【異世界ショップ】無双 ~廃絶直前の貴族からの成り上がり~

クロン

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バフォール領との争い

第64話 緑髪の魔法使い

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「大変です! ベフォメットからの攻撃ですっ!」

 元バフォール領主屋敷の食堂でパンをつまみながら、いつも通り仕事をしていたら兵士長が叫びながら駆け込んできた。

 食堂で仕事をしているのは、最もはかどるからである。

 食堂にいる時だけは仕事しなきゃって気持ちが起きる。執務室はサボる場所と脳が定めてしまっている。

「攻撃って兵士が進軍でもしてきたのか?」
「はいっ! 敵軍がおおよそ千! 魔法使いらしき者はいません!」
「……その程度だと? こちらにはカーマとラークがいるんだぞ?」

 兵士長の報告に思わず首をかしげてしまう。

 ベフォメットが攻撃してくるのは予想の範疇だ。俺達がバフォール領主を剥げ散らかしたことは、既に知られているはずだ。

 どうせこの街のいたるところに密偵を置いていただろうし、遮断するのは無理だから諦めていた。

 ベフォメットは俺とカーマとラークがこの街にいるのを知っている。

 三人の強力な魔法使いを前に、千人の軍かつ魔法使いなしなど。ボーリングのピンにしてくれと言ってるようなものだ。

 魔法一発でストライク、一網打尽で全滅だ。ハイスコアも狙えてしまう。

 元カール領主のようにバカなら分かるが、仮にも大国がそんなずさんなことをしてくるだろうか。

「……何か違和感などはなかったか? 例えば大きな荷物を運んでいて、その中に大勢の魔法使いを隠してるとか」
「いえ特には。強いて言うなら妙に物資が多く、商人や料理人らしき者が大量にいましたが誤差でしょう」
「ぜったい誤差じゃないだろそれ」

 ……最悪だ。奴らの狙いがわかってしまった。

 食べ物で民衆を釣って裏切らせるつもりか! 卑怯だぞっ!

「あなたも同じ手をつかったじゃない」
「我が行いは全て正義、他人がやるのは悪!」
「滅茶苦茶だ……」

 真面目に話すと国がバックについてやるのはずるいだろ!

 俺がどれだけ必死に安く食料を買い叩いたと思っている! 

 廃棄直前で食える食料も用意するの大変なんだぞ! 一介の貴族と物資で争うな、大人げない!

「くっ、ベフォメットは食事の味で民衆を勝ち取るつもりか! 消費期限ギリギリの弁当では不利かっ……」

 俺は思わず机を叩く。この机はバイコクドンのものだから壊れてもよい。むしろ壊れろ。

 これは疑似的な料理勝負みたいなものだ。ここで審査員――民衆の心を掴んだほうが勝つ。

 ならば俺のやることは決まっている。

「料理勝負ならば話は早い。俺の力を見せてやる」
「アイス配るの?」
「ケーキ?」

 カーマとラークが俺に期待の視線を向けてくる。甘いぞ、そんな高価なものを配ってたまるか。

「敵軍の物資を全て奪えば、料理も出せずに俺の勝ちだ!」
「……料理勝負じゃないの?」
「料理勝負に決まってるだろ。審査員の味覚を奪ったり、敵の食べ物に何か混ぜたり食材を消し飛ばしたりは当たり前だ」
「料理勝負だよね!?」

 カーマが何やら叫んでいるが、料理勝負ってそういうものだろ。

 後は審査員買収とかか? 料理人を襲ってケガさせるのもあるな。

「まあ冗談は置いておいて。敵軍の物資を根こそぎ奪うか燃やすぞ。民衆への配給なんぞされてたまるか」
「……ボクたちが悪者な気がしてきた」
「勧悪懲善」
「真面目に話すと毒とか混ぜられてる恐れもあるから」

 敵国からの贈り物など欠片も信用できない。

 ベフォメットがこの領地の確保を諦めて、毒を盛ってる可能性もあるのだ。

 そうすれば料理勝負の審査員――民衆をノックアウトできるから、勝負は相打ちに持ち込める。

 俺とカーマとラークは物資を奪いに、ベフォメットの軍の元へと向かう。

 バフォール領とベフォメットの境界線付近につくと、一糸乱れぬ統制で進軍する敵軍が見えた。

 国の軍だけあって練度が高そうだ。今まで相手してきたのは農民が軍に混ざったようなのだし。

 構成を確認すると確かに武装してない商人っぽい者もいる。料理人はよくわからん。

 コック服でも着てくれればわかるのだが、戦場であんな高帽子被ってたらバカだと思う。

 物資も軍の規模には不釣り合いなほど多い。全て布を被せてあるので中身は見えないが。

「カーマ、物資に炎の魔法を撃ってくれ」

 カーマは頷くと複数巨大な火球を敵軍に撃ちだす。

 火球は遠くにいる敵軍の運んでいる物資に直撃し、燃え広がっていく。

 いいぞ、もっと燃えろ。敵の料理を全て灰燼に帰すのだ。

 敵兵は火を前にして慌てふためくだけで、特に有効な行動もとれずに逃げていく。

 その様子はとても演技には見えない。

「……本当に何の策もなく、ただ物資を持ってきたのか?」

 違和感がある、少し気味が悪い。嫌な予感がする。

 例えるなら不幸の死神がほほ笑んだ時のような、何かが起こりそうな感覚。

 腕を組んで考えるが敵の狙いが読めない。俺達を街から遠ざけたところでメリットはない。
 
 バフォール領主が仮に取り返されたとしてももはや大した痛手もない。

 あんなの欲しいならくれてやるから、勝手に煮るなり焼くなり好きにしてくれ。

 煮ても焼いても食えない奴だとは思うが。

 そんなことを考えてる間にも、敵軍は撤退していった。

 炎は鎮火したが、燃えなかった物資の荷台が少し残っているな。

 せっかくだから拝借しようと、物資のすぐそばへと歩いて何が残っているかを確認する。

「あれ? なんか食料全然ないね。古着の山だよこれ」
「古着の山って……そんなもの何に使うんだ」

 燃え残った物資の布を取っ払うと、薄汚い服の山だった。不衛生だな。

 食料が全然ないのはすごく違和感がある。どうやら敵の狙いを見誤ったらしい。

 不衛生な服をばらまいて疫病でも流行らせるつもりか? いやそんなの無理だし。

 そんなことを考えながら残っている荷台の布を取っ払う。

「……棺桶?」

 真っ黒い棺桶があった。物資に棺桶? もはや頭がおいつかなくなってきた。

「誰か入ってますかー?」

 こんこんと棺桶を叩くが返事はない。

 ……もう面倒なので物資全て燃やして、灰と化したほうがよい気がしてきた。

 灰にしてしまえば全部同じだ。

 仮に物資の中に少し高価なものや人が紛れていても知らぬが仏。ナンマンダブ。

 知らずに灰にしてしまえばなかったことになる。全ては古着だった。

「カーマ、もう物資の確認はいいから全部燃やして……いっ!?」

 俺の言葉を遮るように、棺桶がガタガタと震えだす。中に誰もいませんのでは!?

 そんなことを考えている間に棺桶が開いた。中から現れたのは――どこかで見たような緑髪の少女だった。

 少女は俺を見るとペコリとお辞儀をしてくる。

「あ、どうも……じゃなくて! 誰?」
「エフィ」

 そう呟いた瞬間、緑髪の少女は火柱に包まれた。

 なんだ!? 棺桶に入ってたし昼に外に出ると灰になる吸血鬼の類か!?

 つまり日の光を浴びせた俺はヴァンパイアハンターになってしまったのか!?

「離れて!」

 カーマから勢いよく引っ張られて火柱から遠ざけられる。かなりの力だったので、地面に尻もちをついてしまう。

「ど、どうした!?」

 混乱しながらもカーマに視線を向けると、彼女は火柱を見て怯えていた。

 まるで化け物を見るかのような目だ。そうあの目は……まさにライナさんを見る時のような。

「姉さま、早く!」
「……道標、道標」

 カーマの悲鳴のような叫びと共に、ラークが転移の魔法を唱え始める。

 なんだなんだなんだ。本当に何が起きてるんだ。

 まるで俺が戦闘力不足でサブキャラ落ちして、状況が一切把握できていない奴みたいではないか。
 
「風神の息吹を」

 声が聞こえたかと思うと、火柱をかき消すように巨大な竜巻が発生した。

「土神の怒りをここに」

 十メートルはありそうな木の巨人が、地面から生えるように出現する。
 
 その肩に先ほどの緑髪の少女が乗っていた。

 …………ああ! あの緑髪の少女、あいつじゃん! 王城で出会ったエフィルンとかいう奴!

「カーマ! ラーク! あの緑髪の少女はたぶん強力な魔法使い」
「「わかってるから黙って!」」
「…………はい」

 どうやら俺はお邪魔虫のようだ。悲しい。

 エフィルンが手を振るうと同時に、竜巻と巨人が俺に襲い掛かってくる。

 ええい! こうなれば俺の秘めたる二つの切り札を使うしかない!? 

 だが待て。こんなところで切り札を使ってよいのだろうか……先に使ったらだいたい負けるのでは。

 俺が切り札を序盤に切るのは負けフラグかと葛藤した瞬間、目の前に氷の壁と炎の壁が出現する。

 木の巨人は炎の壁に動きを止め、竜巻は氷の壁にぶつかって消滅した。

「……っ。もう一度」

 ラークが珍しく切羽詰まったような声を出す。そうそうお目にかかれる、いやお耳にかかれるものではない。

 足手まといの俺を守るため、転移術をやめて壁を出してくれたのだ。

 カーマとラークがかなり焦っている状況。そしてエフィルンとやらの魔法のなんか強そう感……。

「ふむ……この状況を察するに結構やばめの状況!?」
「そうだよ! あの子おかしい! ボクと姉さまを合わせても、魔力で勝てないかも……」
「それなんてチート?」
「あんな魔力、普通ならかなり離れていても気づくのに!」
「魔力に気づかなかった。たぶんあの棺桶のせい」

 ラークが忌々し気に捨てられた棺桶を見ている。
 
 ……まさかとは思うがベフォメット軍の狙いは、俺達をエフィルンに近づかせることだったのか!?

 もしエフィルンが普通に襲撃してきたら、魔力に気づいて警戒する。

 仮に棺桶にいれて偽装しようにも普通なら近づかない。死者が入る棺桶なんて好んで近くに置きたくはない。

 だが俺達が物資を奪うのを前提で、そこに紛れ込ませれば……勝手に近づいてきてくれる。

 たぶんあの棺桶はかなり丈夫で燃えない作りなのだろうが……そのためだけに一軍動かしたのか!? 嘘だろ!?  
 
 緑髪の少女は感情のない目で俺を見つめてきた後。

「王子の命令で、貴方と……」

 貴方と何だ!? 殺しに来た? 処分しに来た? 処刑にしに来た?

 全部同じ意味だが、こんな状況の台詞など一択だ! 否定するしかない!

「遊びに来た」
「誰が遊んでやるかよ! こんなところで死んでたまるか……へ?」
「困る」

 エフィルンはボソリと呟いて視線を地面に向けた。
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