突然、天才令嬢に転生してしまった ② 【王国政治編】

ぷりりん

文字の大きさ
12 / 25

11. 雨の夜

しおりを挟む
 閃光と共に地面が揺れるほどの轟音が響き、雨水に激しく打たれている窓は小刻みに震える。

 ──雷……?

 凄まじい音に驚いてしばらく佇んでいると、段々音が聞こえなくなって部屋の中がしんと静まり返った。

 うっ、みなの視線が痛い。私の発言を待っているようだけれど、そんなもの用意してないよ……。

 口論を止めようと勢いよく立ち上がったはいいが、返って注目の的になって居心地が悪い。おずおずして結局なにも言えないまま再び静かに座ると、社長は自然な素振りでニロに囁いた。

「ニロ様、落ち着いてください。……知っての通りこの会談は王国の今後と大きく関わっています、慎重に言葉を選びましょう」

 社長の言葉を聞いてニロはゆっくりと拳を握り、無言で頷いた。

 反対側にいるジョセフも付き人に耳打ちされて、落ち着きを取り戻したようだ。

 そうして張り詰めた空気が少し緩み、なんとか事なきを得た。いたたまれない雰囲気の中、社長の素晴らしい外交力のお陰でどうにか食事会も終盤に近づく。

「ジョセフ殿下、今日は挨拶だけで失礼するとしよう」

「ああ。忙しい中わざわざありがとうございます、ニロ王子」

 立ち上がった二人はテーブル越しに軽く言葉を交わす。

「見送りは不要だ。長旅で疲れたであろう、このままゆっくりするといい」

「そうですか。ではそうさせていただきます」

 少し固い表情で二人は互いに礼儀正しく辞儀カーテシーをした。

「殿下を一人にするのはよくなかろう。見送りはフェーリ一人で十分だ」

 言いながらニロはセルンに目をやった。
 馬車を用意しろという合図だろう。

 そんなニロに首肯すると、セルンは静かに部屋を出た。

 間を開けずにニロも廊下のほうへと足を運んだので、慌ててその後を追う。あれ、そういえばキウスは……?

 護衛としていつもニロと共に行動するのに、今日はどこにもいない。

 キウスの所在が気になりニロに聞きたいところだが、いつもとちがうその雰囲気に気圧されて、とりあえず我慢した。

 前を歩くその背中を目で追いながら、ニロが振り向いてくれるのを待った。
 
 いつも歩幅を合わせてくれるのになぜ今日はそうしてくれないのだろう……。

 長い廊下を通り屋敷の玄関が見えてきたのに、ニロは一向に振り向いてくれず、どんどん広がってゆくニロとの距離に不安が募る。

 もしかして、嫌われたのかな……?


 焦りを覚えつつ玄関を出ると、ザーザーと降る雨の音が聞こえた。
 豪雨で周囲は真っ暗で何も見えず、屋根の下でニロと共にじっと馬車を待つ。

 冷たい風に吹かれながらニロが目を見てくれるのを待ったが、彼はずっと屋根から滴る雨水を見つめていた。会話を諦めて少し憂鬱な気分に襲われていると、突然。

「……フェーリ」

 そっぽを向いたままニロは私の名を呼んだ。依然とこっちを向いてくれないので、重たい唇を開こうとした時。

「さっきは、すまなかった……」

 ばつが悪そうな様子でニロが目をそらした。

 さっき? 食事会のことかな……? 
 混乱していたから内容はちゃんと把握できなかった。けれど、あれは確かに私を庇う言動だった。

 危うい口論になってしまったが、それはジョセフを不快にさせてしまった私に非がある。ニロが謝ることなど何もない。

「ニロは、悪くない」

 その横顔を見つめながらそう言うと、やっと私のほうを向いたニロは気まずそうに「ちがう」と首をふった。

「食事会のことではなく、余はその……、さっきの、……せ、せっぷんのことで、謝っているのだ……」

 言いながらニロの顔がじわじわと赤く染まっていく。つられてキスのことを思い出した瞬間、かっと顔が火照った。

「……その口づけは、その。意図したものではないのだ……」

 絞り出すような辿々しい言葉だった。

 やはりあれはただの事故だったのか……。
 勝手に期待してしまった自分がいけないのだけれど、改めてはっきりそう言われるとそれはそれで悲しい。

 一度目を伏せてから、ニロは苦い顔で私の顔へ目をやった。

「今日のお前は一風変わって美しい。その顔を間近で見ようと思っただけなのだが、その、……瞼を閉じるお前の顔が、あまりにも愛おしくて、……自分を抑えられなくなり、……んんっ。気づいたら、く、唇が……」

 ニロがとても辛そうだ……。
 それもそうか。私はキウスの婚約者だ。間違えてでも他人の婚約者にキスするのは倫理違反。ニロは真面目だから、苦しむよね。

 頭では理解しているけれど、ニロの悲痛な面持ちをみていると、なんだかやるせない気持ちになった。

 ただの間違いだから、長々と引きずってもかえって気まずいだけだ。いっその事二人とも潔く忘れた方が……。

 密かに悩みながら平然を装い、申し訳なさそうな顔をする彼に、(気にしないで)  と瞳で返した。私の返事が伝わったのか、ニロの目に薄っすらと切ない色が浮んだようにみえた。

「本当にすまない。……だが、このままなかったことにはできない」

 急に決意を固めた素振りでニロは姿勢を正して私と向き合う。
 その凛々しい姿に胸が熱くなり、途端に鼓動が速まった。
 そうして、ゆっくりと大きく息を吸ったニロは、「フェーリ」としっかりした口調で私の名を呼んだ。

 いつもと違うその呼びかけに胸がドクンと跳ね上がる。

「この際はっきり言わせてもらおう」

 ニロは拳を握り締めた。暗闇の中、真っ直ぐに見つめてくるその美しい銀色の瞳は一瞬輝いて見えた。

「昔から、余は……」

 途切れて聞こえるニロの声は地面を叩く雨音に混じった。軽く唇を噛み、ふう、とニロが深い息をこぼす。

「……フェーリ。余はお前が愛おしい。仕方ないほどに……」

(私が、愛おしい……?)

 乱雑に跳ね回る心臓の音がニロに伝わらないことを祈りながら、熱っぽい銀色の瞳を見つめた。その顔は紅葉のように染まっている。

「ふむ。……異性としてお前を愛おしく思う。……昔から、ずっとだ」

 迷いのないその視線は、濡れた月のような輝きをまとっていた。

 異性として愛おしく思うって、それは愛してるってこと? でも8年前は指切りでずっと仲間だとニロが言ってたから、だから、あんなに必死に……。

 思いがけない告白に頭がついていかず混乱していると、ニロの冷静沈着な声が耳にふれた。

「キウスとの婚約を解消させて、必ずお前を余のものにする」

 言いながら私の頬に手をかけて、親指で唇の線をたどった。ふわっ、とお腹の奥がくすぐったい。

「それまではこの唇を誰にも触れさせるな」

 草木を打つ雨の音よりも、心臓の鼓動が大きく響き渡った。頭が真っ白になって茫然としていると、

「ニロ様っ‼︎ 馬車の準備が整えました!」

 怒号のごとき背後からセルンの声がとどろいた。
 傘を片手に駆け寄ってくると、私を背に庇うようにセルンが間に入ってきた。

「……セルン。いきなり叫ばなくてもよかろう?」

 不愉快そうな声だった。

「さあ、ましょう!」

 心なしかセルンの笑顔が怖い。全身から黒いモヤのようなものを纏っているわ。

 ちらりとセルンの広い背中からニロを覗きみると、そこには怒ったような表情があった。けれど、私がみえると、にわかにニロが口元をゆるみ、桃色の唇は甘い笑みの形を作る。

「また明日、フェーリ」

 上気した顔でそう囁くと、セルンに傘をさしてもらいながら、ニロは土砂降りの中へと歩き出す。
 
 大粒の雨に遮られて、2人の姿はあっという間に見えなくなった。

 そっと騒ぎ立てる胸に手を重ねると、ドクドクと早鐘のような振動が伝わってきた。

 ニロと仲間以上の関係を期待してもいい、ってこと……?
 うぅ、どうしよう。恥ずかしいよ…っ

『必ずお前を余のものにする』

 頭の中でニロの言葉が繰り返して響き、更に胸が高鳴った。
 そうして気持ちが昂って居ても立っても居られなくなり、セルンを待たずに一人で屋敷の中へと戻ったのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...