ネビュラ・ディバイド

ダデ丸

文字の大きさ
10 / 39

第二話 表 異界との遭遇 中

しおりを挟む

 太陽はさらに傾き、石の階段に木々の葉を透過した茜が差す。

 少女は一言も発さず、一寸の迷いもない足取りで遼の前を行く。
 ひぐらしの声もここにはもう届かない。
 逆光の中浮かぶその華奢な背中は、幽世かくりよへの道標だ。
 
「なぜ、私の名を?」
 その背に問いかけるが返答はない。
 
 遼は確信する。
 この村に来るべきだと、来なければならないと直感した――いや、直感させた”なにものか”がこの先にいると。

 非合理的な思考であるという自覚はある。
 だが今この時、この神域こそが『真理は不合理の先にこそある』と雄弁に物語っている。

「こちらです」
 少女が立ち止まり、こちらを振り向く。
 黒髪が神秘に揺れ、夢とうつつの境界が揺らぐ。
 その隣まで登り、白く繊細な手が指し示す先を見る。
 
 ――悠久の時を湛えながら、静止したかのようにも思える。
 ……神のやしろが夕陽に浮かび上がっていた。

 ザリ。
 社の周りに敷き詰められた砂利石を慎重に踏み締める。
 
 何処からともなく漂う花のような甘い香りが鼻腔をくすぐり、幼い頃の記憶と結びつきかけては泡沫うたかたと消えていく。
 それは一歩進むたび浮かんでは消え、浮かんではまた消える。
 伸長された時の流れが過去と現在の境目を侵食する。
 
 その最後に浮かんだのは知らないはずの、いや、知っていたはずの母の顔だった。
 いつくしむように、生まれたばかりの遼を抱く母の姿もまた、泡沫に溶けていく。

 ツン、と鼻の奥が痛み胸の奥に小さな、しかし確かなわだかまりを残す。

 ――木製の質素な引き戸の前に立つと、半歩後ろをついて来ていた少女が前に出て音も立てずに開く。

 目線の先、床の間のように一段高く造られたそこに座っていたのは”人の形を成した非現実”そのものだった。
 
 全てを見透かすようにこちらを真っ直ぐ見つめる瞳は深緑の光を湛えている。
 少女と同じく巫女装束に身を包み、その頭には狐を思わせる大きな耳。背後には長い毛をふさふさと蓄えた尻尾が見える。
 彼女の纏う空気が、異質な存在感が、それが仮装などではない事を物語る。

「ヒスイ様。遼様をお連れしました」
あかり、ご苦労様。楽にしていてちょうだい。遼様もおかけ下さい」
 正面に据えられた座布団を指す。
 空気を伝う事なく頭に直接響くような声が心地よく意識に浸透する。
 座布団の上に正座し、湧いた疑問を口にする。
「ヒスイ様? ウカさまではなく?」
「ウカノミタマノカミ、というのはここの人たちがわたしにくれた名です。ヒスイというのが、わたしの真名。今はもう、この子しか知らないけれど」
 少し寂しげに微笑んでから、燈と呼ばれた少女の方を見る。部屋の隅で正座していた燈はどこか照れくさそうに人差し指で頬をかく。
「ではヒスイ様、なぜ私をここへ?」
「ヒスイ、とお呼び下さい。私が神であるのはこの村にとってだけ……それが現世うつしよことわりです」
 すっ、と長いまつ毛が伏せられる。
「貴方をこの社、この村に招いたのはわたしが故郷に帰るための鍵になる――その未来を視たからです。」
 
 ――未来を視る? “故郷”に帰るとは?
「あなたは未来が視えるのですか?」
 普段なら馬鹿げた話と一蹴するところだが彼女達は今日、この時に一ノ瀬遼という男がこの村に来るのを間違いなくのだ。
「ええ」
 ヒスイは端的に答える。
「でもまずは、わたしが何処からやってきたのかを話さなければなりませんね」

 ヒスイは、遠くを視るように、過去を懐かしむように、愛おしむように――そして、悔いるように言葉を紡ぐ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

出戻り娘と乗っ取り娘

瑞多美音
恋愛
望まれて嫁いだはずが……  「お前は誰だっ!とっとと出て行け!」 追い返され、家にUターンすると見知らぬ娘が自分になっていました。どうやら、魔法か何かを使いわたくしはすべてを乗っ取られたようです。  

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた

玉菜きゃべつ
恋愛
 確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。  なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

処理中です...