前にいる女性をゆっくりと観察した。

 目の前にいる女性は、まごうことなき美人。……だけど、少し仏頂面。その顔にもどこか、見覚えがある。

 声、顔、そうして態度。

 ……スウェット姿のせいで気付かなかったが、俺もまたこの人を知っている。出会った場所、それは上京する前、高校時代。俺は彼女と、同じクラスだった。

「林か」

「ん、久しぶりじゃん」

 林恵。
 高校時代、田舎の高校で俺と同じクラスだった女の子。仏頂面、威圧的な声。そうして、今はスウェットで隠れたスタイルの良い体。
 高校時代の彼女は……丁度先程思い出した女王様。まごうことなきその人だった。

「あんた、この辺に住んでたんだ」

 彼女と俺は、高校時代は別に仲が良かったわけではない。話した回数は片手で数えられる程。こちらからも特別話しかけようと思ったこともないし、向こうも同じだったことだろう。何なら向こうは、俺のことなんて嫌っていたと思っていた。
 しかし、意外と林はフレンドリーに、俺に声をかけた。

「ああ、この辺のアパートにな。お前もなの?」

「……うん。まあね」

 共通の友達がいたから、こいつが大学進学のため上京したことは知っていた。ただまさか、この辺に住んでいたとは。嫌だな、というのが本心だった。

「あんた、大学どこ行っているだっけ?」

「K大」

「へえ、凄いじゃん。頭良かったんだ」

「必死に勉強しただけだ。お前は?」

「え?」

「え? って、お前の大学、聞いてんだけど」

 商品のバーコード読み取りも終わって、俺は呆れた顔で尋ねた。
 林は、何だか嫌そうな顔で俯いていた。別にそんなに嫌そうな顔をしなくていいじゃないか。大学にサプライズで出向いたり、ストーキングするってわけじゃないんだから。こっちがされたように、ただの話の流れだろ。話の流れ。何なら、お前がコンビニ出てったら忘れる程度の世間話だ。

「……M大」

「ふうん。袋は?」

「いる」

 レジ袋三円を追加し、俺は林に会計を促した。彼女が金を機械に投入している間に、俺は商品をレジ袋に詰めた。

「最近、笠原とは会ってんの?」

 俺は尋ねた。
 笠原とは……高校時代、彼女の一番の親友だった人だ。

「会ってない」

「ふうん。お前達、仲良かったのにな」

 まあ俺も、高校卒業から五ヶ月程度にも関わらず、疎遠になった友達は数知れない。大学入学して四ヶ月。一番、新しい友達との付き合いに時間を要する時だし、その辺の配慮でもしているのだろう。

「大学の方は楽しんでいるのか」

「……まあね。あんたも?」

「こんな深夜にバイトをしている時点で察してくれ。順調だ」

「どっちなのよ。分かりづらい言い方」

 呆れたように、林が言う。そう言えば彼女は、高校時代に俺がこんな軽口を叩く度に嫌な顔をしていた。多分、はぐらかすような喋り方が好きではないのだろう。

 しかし、さっきはフレンドリーに俺へ声をかけてきた割に、身の上話を振ると途端に口が重そうになるな。
 これは……大学生活、上手く行っていないパターンか。

 大層意外だ。
 彼女は顔が綺麗だから。それもあるが、俺がそう思ったのは、それだけが理由じゃない。高校時代の彼女のこと、皆は女王様だなんて畏怖していたが、俺は特別、彼女のことを女王様だなんて思ったことはない。嫌いだと思ったわけでもない。好きだと思ったわけでもない。

 ただ、肝の据わった男らしい女だ、とよく思ったもんだ。
 彼女は女王様、と畏怖されていたが、別に傍若無人だったわけではないのだ。
 ちょっと口が悪く、曲がったことが嫌いで、キレやすいだけ。そんな印象だった。
 ……それ大概、傍若無人じゃね?

「ん。商品」

「あんがと」

 レジ袋に詰めた商品に、林が手を伸ばした。
 その拍子に、ふと見えた。スウェットで隠れていた手首のアザを。

 思わず、俺はぎょっとした。
 見られた。顔を歪めたのは、林だった。

「……手首、怪我でもしたのか?」

 弁明というわけではないが言っておくと、俺は別に彼女の手首のアザを見たくて見たわけではない。今の発言だって、したくてしたわけじゃない。
 痛々しい彼女のアザが見えたのは不可抗力で、俺がそれを尋ねてしまったのは……高校時代、誰よりも曲がったことが嫌いで、どんな相手にも立ち向かっていけた正義感ある女子が、怯えた顔で俯いたからだ。

 ……文字通り、林は恐怖に顔を歪ませていた。
 怪我なんてものは、他人にバレたって何ら問題のないものだ。治療中と言えば色んなところで贔屓してもらえるし、むしろ積極的にアピールするべきものだ。

 しかし、林はそれを隠した。まるでバレたらまずいもののように、隠したのだ。

「殴られたの」

「誰に」

「……恋人に」

 今更俺は、不自然さに気付いた。今はまだ夏真っ盛りな時期。いくら深夜でも、長袖のスウェットを着るにはまだ早いし、それで外を出歩くなんてもってのほかなのだ。
 なのに、彼女はそれを着ている。しかも、聞けば手首のアザは恋人に殴られたものだと言う。

 ……嫌な予感が、頭を過ぎった。彼女と同じクラスで勉学に励み、同じ年に卒業した身としては、当たってほしくない予感だ。
 ……もしや、彼女のスウェットの下は、もっとアザだらけなのではないだろうか。痛々しい、青アザだらけなのではないだろうか。

「……今日、恋人は?」

「家にいる」

「家に……?」

「同棲してんの」

 高校卒業、上京から数ヶ月にも関わらず、もうそんな発展している関係の相手がいるだなんて。そこに度肝も抜かれたが、それよりも焦りの方が勝ったというのが本音だった。

「お前、今日ウチに泊まれ」

「は?」

「威圧すんな。怖いんだよ」

 高校ぶりに彼女に威圧されてビビりながら、俺は気付いた。……あの当時は今くらい怖かった彼女が、今では恋人に暴力を振るわれるだなんて。

「わかってる。俺は何もしない。怖いってんなら、今日はネカフェにでも泊まる。鍵だけ渡す」

 林は、俺を睨みつけてすごんだまま。

「……それで良いか? とにかく、今日家に帰るのは止めろ。というかもう帰るな。親に話して実家に避難しろ」

 幸い、今は大学は夏休みのはず。恋人に気取られることなく、家に帰る口実はいくらでもある。

「……出来ない」

「何故」

「……親には勘当された」

「何故!?」
 
「恋人と同棲するって話をしたら、凄い怒られてさ」

 開いた口が塞がらない、とはこういう状況のことを言うのか。当時の女王様のような彼女の姿は、もう今の彼女には重ならなかった。今の彼女は、怯える子猫のようだった。

「親からはそんなことなら学費も出さないって。……だから、大学も辞めちゃった」

「……とにかく、今日は家に帰るな」

 俺は少しの沈黙の後、彼女に伝えた。ここまで聞いてきて、林の話は全て驚愕させられたのだが、まだまだそんな話が残っていそうで恐ろしい。

「鍵取ってくる。住所はその時教える」

 俺は更衣室に戻って、すぐにレジに戻った。今の彼女に時間を与えると、逃げられるような気がしてしょうがなかった。

「ん」

 俺は、林に鍵を渡そうとした。

「……鍵は要らない」

「おい」

「……待ってる」

「ん?」

「バイト終わるまで、待ってる」

 よく見たら、林の体は震えていた。今更俺は、彼女の心中を察した。彼女は今、怖がっているのだ。もしかしたら彼女は、家に帰らず俺の家に来ることを恋人に対する裏切り行為だと思っているのかもしれない。それか、それが恋人にバレた後に待っている報復行為に怯えているのかもしれない。もしくは、俺から恋人と同じような目に遭うんじゃないかと、恐怖しているのかもしれない。

 とにかく様々なことが原因で、彼女は今、嫌っているだろう俺とでも一緒に行動をしたいのだろう。

「……後一時間くらいだから、雑誌でも読んで待っててくれ」

 外は日が昇り、白みが増している。
 彼女を待たせる時間が、ほんの一時間で済んで良かった。ただ気付いた。こんな時間に、彼女と同棲する恋人は、彼女を一人で外で出歩かせたのか。
 高校時代の俺達は、別に仲が良かったわけではない。むしろ彼女は、俺のことなんて嫌っていたとさえ思っている。
 俺達の関係は、高校を卒業したら疎遠になって然るべき程度のものだった。
 そんな彼女とこんな形で再会し、今の彼女の現状を知り……内心に湧き上がるこの怒りは、何なのだろう。
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