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国内騒動編
閑話 芋接収時の裏事情
しおりを挟む第18話辺りのワーカー農官侯視点です。
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私、ワーカーは農官侯として日々レスタンブルク国のために努力してきた。
決して無能ではなくうまくこの国を回してきた。その結果もあり王からの信頼も厚い。
だがはっきり言って、どうあがいても手詰まりだった時がある。
ここ数年、気候が寒くなったことによる冷害で農作物が大凶作が続いた。
国の備蓄食料も尽きて食糧不足で、過去最大の大飢饉が起きてしまう。
私も必死に対策を考えはしたし行った。だが作物が育たなくて食料がない以上もはやどうしようもなく、定められた運命と享受するしかない。
王城の私の仕事部屋にて、机にこの国の地図を広げて私は頭を抱えていた。
今後の限りある食料をどう各領地に配分するか。
いや綺麗ごとのように言うのはやめよう。どの土地の民の犠牲を減らすべきか、命の選別を行っていた。
為政者である以上、民を数字で扱わなければならない時は来る。
戦争で敵の万の軍勢相手に、こちらは千の犠牲で敵軍を壊滅させた。
素晴らしい戦果だが千人の兵士が犠牲で死んでいる。だが戦争で人が犠牲にならないことなどはない。あくまで数字上の計算で人など見ていない。
今の未曽有の大飢饉も戦争と同じだ。数字で犠牲者の数を予想して、その被害を甘んじて受け止める。
だがそうせざるを得ない。そう諦めきっていたその時だった。
「ワーカー様! 大至急報告させて頂きたいことが!」
役人のひとりが大慌てで部屋に駆け込んできた。普段ならばノックして許可を求めるのに、それすらしないとはよほど焦っているようだ。
命の選別も極めて大事であるが故、急ぎ行うようなことではない。
役人に見られては困るので、机の上の地図を急いで丸めた後。
「なんだ?」
「カーマ姫からご連絡がありましてっ! フォルン領にてっ、この寒冷化でも育つ作物が発見されて、また確固たる方法を確立して栽培に成功しているとのことっ!」
「それは本当かっ!?」
思わず興奮して机を叩いてしまった私に対して、役人も感情の高ぶりを必死に抑えながら報告を告げる。
「は、はいっ! クーラ姫からもその件を確認したとのご報告がっ! その作物は名称を芋と呼び、育つのにおよそ四か月ほどな上に栽培も難しくないとのことっ! 種もフォルン領が大量に確保しているとっ!」
私は即座に今後の展望を脳内で計算し始める。
その芋が四か月で育つというならば、今から急いで栽培し始めれば……最悪の事態は免れるはず!
急いで役人から芋の詳細の書かれた報告書を受け取り、必死にその内容を読みこむ。
…………この内容が事実ならば、レスタンブルク国の大飢饉は免れる!
食糧不足になるのは避けられないが、人が大量に飢え死する地獄は回避できる!
「至急フォルン領に連絡をっ! ことは国の大量の人命に関わります! 私がフォルン領に直接出向いて、芋の栽培方法を開示するように求めます!」
急ぎ部下に指示を出しながら、フォルン領について自分の記憶を探る。
姫様がそこの作ったアンパンとやらを気にしていて、調停者として向かわれた領地だったはず。
姫様たち曰く領主が力のある魔法使いでは、と疑惑を持たれていたのは覚えている。
他の情報は……森に囲まれた貧乏領地で借金まみれ、もうすぐおとり潰しになりそうとの評判くらいしか記憶にない。
「それが……実はフォルン領主様は、もうすぐ王都にやってくると! 隣領地ともめごとになっていて、王に謁見を予定しておりまして……」
「……! わかった! ならば私が王に話をしに行く!」
この機会を逃してはなるものかと、急いで王の私室に向かって廊下を走り出す。
すれ違ったメイドや役人が、廊下を全力で走る私を見て驚いているが知ったことか。
「王よ! 急ぎお耳に入れたいことがっ!」
「なんじゃワーカーよ!? 珍しく焦ってどうした!?」
勢いよく扉を開いて王の私室になだれこむ。王は疲れ果てた様子で椅子に座って目をつむっていた。
彼も食料危機の件で散々頭を悩ましていた。
外国も食料に余裕がなく輸入できず、もはやどうすることもできぬと心を痛めていたのだから。
「フォルン領主と謁見を行うとお聞きしました! その時にフォルン領で育てている作物を、接収するようにお願いします!」
「……どういうことじゃ?」
落ち着くように意識しつつ芋のことを話すと、王は目の色を変えたかのように立ち上がると。
「なんじゃと!? フォルン領が!?」
「はい! 急いで芋の栽培体制を整えれば!」
「……じゃが現時点においてその芋は、まさに金鉱山すら凌駕する価値じゃ。それほど莫大な価値のあるものを接収するのは難しい」
「それは理解しております。ですが行わなければ、大量の餓死者が出ます!」
王の言葉は当然だ。
飢饉に強い作物という時点で価値の高い作物。
しかもこの未曽有の大飢饉を避けられない状態だ。そんな貴重な作物の種と栽培方法は、もはや計算できないほどの価値になる。
それこそ外交用のカードとして凄まじい。芋が欲しければ領地を譲れ、と言われて承諾する領主も出てくる可能性まである。
それを国が取り上げるなど、下手をしなくても他の貴族から猛反発を食らうだろう。
国は領地の特権を自分の都合で理不尽に取り上げるのかと。下手をしなくても国の求心力にも影響が出かねない。
「……その芋の価値、今のレスタンブルク国で払えるか?」
王が絞り出した言葉に私は首を横に振った。
ただでさえ他国に対して技術力で劣っていて、国庫に余裕がない貧乏国家。
更にここ数年の不作続きがたたったレスタンブルク国に、大金を支払う余裕などあるはずがない。
ならば爵位や土地を与える……としても解決にはならない。
仮に伯爵位を与えたとしても、大飢饉を救った貴族への恩賞としては不足に過ぎる。
土地を与えるのに至ってはそもそも渡せる領地がない。
フォルン領の周囲はレード山林地帯に囲まれている。そんな土地を渡したところで大した褒美にはならない。
北のカール領地は現在紛争中な上、そこはあまりに酷い経営状況で与えても褒章どころか罰になりかねない。
そのさらに北の土地は他の貴族の領地、流石に他貴族の領地を削って渡すわけにはいかない。
かといってフォルン領から遠く離れた飛び地を渡しても、管理することすら難しいだろう。
フォルン領主を他の土地を領地にする貴族に変更……などしたら、芋を全て取り上げると言っているようなもの。
つまり渡せる土地がないのだ。
「…………致し方あるまい。我が娘を……クーラをフォルン領主に差し出す」
「!? 王よ、それは……!?」
「世界でおそらく唯一の転移の使える魔法使い。ともなれば芋の価値にも劣るまい……」
……確かに転移が使えるクーラ姫を差し出すならば芋の価値にも勝りうる。
だがそれはレスタンブルク国にとっても、特に重要な力であったはず。
しかも姫であることも含めれば、もはや彼女の価値は計り知れない。
……計り知れないもの同士ならば、秤が釣り合うとは皮肉なものだが。
「背に腹は代えられぬ。幸いフォルン領主は酷い人物ではないと、カーマから報告を受けている。ならば今すべきことは民を守ることだ。違うか?」
「……王の覚悟、しかと受け取りました」
「うむ。では謁見の場にてフォルン領主に芋を献上するよう命じよう。……懸念があるとすれば、クーラでも釣り合わぬと言われた時だな……フォルン領主が有能であるならば、クーラの価値はわかると思いたい」
「そう願いたいものです」
話がまとまったので、私たちは玉座の間へと向かおうとする。
今回の謁見はレスタンブルク国の命運がかかっている。どうかうまく行くよう願いたい。
「……それとな。最初はクーラのことはあまりよい褒美ではないと、フォルン領主に言っておく。フォルン領主が余の褒美に不満を持った場合は、其方はクーラの価値を全て説明せよ」
「承知しました。素直に受け取った場合はいかがいたしましょうか?」
「それならよい。フォルン領主が優れた知略を持っているだけだ」
王はこの謁見のついでとして、フォルン領主の人となりも把握するらしい。
……こんな小さな領地同士の揉め事の謁見が、レスタンブルク国の命運を握ることになろうとは。
結局無事に芋は接収できて、レスタンブルク国は最悪の事態を回避できたのですが……。
フォルン領主はクーラ姫をもらえると聞いた瞬間、目の色を変えたように芋を差し出してきた。
時価で言うならば芋の価値は現在極めて高いが、将来性を考えるならクーラ姫の価値はそれ以上になりえる。
彼の頭の回転はかなり早いだと判断し、今後も色々とお世話になるのだった。
香辛料なども栽培してくれて本当に助かります。
巨神殺しなどよりも芋の件で、私はアトラス伯爵を英雄だと考えています。
戦争で多くの敵を殺したり、恐ろしい魔物を討伐するのは素晴らしいことです。
ですが……新たな作物を生み出して多くの人命を餓死から救ったのも、それらに劣らないと私は思っています。
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