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第七章

イナーシャルコントロール

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「ちょっと、やりすぎたかな」
 僕がそう呟いたのは、回収されたヘリの窓から、土石流の痕を見下ろしているときの事。
 一緒に回収されたダモンさんをはじめナーモ族たちも、その凄まじい光景に目を丸くしていた。

「一個大隊を……たった一人で……凄い! 君ほどの戦士は、見たことがないぞ」

 いや、ダモンさん、それ買いかぶりだから。
 僕は母船からの誘導弾を誘導しただけで……しかも落ちたところが、たまたま氷河だっただけで……一人でこんな事できるわけないって。
 しかし、ダモンさんから見たら、僕は強力な攻撃魔法の使い手かなにかのように見えたのだろうな……まさか?

 いや、違う! まだ、そうと決まったわけでは……

 しかし、もう一人の僕はダモンさんの目の前で今、帝国軍一個大隊を殲滅して見せた。

 ダモンさんが言っていた帝国軍一個大隊を一人で殲滅した戦士って……まさか?

「違います。ダモンさん。これは僕一人の力ではありません。母船との連携でできたのです」
「いやいや、そう謙遜するものではないぞ。戦士殿。貴殿ほどの力があれば帝国軍がいくら攻めてこようと蹴散らせる」
 背後から別の若いナーモ族が声をかけた。
「ダモン殿。いっそこの場所を敵にリークするというのはどうでしょう? 何も知らずに、のこのこと攻めてきた帝国軍を、キタムラ殿の力で殲滅してもらうのです」
「おお! それはいい作戦だ」
 それを聞いた僕は慌てた。
「ちょ……ちょっと、本当にやったらダメですよ」

 やっちゃったんだよな。実際……

「わはは! 冗談だ。女房子供でも人質に取られん限り、わしはこの場所を喋ったりせぬ」

 取られちゃうんだよなあ……この後……そしてこの場所を喋っちゃうんだよなあ……

「本当にやめてくださいね。僕はそんな大層な戦士ではないですから……顔を見てもらえば……あれ?」

 僕はヘリの中を見回していた。何を探しているんだ?
 ヘリの中には、ダモンさんも含めて五人のナーモ族と通訳の相模原月菜がいるが、別に彼ら彼女らを探しているわけではなさそうだ。
 僕は操縦席の方を向く。
 操縦している香子の背中が目に入った。
「香子。着脱装置は?」
 そうか。ロボットスーツを脱いで、実際の姿を見てもらおうとしたのだな。
 さっきの戦いで僕はダモンさんたちに無敵超人のような誤解を与えてしまった。
 細っこい身体と、柔和な顔つきといった本来の姿を見てもらえれば、そんな誤解も解けると思ったのだろうか?
「ごめん海斗。着脱装置は、さっき補給基地で芽衣ちゃんと一緒に降ろしてきちゃった」
 それを聞いた相模原月菜が立ち上がり、操縦席の香子に詰め寄る。
「鹿取さん。なぜそんな事を! 北村君は、戦闘で疲れているのが分からないの?」

 いや、僕は疲れているから、脱ぎたかったわけじゃなくて……

 香子は振り向きもしないで答える。
「装置を降ろさないと、ヘリに全員乗せられないからよ。相模原さんをアジトに置き去りにしてもいいなら、積んできましたけど……」
「う……それなら仕方ないわね。だったら、さっさと基地へ急ぎなさい!」
「あんたが命令するな!」
 程なくして、補給基地が見えてきた。
 それは、険しい山々に囲まれた盆地にあった。攻めるには難しい天然の要害だ。
 山肌を削って作ったヘリポートの横に小さな小屋があり、その地下にLNGタンクと居住施設が作られている。

「それじゃあね」
「え?」
 ヘリポートでは、僕一人を残してヘリは飛び立つはずだった。
 しかし、着陸したヘリから、僕に続いて相模原月菜も降りてきた。
 ローターの止まっているヘリに向かって、なぜか彼女は手を振っている。
「あの……相模原君はシーバ城に行くのでは?」
「翻訳ソフトは昨日完成したから、私はもう行かなくてもいいのよ」

  言われてみれば、さっきからダモンさんと翻訳機で話していた。

「いや……そうは言っても、君はここの基地要員じゃないし……」
「北村君が基地司令でしょ。私一人ぐらい部下が増えてもいいじゃない」

 基地司令? 僕が……

「いや……僕には、任命権はないから……」
「じゃあ、ここの通信機を貸して。母船と掛け合って任命してもらうわ。それとも、私がいたら困るの?」
「え? いや……その……」

 こらあ! もう一人の僕! そこははっきり『婚約しているから困る』と言わんか!

『相模原さん。もう出発です。ヘリに戻ってください』
 ヘリのスピーカーから聞こえてきた香子の声は、かなりイラついてる。
 それに対して相模原月菜は、挑発するようにヘリに向かって手を振った。 
『こらあ! 戻ってこんかい!』
 激怒している香子に向かって、相模原月菜は手を振りながら舌を出している。
 と、そこへ芽衣ちゃんのロボットスーツが近寄ってきて、相模原月菜をガシっと捕まえた。
「相模原さん。基地は、関係者以外立ち入り禁止です。ヘリにお戻りください」
「そ……その声は船長の娘ね。放しなさい」
『芽衣ちゃん、放しちゃだめよ。そのまま、ヘリに放り込んで』
「ちょっと、鹿取さん、それでいいの? この娘も北村君を狙っているのよ」
「私、北村さんが好きです。でも、狙ってはいません」
 そのまま芽衣ちゃんは、相模原月菜をヘリに押し込んだ。
  
 そこで再生が止まった。

『ここから半年飛ばすよ。次で見る記憶が最後になる』

 補給基地の地下に造られたオペレーションルーム。
 そこの巨大モニターに、山道を進む帝国軍の隊列が映っていた。
 規模は二個大隊ほど。
「どうして?」
 芽衣ちゃんが呟くように言う。
「今まで、帝国軍に、この場所は分からなかったのに……」
  
 ダモンさんが、この場所を喋った事はまだ誰も知らないんだな。

 それより、僕がこの場所にいるという事は、やはりそういう事なのか……

「ヘリが出入りしていましたからね。それを見られたのでしょうか?」
  ドローンを操作していたオペレーターの一人が言った。
「いや。そもそも、帝国軍にはヘリコプターの航続距離なんて分からないはず。向こうから見たら、山の上を通り過ぎているだけに見えるだけだ」
「空を飛ぶなら、どこでもいいはずです。なのに、この山だけは必ず通る。そこから推測されたか、あるいは……」
 彼女は、そこで口を噤つぐむ。
 隣にいるオペレーターが口を挟んだ。
「はっきり言いなさいよ。みんなそう思っているのだから」
「でも……」

 何があったのだろう? 半年の間に?

「何か、僕に言いたいことがあるのかい?」
 三人のオペレーターたちが一斉に僕の方を振り向いた。
「司令。先日カルル・エステスが内通の疑いで拘束された事をご存じですか?」
「知っているよ。でも、すぐに釈放されただろう」
「証拠不十分で、釈放されたのです。疑わしい事に、変わりありません」
「なぜだ? あいつが日本人じゃないからか?」
「いえ……そうじゃなくて……行動が怪しいって、前から言われていたのです」
「どうおかしいと?」
「休日ごとに一人でどこかへ行っていました。司令はご友人なのに、行き先をご存じなかったのですか?」
「ああ! それは釣りだと言っていた」
「一人で釣りですか? 司令も誘わずに? あの人、孤独を愛するような人ではありませんよ。電脳空間サイバースペースで釣りや狩猟をやるときは、いつも司令と一緒でしたよね?」
「いや……釣り対象が違うんだ」
「どう違うのですか?」
「ほら……地球人とナーモ族って、結婚できるってわかっただろう。それを知ってからあいつ、ナーモ族の女の子をナンパしに近隣の村へ……」
「やはりご存じなかったのですね。司令は、ずっとこの基地にいたから無理もないですけど。カルル・エステスがナンパ目的でナーモ族の村に行っていたことなんて、みんな知っています。そして彼が拘束されたのは、それが嘘だと発覚したから。どこの村へ行っても、彼の姿を目撃した情報がなかったのです」
「なんだって? それじゃあどこへ?」
「それが分からないから、拘束されたのですよ。おそらく、釈放したのは泳がすためでしょう。帝国にこの場所を教えたのは彼ですよ」
「あいつは、そんな奴じゃない!」
 突然、僕は大声を張り上げた。
 三人のオペレーターたちがビクっと硬直する。
 それに気が付いた僕は慌ててなだめた。
「すまない。怒鳴ったりして……」
「いえ……私こそ、すみません。司令の大切な友人を悪く言って」
「いや……実を言うと僕もあいつの様子がおかしいと思っていた。ただ、認めたくなかったんだ。だが、仮にあいつが内通していたとしても、この場所を知っているはずがない」
「本当のこと言うと、彼の拘束は私が関わっていたのです」
「どういう事だ?」
「先日、私がリトル東京に戻った時、彼からナンパされたのですよ。私もお茶ぐらいいいかなと思って付き合ったのですが、その時彼は、さりげなく私からこの場所を聞き出そうとしていたのです。もちろん喋りませんでしたよ。彼が拘束されたのは、私がそのことを上に報告した直後です」
「そんなことがあったのか。しかし、あいつが内通していたとしても、君からこの場所を聞き出すのには失敗したわけだろ」
「では、誰が帝国軍に、この場所を教えたというのです? ここを知っているのはリトル東京でも限られた者だけ。後は、シーバ城のカ・ル・ダモン氏だけですが、あの人がそんな事をするはずないじゃないですか」

 ところが、やってしまったんだよな。奥さんと子供を人質に取られて……

 そうか。カルルがこの場所を聞き出すのに失敗したので、帝国軍はダモンさんを脅迫する事にしたんだな。

「あの……」
 今まで黙っていた芽衣ちゃんが、おずおずと口を挟んできた。
「今は、そんな事言っている場合ではないと思うの……ですけど……」
「そうだった。帝国軍をなんとかしないと」
「北村さん。どうします?」
 芽衣ちゃんが不安そうに言う。
「もちろん、迎え撃つ」
「でも、この場所がまだ見つかったとは……」
「いや、偵察なら、あんな大部隊では来ない。恐らく、僕らが気付かないうちに、もっと小規模の偵察隊が来ていたのだろう。この場所は、とっくにばれていると考えるべきだ」
 僕はオペレーターたちの方を向いた。
「僕と森田さんで出撃する。君たちはドローンでの航空支援を頼む。それと母船に連絡して、誘導弾を準備してもらってくれ」
「「「ラジャー!」」」
 三人のオペレーターを残して、僕と芽衣ちゃんは部屋を出る。
 ロボットスーツを装着した僕と芽衣ちゃんは、ヘリに運ばれて山の稜線を越えた。
 山の斜面を、アリの行列のように帝国軍が登ってくる様子が見える。
「芽衣ちゃん。僕の後から来てくれ。くれぐれもやり過ぎないように」
「はい」
  
 僕はドアから空中に飛び出した。

「イナーシャルコントロール ゼロG!」

 コマンドを言うと落下速度が鈍っていく。

 ていうか今、僕はなんと言った?

 慣性制御イナーシャルコントロールと言ったような……?

「イナーシャルコントロール ゼロG!」

 後ろから着いてきた芽衣ちゃんも同じコマンドを唱えた。

 ちょっと待て。慣性制御装置はプリンターでは作れないはずでは……

 しかし、今の僕と芽衣ちゃんの動きは完全に重力を打ち消している。
  
 いや、氷河での戦いのときは、てっきり背中からジェット噴射でもしているのか思っていた。
 音がさっぱりしないけど、そこは未来の技術だからだと思っていた。
 しかし、自分の背中は見えないが、芽衣ちゃん背中にあるバッテリーパックからは、ジェット噴射なんかしていないのがよく見える。
  
『ICパックの使い方は、君の脳に直接入力したが、実際に使っているところを見ておいた方がいいだろうと思ったので、ここを見てもらう事にした。もう、気が付いていると思うけどICとは慣性制御イナーシャルコントロールの略だ。帝国人が乗って来た船の中に、慣性制御用の非バリオン物質が大量に残っていたのでね。それを使って作ってみたのだよ』

 不意に芽衣ちゃんが、僕を追い越して行った。
「おい! 芽衣ちゃん」
「イナーシャルコントロール 2G」
 芽衣ちゃんは急降下していった。
「イナーシャルコントロール マイナス2G ゼロG」
 帝国軍の隊列に肉薄した芽衣ちゃんは、ショットガンを抜いて乱射し始めた。
「死になさい! 滅しなさい! 滅びなさい! この帝国の害虫ども!」
  
 な……なんか、性格変わってない?

『心臓に悪い光景だと思うが見ておいてくれ。芽衣ちゃんは、戦闘に入ると性格が変わって、狂暴化するのだ』

 んな、アホな……

 ショットガンを撃ちきった芽衣ちゃんは、逃げ惑う帝国軍兵士に手榴弾を投げまくる。
「全滅しなさい! 壊滅しなさい! この世の害悪どもよ! あなた達は、生きていてはいけないのよ! 私が殲滅してあげます!」

 こ……怖い……

 どう見ても戦闘向きに見えない芽衣ちゃんに、こんな一面があったとは……

 もちろん、僕も黙って見ていたわけではない。

  縦横無尽に飛び回って銃撃しては、帝国軍兵士たちを、ある一か所に追い立てて行った。

  三機のジェットドローンも飛び回り、帝国軍兵士たちを谷底に誘導するように攻撃する。

「うりゃあああ! ブースト!」

 弾を撃ち尽くした芽衣ちゃんは、帝国軍兵士をブーストパンチで次々と殴り飛ばしていく。

 そうしている内に、ほとんどの帝国軍兵士は谷底に追い詰められていった。

「芽衣ちゃん。もういい。撤退してくれ」
「はい! 撤退します」
 戦闘モードになっても、僕の命令はちゃんと聞くみたいだ。
 芽衣ちゃんがヘリに引き上げたのを確認すると、僕は谷底の兵士たちに向けてレーザーを照射した。
 大気圏外からやって来た火の玉が谷底に落ちる。
 焼夷弾? いや、これは燃料気化爆弾では……?
 谷底は炎に埋め尽くされた。
 炎が消え去った後、そこに生きている者はいなかった。

 その直後、僕は暗闇に包まれた。

『再生は、ここまでだ』

 どうやら、終わったようだ。

『というより、ここまでしか記録がないのだよ。さっきの作戦の後、基地へ戻った僕はスキャナーで記憶を読み取り、本船に送信した。これは定期的にやっていたことなのだが、その時の送信が最後になってしまった。それが今まで君が見ていたもの。なぜそれが、最後になってしまったか、君は気になると思う』

 当然だ。だが、答えはもう分かっている。

『ブレインレターで君が見た補給基地はすでにない。度重なる帝国軍の攻撃を受けて落とされた。だが、そこにいた基地要員は、一人を除いてすべて脱出した。その一人とは……』

 その一人とは?

『その一人とは……他ならぬ僕だ』
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