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第六章 逃走

一発も外さなきゃいいのね

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 通信が入ったのは二発目のミサイルが爆発して二十分後の事だった。
「何の用かしら? マーフィさん」
 ディスプレイに映ったマーフィは、どこかやつれているような気がした。
『もういい加減無駄な事はやめてください』
「いやよ」
『そう言わずに、大人しく捕まってくれたら殺しはしません』
「それをあたし達に信用しろと言うの?」
『しかしですね。これ以上進んでもこの先には何もないんですよ。ワームホールはないし、恒星系から出ても、超空洞ボイドが広がっているだけ。どこにも逃げられるところなんかありませんよ』
「上等ね。あんたなんかに捕まるぐらいなら、超空洞ボイドで野垂れ死んだ方がましだわ」
「キラー衛星三機が前に回りこんできたよ」
 レーダーを見ていた慧が報告する。
「ふうん。通信で気を引いてる間に、キラー衛星を回りこませるとはセコイ作戦ね」
『なんとでも言ってください。さっさと加速を停止しないと、キラー衛星の餌食ですよ』
「そう簡単にいくと思う?」
『思いますね。さっきの戦いでそちらレーザーの性能は分かりました。有効射程は精々三百キロほどですな』
「まあ、だいたいそのぐらいね。そちらの射程は?」
『千キロです』
 ふっ。勝った。
『そちらに勝ち目はありません』
「残念ね。さっきのは副砲よ」
『え?』
「じゃね。マーフィさん」
 あたしは通信を切った。  
「慧、反物質は?」
「三パーセント溜まった」
 グレーザー砲は一発撃つたびに、反物質を一パーセント消費する。
 つまり一発も外せないわけだ。
「仕方ない。減速して反物質が溜まるのを……」
「必要ないですわ」
 サーシャがあたしのセリフを遮る。
「一発も外さなきゃいいのね」
「できるの?」
「任せて」
 サーシャはトリガーを握る。
「キラー衛星二千キロまで接近」
 一機ののキラー衛星が一瞬にしてデブリと化す。 
 サーシャはトリガーを左右に動かし、残り二つを正確に撃破していった。
「私、地球に帰ったらスナイパーに転職しようかしら?」
 それはコワいからやめて欲しい。
 それからしばらくの間マーフィは現れなかった。今のところ追ってくる手段がないのだろう。
 その後《リゲタネル》は三十時間の加速で予備タンクの推進剤を使い切った。
 その後は慣性航法に入る。
 内部の推進剤は減速時のために取っとく必要があるからだ。
「こっちがエンジンを止めたの、向こうも気がついただろうね」
 慧は遥か後方を指差した。
 エンジンが動いてるかどうかは、遠くからでも赤外線観測で容易に分かってしまう。慧はその事を言ってるのだ。
「今さら気がついても、こっちは秒速千キロまで達しちゃったんだから、追いかけてきても遅いですわ」
 サーシャは気楽そうに言う。
 しかし、これでマーフィも気がついただろう。こっちに目的があることに。
 今まであたし達は目的もなく自暴自棄に外宇宙を目指しているようにマーフィに思わせてきた。だが推進剤を残したまま《リゲタネル》が加速をやめたことで、マーフィにはわかったはずだ。
 あたし達がどこかで減速をしようとしている。つまり、あたし達には目的地が存在していると。
 軌道要素を計算すれば、それが第五惑星だと推測するのに、それほど時間はかからないだろう。
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