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第一章

あたしは、人から『やさしい』なんて言ってもらえる資格はない。

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「なに?」
「この前の連中ってなんなの?」
「え?」
「ほら、この前、君の猫を追い回していた奴ら」
「詳しくはわからないけど、このあたりで、黒猫を誘拐している人達がいるのよ。一昨日はあたしの猫が狙われたんだわ」
「黒猫なんか捕まえてどうするんだろ?」
「さあ?」
 実はリアルを探してるとわかってるんだけどね。
「でも、あの時は本当にありがとう」
「そんなたいした事じゃないよ。あいつらがサイレンに騙されてくれたからさ」
「でも、あたしあの時、凄く怖くて、糸魚川君が来てくれなかったら……」
「それはいいけど、美樹本さんが今、僕を助けてくれたのは一昨日の事があるからなの?」
「それもあるけど……あたしもよく虐められたのよ。石動に……」
「え? あいつ、女の子も虐めるの? 最低」
「小学生の時だけどね」
「いや、小学生だって女の子に暴力ふるうなんていけないよ」
「もちろんよ。でもね、あたしがいじめられると、仕返ししてくれる男の子がいたの」
「へえ」
「クラスが違っていたから、いつもってわけに行かなかったけど。中学になってからは彼と同じクラスになって席も隣になったから、石動もあたしに手が出せなくなったのよ」
「隣の席? という事は僕が今座ってる席?」
「うん」
「その男の子は?」
「交通事故で……この前……」
「そうか。だから僕が座った時に……」
「そんな事があるから、糸魚川君が石動にイジメられているのを見て、今度はあたしが助けなきゃと思って……」
「やさしいんだね。美樹本さん」
「そんな事……ないよ」
 そう。あたしは、人から『やさしい』なんて言ってもらえる資格はない。
 今回の事だって、結局あたしが石動を陥れようとしたから。
 やさしい人間はそんな事しない。
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