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ライダン領との争い
第109話 寄付
しおりを挟む「フォルン領が我らの上流貴族の末席に入りたいならば、王都に多額の寄付は必須。まさかそれすらせずに、我らよりも劣る程度の領地を名乗ると?」
またもや玉座の間。
王に呼び出されてカレー奮発したお褒めの言葉を受けた後、何故かライダン領主が意味不明な言葉を述べだした。
最近、本当にこいつは同じ人族なのか疑わしく思い始めている。
まだゴブリンのほうが理解できる行動をしてくるぞ。こいつ突拍子もなく意味不明なこと言ってくる。
「カレーを民衆にも売ったが?」
「そんなものが何の足しになる? ただ売っただけだろう。無償で配るならともかく、いや無償で配ったとしても食べればなくなるものなど」
何の足しって腹の足しになるが?
こいつの戯言に付き合うのも面倒になってきたな。そもそもこんな奴に認めてもらう必要などいっさいないのだ。
もう勝敗は決したわけだし、エフィルンは俺のものになるわけだし。
「貴族の端くれならば孤児院のひとつやふたつ建てるべき。そう思わぬか、皆の衆」
ライダン領主はいつもの玉座の間のエキストラに声をかけた。
「確かにその通り。あれだけカレーとやらを売っておいて何もせぬとは。カレーは美味かったが」
「カレーとやらを売って儲けるだけの貴族など、商人と変わらぬではないか。カレーは商人には出せぬ味ではあったが」
「カレーをもっと売るべきでは?」
エキストラもスパイスキメてるのだろうか。
孤児院よりカレー院でも建てたほうが喜ばれそうだな。
「とにかく! カレーを……違う! 孤児院を建てて継続的に多額の寄付を行うべきだ! さもなくばフォルン領が我らの下に立てると思わぬことだ!」
ライダン領の戯言が響き渡る。
何でこいつの下に立たねばならんのだろう。本当にゴブリンのほうがいくらか意思疎通できそうだ。
あいつら基本的に、金! 女! 肉! だからすごく分かりやすい。
そんなこんなでライダン領主との癇癪……じゃなくて王との謁見は終わった。
待合室に戻った後、セバスチャンやカーマやラークの玉座の間の話をすると。
「アトラス様! 孤児院を作るとは本当ですか!」
何故かテンションが極めて高いセバスチャンだった。
「いやそういうわけではないが……なに? 孤児院欲しいのか?」
セバスチャンなら神父も見た目は似合いそうだな。見た目だけ。
実際は神の信徒の皮を被った悪魔か魑魅魍魎だと思うが。
油断させたところで自分の皮をバリバリと剥いで、正体を現す感じのやつだな。
「はい。孤児院があれば子供を育てられますぞ!」
セバスチャンはにっこりと好々爺の笑みを浮かべた。
なんだ、意外と子供が好きなのか。老後は子供に囲まれて暮らしたいというならば、孤児院を作るのもやぶさかでは。
「子供のころから英才教育するのですぞ! 彼らはフォルン領のためなら命も惜しまない、忠実なる臣下にできましょうぞ!」
「神父じゃなくて悪父だ……」
考え方が完全に悪魔の信徒のそれである。何なら悪魔そのものでも問題ないレベルだ。
「貴族の人は寄付しろって言いたいだけでしょ? ならアイスを作る店に寄付をしようよ」
「ケーキの店」
「ここは孤児院がよいですぞ!」
おかしい。己の欲丸出しのアイスやケーキ店より、孤児院への寄付のほうがヤバく感じるとは。
そういえば貴族はパトロンになって、芸術家とかに金を出していたらしいな。
つまりセバスチャンにとって孤児院は芸術品なのだ。孤児をどれだけフォルン領のために育成できるかの……。
「まあそれはおいおい考えるとして……そろそろフォルン領に巣くうスパイを一掃したい」
孤児院のことは記憶から抹消し話題を変える。今のフォルン領はスパイ天国である。
絶対にばらしたくない情報は隠せている。だがそれ以外は完全にバレているのだから。
もうすぐフォルン領人口増加計画も発令するし、ここで対策を取っておく必要がある。
「おお! とうとうフォルン領に忍び込んだスパイを、全員晒し首にできるのですなっ! 死に際の顔は苦しめて絶望の表情にさせます、お任せください」
「いや別に晒し首にはしないが……」
セバスチャンの発想がいちいち怖い件について。
別にスパイを殺したいわけではないんだよ。情報が漏れるのを防ぎたいだけで。
「でも間諜を防ぐなんてどうするつもり?」
「戸籍を作る」
「「戸籍?」」
「どこに誰が住んでいるか。それをしっかりと定めるようにすることだ」
レスタンブルク国はかなりザックリとした人民管理なのだ。
農民は土地ごとに管理しているがそれだけ。その家族がどれだけいるとか、そんなことは大して気にしてない。
税さえ払ってくれればよいという管理。そりゃスパイ天国に決まっている。
カーマもラークもしっくりこないようで、二人仲良く首をかしげている。
「それで間諜が防げるの?」
「完全には防げないが、かなり入りづらくなるはずだ。戸籍に載ってない人物は外から入って来た人間とわかる」
「あー……確かに」
カーマが俺の言葉にうなずいた。戸籍制度はかなり優れた制度なのだ。
問題は戸籍を作るのにものすごい手間がかかること。そして管理が難しいことだ。
半端な管理だと逆に民衆に悪用されてしまうこともある。
だがフォルン領は戸籍を作るのに苦労しない。何故ならば。
「セバスチャン、どこに誰が住んでいるか分かるな?」
「お任せください、領民全て把握しておりますぞ。無論、いつ住み始めたかも」
セバスチャンはさも当然とばかりに告げる。流石は毎日フォルン領を徒歩で歩き回ってるだけのことはある。
……いつ住み始めたかまで覚えてるのか。セバスチャンはフォルン領の生き字引だなぁ。
まあそういうことでセバスチャンの脳内データを出力すれば、それがフォルン領の戸籍となるのだ。
後は紙とか筆を用意して戸籍書類を作れば戸籍の完成だ。
「ふっふっふ。これでフォルン領にスパイははびこれなくなる」
「昔からスパイが侵入してたら意味なくない?」
カーマが謎の疑問を口にする。
そんなことを心配する必要などない。昔からのスパイなんているわけないだろ。
昔のフォルン領はスパイ対策は最強だったのだ。今とは比べ物にならないほどに。
「領主が餓死しかける時代のフォルン領に、どこの物好きがスパイを潜り込ませると?」
「……確かに」
カーマやラーク、セバスチャンまでもが大きくうなずいた。
昔のフォルン領はスパイ対策は万全だったのだ。貧乏という天然の鎧に守られていた、悲しいことに。
スパイだっていつ餓死するか分からない土地に来たくないだろう。
「そういうわけで戸籍を頼むぞ、セバスチャン」
「承知しました。戸籍で全ての領民をアトラス様の手中におさめ、国を掌握させますぞ!」
「お前が何も承知してないのがわかった」
仮に領民を手中におさめたとして、国を掌握はできないだろう。
ツッコむべきか悩んでいると更に鼻息荒くしたセバスチャンが。
「それで孤児院にはいかほどの予算を?」
「いや作らないぞ!? あんな悪魔的発想に金出してたまるか!」
「お待ちください! これはアトラス様のためですぞ! アトラス様のためなら笑いながら命を投げ捨てる人材、欲しいとは思いませんか!?」
それを求めてしまったらクズでは? 人でなしでは?
というか笑いながら命を投げ捨てる人間とか怖い。
最終的にフォルン領に忠義を尽くす教育はなしという条件で、王都とフォルン領に孤児院を作ることになった。
孤児院自体はあって然るべきものなのだから。セバスチャンの発想がぶっ飛んでいるだけで。
これであの口うるさいライダン領主も何も言えないだろう。
次に何か文句言ってきたらカレーを顔に叩きつけてやる。
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