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第二章

恋して抜け忍

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「好きなんだ」
「えええ!? ちょ!! ちょちょ!! ちょっと待って!! なんでそういう話になるの!?」
「ふぎゃあ!!」
 いつの間にか、偵察から戻ってきたリアルが糸魚川君に飛びかかり手を引っ掻いた。
「痛てて」
 糸魚川くんがあたしの手を離すと同時にリアルが彼の顔に飛びかかる。
「ふぎゃー! 瑠璃華に触るな!!」
 尻餅をついた糸魚川君の体に乗っかり、リアルは彼の顔に猫パンチを連発した。
「わ!! よせ!! リアル!!」
「二人ともケンカはやめて」
 この場合『二人』でいいのかはさておき、あたしはリアルを捕まえて抱き上げた。
 抱き上げても、リアルは足をジタバタさせるのをやめない。
「やっぱ、こいつ信用できないぞ。俺がいない間に瑠璃華にエッチな事するなんて」
「されてないもん!!」
「え? じゃあこれからするとこだった?」
「だからあ、そうじゃなくて。ちょっとコクられただけだって」
「そうなのか?」
 リアルは糸魚川君に視線を向ける。
 彼は無言で頷く。
「じゃあ、お前が内調を裏切った理由ってそれ?」
「そうなるかな」
「糸魚川君。気持ちは嬉しいけど、いきなり好きだなんて言われても困るわ」
「ごめん。困らせるつもりはなかった。ただ、あの時から、君の顔が頭から離れなくって」
「あの時って?」
「図書室へ行く時、美樹本さんに手を握られてから」
「ええ!? そのぐらいで? だって、糸魚川君はスパイでしょ。手を握られたぐらいで」
「惚れてしまったものは仕方がないだろ」
「そうだけど、スパイってもっと女慣れしてるんじゃないの?」
「諸先輩方が女で失敗する事があまりにも多すぎたために、僕らは禁欲主義を徹底的に強いられたんだ。養成所は全寮制で外出は一切禁止。女人と交わる事もご法度だったんだ」
 その教育方針、絶対間違っているよ。現に今、彼は女で失敗しようとしているし……
 あたしにとっては好都合だったけど、純情少年を弄んでいるみたいで気が引けるなあ。 
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