てのひら

津嶋朋靖(つしまともやす)

文字の大きさ
上 下
5 / 7

第5話

しおりを挟む
 どのくらい走っただろう?

 日頃から運動不足だったBは、前方に停車しているタクシーが見えてきたところで立ち止まってしまった。

 他の仲間は、立ち止まったBにかまわず走り去っていく。

「冷たいなあ」

 周囲を見回すと、誰もいない。

 しかし、もう走る余力のないBは、とぼとぼとタクシーへ向かって歩いていく。

 程なくして、タクシーのところまで行くとCとDがタクシー運転手と話をしていた。
 
 CがBの姿に気が付いて話しかける。

「Bさん、やっと来たか。Aの奴は?」
「え? Aさん? 私が最後じゃなかったの?」

 考えてみれば、Bが立ち止まった時に先に走り去っていったのは二人だけ。

 一人少ない。

 Aはテニス部に所属していると聞いていた。

 少なくとも、帰宅部で運動オンチなBより遅いはずがない。

 Dの方を見ると、タクシー運転手と話していた。

「だから、そっちにトンネルなんてないって」
「でも、私たちさっきトンネルを抜けてきたのですよ」

 ここで仮眠を取っていたところを起こされたタクシー運転手は、やや不機嫌そうだが彼らの話を聞いてくれていた。

 この運転手は、いつもこの辺りを流しているらしい。

 そして彼の話によると、この先にトンネルなどないと言うのだ。

 そしてこの先に別れ道もない。

 ではAはどこに?

 とにかく、いつまで待ってもAが現れない事から、三人はタクシーに乗せてもらい、元来た道を引き返していった。

 しばらくして、ヘッドライトが付けっぱなしの車が見えてくる。

 タクシーを降りて近づいて見ると、ヘッドライトだけでなくエンジンもかけっぱなしだった。

 Aはすぐに見つかる。

 彼は運転席に座っていたのだ。

「Aさん。逃げなかったの?」

 Bの呼びかけに、彼はまったく反応しない。

 ただ、虚ろな目をして、何かを譫言うわごとのようにブツブツと呟いている。

 Aは気がおかしくなってしまったらしい。
しおりを挟む

処理中です...