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ライダン領との争い
第111話 逃げる影
しおりを挟む「メル殿、カーテンの掃除方法は……」
アトラス伯爵の屋敷にメイドとして潜入した私は、上司であるセバスチャンから掃除方法を習っていた。
過去に何度も貴族屋敷にメイドとして潜入したので、家具などの掃除方法は完璧に把握している。
だがここでは素人のフリをしておかなければ。
素人メイドとして油断させておいて、アトラス伯爵に近づき暗殺する。
「わかりました。これで掃除の説明は終わりですか?」
「いえ、まだ一番重要なものが残っておりますぞ」
セバスチャンは片手で持った斧を私に手渡してくる。
思わず受け取ってしまったが重すぎて床に落としてしまった。
両手で持ち上げようとするがビクともしない。
おかしい。私はこれでも暗殺者だ、並みの男よりも力はあるのだ。
そんな私が両手で持ちあがらない斧を、セバスチャンは片手で軽々と持ち上げると。
「おっと。持てないのですか……弱りましたな、これでは掃除ができませんぞ」
「……ま、薪を割るのでしょうか? それでしたらもう少し軽い斧でも……」
「いえ割るのは薪ではなくて盗人の頭ですぞ。屋敷に侵入した盗人を見つけたら、この斧で頭をかち割って頂きたいのですが」
……おかしい。この屋敷はメイドを募集していたはず……。
なんでメイドが盗人相手に戦う必要があるのか。仮に百歩譲って戦うとしても、もっと他によい武器があるだろう。ナイフとか。
「め、メルはそんな荒事は苦手で……」
むしろ得意なメイドがいてたまるかと思いながら、ぶりっ子ぽく言葉を紡ぐ。
だがセバスチャンは首をかしげながら。
「む? この程度は荒事に入りませぬぞ? そんなことではメイドとしてやっていけませんぞ」
この程度ができないメイドが世界にありふれていると思う。
どうやら諦めてくれたようで、セバスチャンは片手で斧を持ち上げると。
「ではこの部屋の掃除はお任せします。盗人に関しては、また出た時に考えますぞ」
まるで盗人がゴブリンのように出てくるような言い方だ。
しかし盗人がそこまで入ってくるとは……もしやアトラス伯爵は定期的に命を狙われている?
侵入しているのは盗人ではなくて暗殺者だったりして。いやそんなわけはないか。
それならばもっと警戒しているし、盗人なんて表現はしないだろう。
「他の方々にも貴女を紹介せねばなりませぬな。私についてきてください」
言われるがままセバスチャンに着いていくと、執務室と札の貼ってある部屋の中に入る。
ここがアトラス伯爵の仕事場……重要な書類でも転がってないものか。そう考えながら部屋を見回すと。
床に酒瓶と一緒に浮浪者っぽいおっさんが転がっていた。
「こちらセンダイ様。フォルン領の防衛隊長でございます」
「えっ!? これが!?」
「はっはっは」
しまった。思わずこれ呼ばわりしてしまった。
情報量が多すぎて混乱しているようだ。落ち着こう、冷静に考えよう。
領主の執務室で酔っぱらって転がる防衛隊長なんて普通……いやどう考えてもおかしい。
センダイと紹介された男はフラフラしながら立ち上がり、こちらを見つめてくる。
その瞬間、背筋に強烈な悪寒が走った。
……この男、浮浪者みたいなのにとてつもなく強いっ!? 仮にこの男に危害を加えようと考えたら、ナイフを手に取る暇すらなく切り伏せられる。
そんな想像が容易にできるほど力の差がある。
「ふむ。お主、ただのメイドではないな?」
表情にこそ出さないが思わず息をのむ。ライダン領の間者なのがバレている!?
まずい、この男から逃げ切れる気が……。
「とうとうこの屋敷にも酒場の店員を雇ったでござるか。お姉ちゃん、酒いっぱい欲しいでござる」
「センダイ様。ここは領主屋敷であって酒場ではありませぬ。酒は持参してください」
……ただの酔っ払いだった。
でもこの男はかなり厄介だ。そのうちボロを出して私の正体がバレかねない。
魔法使いなんぞ魔法頼りでいくらでも出し抜ける。だがこの男は無理だ。
「どうしたの?」
「……眠い」
騒ぎを聞きつけたのか、執務室の机の下から二人の少女が現れた。
この二人は知っている。双子の姫君、カーマ姫とクーラ姫だ。
彼女らの魔法は厄介。特にカーマ姫の心を読む魔法は間者にとって天敵だ。
私も北の魔導帝国の読心無効の魔道具がなければ、潜入を諦めていたに違いない。
……ところで何で机の下から現れたのだろうか。
「カーマ様にラーク様。こちら、新しく屋敷で雇ったメイドのメル殿です」
「あ、メイド雇ったんだね。ボクはカーマ、よろしくね」
「ラーク」
双子の姫君は私に声をかけてくる。意外にもかなり友好的だ。
姫な上に才能あふれる魔法使いだから、もっとお高くとまっているものかと思っていたが。
「メルです、よろしくお願いします。ところでお二人は何をされていたのでしょうか?」
「「机の下で隠れて絵本を読んでた」」
……何で机の下で隠れて本を読む必要が?
いや深く考えるのはよそう。ここで下手に深堀したら藪蛇になりかねない。
暗殺の標的もアトラス伯爵であって彼女らではない。
「後はセサル殿ですが……彼は今日は紹介しないほうがよさそうですな」
「そうだね。すでに何人も初対面で挨拶したのに、更にあの人は流石にね。情報量が多すぎて爆発しちゃいそうだし」
「そうですな。最悪、センダイ殿など忘れ去られかねません」
執務室で酔っぱらう防衛隊長を忘れられるとは、そのセサルという御仁は首が二つあったりするのだろうか……。
むしろ知らない方がよいのではと頭が警鐘を鳴らしてくる。
……よし。今日の夜に暗殺を決行しよう。
この屋敷に長居するのは様々な意味で危険だ。センダイという御仁に私の正体が見破られる恐れもある。
そして深夜になり、自分の部屋から抜け出して廊下を足音を立てずに走った。
アトラス伯爵の寝室の扉の前に、誰にも見られることなくたどり着くことに成功する。
この時間帯に寝室に忍び込むのが私の必殺策である。この策のよいところは仮に暗殺前にバレてしまっても、夜這いに来たと言い訳ができることだ。
夜這いが失敗してもメイドを首になる程度で済む。今まで暗殺に失敗したことはないが、保険は大切だ。
扉に耳をつけて部屋の様子をうかがうと、寝息の音が聞こえてくる。
寝ているならばなるべく起こさずに。静かに扉を開き、アトラス伯爵の部屋に一歩踏み入れる。
「おおっと!? 待てセバスチャン! 起きてる! 起きてる!」
「!?」
部屋に一歩踏み入れた瞬間、叫び声と共に部屋に光が発生した。
アトラス伯爵がベッドから飛び起きて、手に持った棒状の物で光を作っている!?
バカな!? 物音ひとつ立てていないのに何故!?
想定外の事態に対応しようとすると、アトラス伯爵が私のほうを見てくる。
「……あれ? メル? セバスチャンはどこだ?」
「こ、ここにいるのは私ひとりですが……」
「おかしいなー。微かな殺意を感じたんだが……」
何で殺意を感じたらセバスチャンを疑うの? 執事だよね?
というか殺意を感じて起きないで欲しい。歴戦の戦士でもないのに。
「せ、セバスチャン様ではないかと……」
「そうだよな。セバスチャンならもっと強烈な殺意で襲い掛かってくるもんな。俺の気のせいかなー……」
アトラス伯爵は頭をかきながら勝手に納得している。
意味がわからないので考えるのはやめることにした。
私は服を少しはだけさせると、バレた時用の策を進めることにする。
「だ、旦那様……実はメルは、旦那様に恋しています……。どうか、メルにお情けを……」
今まで馬鹿な貴族を何人も悩殺してきた色気術だ。
これで魅了して相手に密接した後に首をかききる。魔法使いと言えども接近すれば……。
だがアトラス伯爵はすごく苦悩したような顔を浮かべて。
「…………メル。お前は俺を殺したいのか?」
「!? そ、そんなことは!?」
バレた!? こうなれば殺すしか……だけどアトラス伯爵と距離がある……っ!
魔法使い相手にこの距離で戦うのは……!
「ならば悪いことは言わない。これを持ってすぐに屋敷から出ていけ。俺がクビにしたと言っておく」
アトラス伯爵は私に金貨袋を投げてくる。受け取って中を見ると金貨が十枚も入っていた。
わけがわからない!?
「え、えっと……」
「俺達は運命共同体だ。いいか? カーマにバレたら二人揃って燃やされかねん! 早く逃げろっ!」
「は、はいっ!」
アトラス伯爵のすごい剣幕に押されて、部屋から脱出しそのまま屋敷からも出ていく。
……これはダメだ。暗殺とは殺す対象や周囲の行動や考えを理解し、その上で行わなければ失敗するのが私の持論。
だが……だけど……っ!
「あの屋敷、何から何まで全く理解できないっ! あんなの暗殺計画なんて立てられるかっ!」
屋敷から逃げるように離れていく。
その時にアトラス伯爵の悲鳴と、焦げ臭い匂いがしたが気のせいだろう。
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